第12話:極冷プライベートビーチと、Fランク令嬢の水着拒否プロトコル
真夏の魔法学園は、沸騰した鍋の中に放り込まれたかのような猛暑に見舞われていた。
「な、なんだこの水着は!? 暑い! 魔力回路が過熱して弾け飛ぶぅぅっ!?」
「ひ、ひぃぃっ! YARENDEZ傘下、VALKANORブランドの最新作『極冷・魔導発光ビキニ』を購入したはずですのに! 熱暴走で全身が蒸し焼きになりますわぁっ!」
学園が所有する高級プライベートビーチの波打ち際では、金に糸目をつけずにポンコツ高級魔導水着を買い占めた貴族の生徒たちが、次々と悲鳴を上げて自爆していた。
VALKANOR製の魔導水着は、デザインこそ眩しいものの、海水の塩分と空気中の高湿度に反応して魔力回路が短絡を起こすという、致命的な設計欠陥を抱えていたのである。
◆ ◆ ◆
そんな酷暑と惨状が繰り広げられる一般ビーチから遠く離れた、誰も近づかない断崖絶壁の秘境ゾーン。
「……うん! すっごく冷たくて気持ちいいよ、ホナちゃん!」
波の音が心地よく響く日陰の岩陰で、先輩が感嘆の声を漏らしていた。
そこに広がっていたのは、学園のバカ騒ぎとは完全にシャットアウトされた、美しく澄み渡るプライベートビーチ。
ホナが持ち前の地圧調整能力と水質循環アルゴリズムを用い、断崖の空洞に湧き出る天然の極冷泉と綺麗な入江を直結させて一瞬でデプロイ(構築)した、特設の「氷結プライベートプール&ビーチ」であった。
空間全体には心地よい冷気が漂い、室温ならびにお湯加減は完璧な22度に固定されている。
「ルミナリア様にご満足いただけて何よりです。冷えた『ソルティ・カザフ(清涼飲料水)』もお持ちしました」
「ありがとう! ……あ、でも……」
冷たいボトルを受け取ったルミナリアが、ふとホナの全身に視線を送って首を傾げた。
「ホナちゃん、海に来たのにどうして泳がないの? その……全身を覆う長袖の服を着たままだし……水着、持ってこなかったの?」
ルミナリアが無邪気に問いかけてくる。
——直後、ホナの思考回路に激震が走った。
(……無理です。絶対に不可能です)
ホナは無表情のまま、心の中で固く決意を固めていた。
今、目の前にいるルミナリアは、眩しいデザインの水着に身を包んでいる。そのスタイルは、あまりにも神々しいまでに完璧なプロポーション——モデル顔負けの完璧なボディラインを誇っていた。
(ルミナリア様のあの奇跡のような美貌とスタイルに対し、私のこの地味で控えめ……端的に言って平坦なモブ体型を並べるなど、美観に対する重大な視覚的バグであり、時間資源の無駄遣いです。私が水着を着るなど、世界の理が許しません)
己の体型を過不足なく客観視できているからこそ、ホナにとって水着着用は「絶対拒否プロトコル」の対象であった。
「ルミナリア様、ご安心ください」
ホナは咳払いを一つ挟み、真顔で理屈を並べ立てた。
「私の皮膚は太陽光の紫外線に対し、著しく脆弱な仕様となっております。したがって本日は、こちらの『完全耐熱・UVカット99.9%・耐水補強済みのモブ用長袖ラッシュガード』にて空間を保持いたします。水着の着用は論理的に固く拒否させていただきます」
「え、えぇ……? ラッシュガードっていうか、それいつもの制服の上着っぽく見えるけど……」
「気のせいです。完璧なマリンスポーツウェアです」
頑なに折れないホナの態度に、ルミナリアは「ふふ、ホナちゃんったら変なの」と楽しそうに笑った。
その眩しすぎる笑顔と完璧なボディラインの尊さに、ホナは鼻血を耐えながら密かに胸の中で拝んだ。
(……尊い。ルミナリア様の水着姿をこの至近距離で観測できるだけで、私の夏休みは100%の成功を収めました)
◆ ◆ ◆
平和な時間が流れる。……はずだった。
『不敬であるぞ! 我が派閥の領域であるビーチの近域で、なぜそこだけ冷気が漏れ出しているのだ!?』
『見ろ、あの快適そうな冷泉を! 我らの過熱した魔導水着を冷却するため、あの空間を接収する!』
プライベートビーチの岩棚の上から、騒々しい怒号が響いた。
VALKANOR製の過熱水着を着て全身から煙を噴き上げている貴族たちと技術者たちが、冷気を察知して押しかけてきたのだ。
「ひゃいっ!?」
「……チッ」
ルミナリアが驚いて身を縮めた瞬間、ホナは極小の舌打ちを殺し、瞳の奥に冷徹な光を宿した。
(完璧に管理された先輩の尊い水着姿とリラックスタイムを害するノイズ……即座に排除します)
「ルミナリア様、少々失礼いたします。ビーチの害虫駆除を行ってまいります」
「えっ? 害虫……?」
ホナは静かに立ち上がると、腰のポーチから小型の簡易空間波形測定器を取り出した。
岩棚の上に現れた貴族たちが、威圧的に魔導水着の出力を上げようと構える。
「おい地味モブ! その快適な冷泉を我らに譲れ! さもなくばこのVALKANOR最新鋭の水着の魔力で——」
「ノイズの過熱回路を検知。ピンポイント切削を行いたいと思います」
ホナが測定器のボタンを指先で一回、クリックした。
シュンッ!
ホナから放たれた目に見えない超高周波の指向性マナ衝撃波が、寸分違わず貴族たちの水着に仕込まれた「ポンコツ魔力伝達回路」だけを正確に打ち抜いた。
「な、なんだ!? 水着の魔力圧力が一気に逆流して——うわああああああっ!?」
回路を破壊されたVALKANORの水着は、溜め込まれていた過熱エネルギーを一気に噴出。水着から放たれた強烈な背後ノックバック(安全ノバック)の衝撃波により、貴族たちは全員、ピンボールのように沖合へ向かって超高速で吹き飛んでいった。
ドぼぉぉぉん!
「地熱および空間ノイズの排除完了。物理デプロイ、成功です」
ホナは何事もなかったかのように手をポンポンと払い、ルミナリアのもとへ戻った。
◆ ◆ ◆
——数分後、沖合。
「ひ、ひぃぃぃっ! 出た……出たぞ! 断崖絶壁に棲む海の悪霊だ!」
「指先ひとつで我々の高級水着を暴走させ、沖へ吹き飛ばしてきた……!」
「あそこは近づいてはならん呪われた聖域だぁぁっ!」
海に叩き出された貴族たちの勘違いにより、ホナたちの特設ビーチは「絶対不可侵の伝説の領域」として噂され、二度と誰も近づかない完璧なプライベート空間が確立されたのだった。
◆ ◆ ◆
——特設プライベートビーチ。
「ホナちゃん、今すっごい大きな水飛沫が上がった気がするけど……大丈夫だった?」
「はい、ルミナリア様。漂流してきた大型の海藻を、安全に遠方へ処理しただけです」
ホナはソファー型の岩に腰掛け、冷えた『ソルティ・カザフ』のボトルを傾ける。
「さあルミナリア様、静けさが戻りました。完璧なプライベートビーチを満喫しましょう」
「うん! ホナちゃんと過ごす海、すごく冷たくて気持ちいいよ。……でも、次はホナちゃんの水着姿も見たいな」
「……物理的に不可能ですので、永遠に却下させていただきます」
「ふふ、残念」
眩しい水着姿で笑う先輩と、頑なに長袖ラッシュガードで身を固めたホナ。
波の音と心地よい冷気に包まれながら、二人の完璧でストレスフリーな夏休みは、今日も平和に過ぎていくのだった。
(第13話へ続く)




