第11話:YARENDEZの高級冷房と、スコップ改修のオーバー
「——本日の王都の予想最高気温、摂氏三十八度。地上環境はもはや熱帯雨林と同等の過酷さです」
7月最後の放課後。
ホナは重い前髪を指先で整え、王立魔法学園の静まり返った校庭を横切っていた。
校舎のテラスでは、夏休み前だというのに一部のエリート貴族たちが自慢げに扇子をあおいでいた。
その中心に据えられているのは、重厚な金装飾が施された最新型の魔導冷房装置。学園を裏で支配する超巨大グローバル企業『YARENDEZ』が展開する、最高級ブランド『VALKANOR』の限定モデルである。
「見ろよ、これがYARENDEZの最新のVALKANOR冷房だ! 金貨百枚もする代物だぞ!」
「まあ素晴らしい! 流石は貴族階級専用の逸品……ほんのり涼しい気がいたしますわ!」
貴族たちは誇らしげに胸を張っていたが、ホナの冷徹な眼光はその装置の内部構造をコンマ数秒でスキャンし、一瞬で切り捨てた。
(……魔力変換効率、わずか二%。無駄な金箔と派手な発光魔法にリソースの九割を割いているポンコツ設計ね。あれでは室温が一度下がる前に魔導結晶が焼き切れるわ)
ヘイトコストを払う価値すら感じず、ホナは無言で裏路地へ滑り込み、地下要塞『アジール』へと転移した。
◆
「あ、ホナちゃんお帰り〜! ……あつーい、溶けるぅ……」
転移陣を抜けると、リビングのソファーでルミナリアがダボパーカーの襟ぐりをパタパタさせながら倒れ込んでいた。首のヘッドホンも心なしか重そうだ。
「ルミナリア様? シェルターの空調の調子が?」
「う〜ん、YARENDEZの純正パーツを使って冷却ユニットを組んでみたんだけどさぁ……なんか全然冷えないんだよねぇ。回路が無駄に複雑で熱が籠もっちゃってさ」
ルミナリアが不満そうに指差した先には、確かに『VALKANOR』の刻印が入った高級冷却パーツが虚しくブーンと鈍い音を立てていた。
「ハッキングしてOSを書き換えようとしたんだけど、YARENDEZのプロテクトが鬱陶しくてさ。壊しちゃおうかな〜」
「お待ちください、ルミナリア様。貴重なリソースを破棄する必要はありません」
ホナは壁際に立てかけてあった『極限掘削用スコップ・改』を静かに手にとった。
「私が昨日、スコップで地下深層から掘り出してきた『アストラル・クォーツ』の高純度結晶と、この高周波振動スコップの物理的衝撃を使えば……YARENDEZの欠陥プロテクトなど一瞬でオーバークロック可能です」
「え? スコップでエアコン治すの……?」
「治すのではありません。『物理的に無双改修』するのです」
◆
ホナは無表情のまま、スコップの先端を高周波振動モード(毎秒十万回転)にセットした。
ズババババッ!!
「——VALKANOR製冷却基板、物理カッティング完了。不要な装飾回路およびYARENDEZの独占認証チップを物理消去」
一瞬の閃光と共に、金ピカの無駄なパーツが綺麗に削ぎ落とされた。
間髪入れず、ホナはスコップで精密に砕いた『アストラル・クォーツ』の微粒子を、むき出しになった冷却コアへと一気に叩き込む。
「仕上げに、ルミナリア様の『周波数最適化アルゴリズム』をバイパス接続します」
「あ、うん! セブンス・レイヤー、直結〜!」
ルミナリアが楽しそうにキーを叩くと——。
ゴーッ……!!!
ポンコツだったVALKANORの冷房装置から、まるで北極の雪原のような、極上のひんやりとした冷気が一気に室内へ吹き出した。
【シェルター内室温:摂氏一八度に急降下】
【エネルギー効率:過去最高の四百%を達成】
「わぁぁっ!! すごい!! 一瞬で部屋がキンキンになった!!」
「……ふぅ。これで快適な環境が再デプロイされましたわ」
ホナは満足げにスコップを肩に担ぎ、汗ひとつかかない冷徹なポーカーフェイスを維持した。
(ふふん、YARENDEZの技術者どもに見せてやりたいわね。金貨百枚のVALKANORより、スコップ一本で改修したアジールカスタムの方が四倍冷えるという現実を)
◆
「二人とも、お疲れ様です! 冷えた部屋で食べるアイス、用意しましたわ!」
リーネが満面の笑みで運んできたのは、昨日手に入れた『ソルティ・カザフ』の塩チョコと冷やしハーブシロップをたっぷりかけた、特製のソルティ・カザフ風味かき氷だった。
「わーい! ホナちゃん、一緒に食べよ!」
ルミナリアがパッと目を輝かせ、吸い寄せられるようにホナの隣へ座り込んできた。
「あ……ルミナリア様、距離が……」
「ん? 涼しくなったからくっついても平気でしょ? ほら、ホナちゃんもあーん」
スプーンに山盛りの塩チョコかき氷が、ホナの目の前に差し出される。
(っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!??!? 距離ゼロ!! 距離ゼロです先輩!! 冷房で部屋は十八度なのに私の脳内CPUだけは百度を超えています……っ!!)
「……いただき、ます……」
パクッと一口食べた瞬間、塩チョコの濃厚な甘みと氷の冷たさ、そして大好きな先輩からの直撃ダメージにより、ホナの思考回路は完全にショートした。
「ふふ、ホナちゃん顔真っ赤。冷房、もっと強くする?」
「……い、結構です……っ!」
YARENDEZの巨大な陰謀も、学園のくだらない派閥争いも。
この快適で甘い地下シェルターの夏休みには、指一本触れさせるつもりはなかった。
(第12話へ続く)




