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09.アイドル、誓う

 二人は、奏が昨夜のステージで歌った曲のメロディを、拙いながらも楽しそうに口ずさんでいたのだ。


「おじちゃん、奏お兄ちゃんの歌、すっごくかっこよかったね! わたし、あのお歌を聴くと、お腹がペコペコなのも忘れちゃうの」

「ああ、そうだな……。俺も、足をやってから、もう人生なんてどうでもいいと思って、毎日泥水みたいな酒を飲んでたが……。あいつの歌を聴いてたら、不思議と『もう一度、ギルドの受付の手伝いでもいいから、やれることを探してみるか』って気分になれたんだ」


 男の顔には、数日前まで張り付いていた死相のような絶望は消え、どこか晴れやかな、明日を生きようとする活気ある笑顔が浮かんでいた。

 少女もまた、泥に汚れた頬を林檎のように赤く染めて、満面の笑みで大きく頷いている。

 その光景を、奏は物陰からじっと見つめていた。

 ドームを埋め尽くしていた数万人のファンも、このスラムの片隅で身を寄せ合う二人の人間も、自分の歌を聴いて、その瞬間に見せた『笑顔の輝き』には、何の違いもなかった。

 いや、むしろ、明日を生きる希望すら持てなかった彼らの心が、自分の歌ひとつで確かに救われ、前を向いている。その重みは、これまでのどんな華やかな賞賛よりも、ダイレクトに奏の魂を震わせた。


(僕は、全然分かっていなかったんだ。ははっ、何が『無能』だ)


 奏は、小さく自嘲気味に微笑むと、胸のつかえが綺麗さっぱり消え去っていくのを実感した。

 王宮の役人は「落ちぶれた」と言った。戦えない娯楽は無価値だと切り捨てた。けれど、それは大きな間違いだ。

 ステージがドームやスタジアムだろうが、煤汚れたスラムの酒場だろうが、そんなことは本質ではない。豪華な照明がなくても、目の前に、自分の歌を聴いて、笑顔になってくれる人が一人でもいるならば、そこはもう立派な『僕のステージ』なのだ。


「場所なんて、関係ない。形なんて、どうでもいい。誰に何を言われようが、僕は全力で歌うんだ」


 奏は、カゴをしっかりと持ち直し、前を向いた。その瞳には、王城を追い出された時の弱さは消え、プロのアイドルとしての、決してブレることのない強固な信念が確立されていた。


「僕を必要としてくれる人を、全力で笑顔にする。それが、僕の……精一杯のアイドル道だ」


 この泥濘の底のような場所で、彼は本当の意味で、自分の『歌の価値』を見出していた。

 この時、奏が胸に抱いた『たとえ世界中のすべての人間に蔑まれようとも、自分を本当に求めてくれる、たった一人のファンのために命をかけて歌う』という純粋な誓いが熱く燃え上がった。


「よしっ、今夜も最高のステージにするぞ!」


 奏は両頬を叩いて、気合いを入れた。そして、輝くような笑顔で酒場のドアを力強く押し開け、新しいファンが待つ、自分だけの眩い光のなかへと、堂々と足を踏み入れていくのだった。

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