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07.アイドル、異世界でも

 バーバラはピカピカになった店内と、涙を流す荒くれ者たち、そしてお立ち台の上の奏を交互に見つめると、ニヤリと豪快な笑みを浮かべた。


「あのクソ王城の連中が『不要』だと吐き捨てたガキが、まさかここまでのタマだったとはねぇ」

「えっ、どうしてそれを……まだここに来たばかりなのに」

「そりゃ、あたしともなれば、どんな秘匿な情報だって筒抜けだよ。いやぁ、それにしても、お前さんの家事の腕も歌も、文句なしに最高だ。で、名前は?」

「……奏、です」

「よし、奏。今日からうちで雇ってやる。ただし、その格好じゃ男どもが余計な色気を出して仕事にならないからね。これを着な」


 バーバラが奥から持ってきて奏に投げつけたのは、『フリルがたっぷりついた、黒と白のクラシカルなメイド服』だった。


「えっ!? これ、女の子の服じゃ……」

「うちの給仕の制服さ。嫌ならスラムのドブネズミの餌になりな。さっきまでの威勢はどこに行っちまったんだ」

「うぅっ……、あぁ、もう! 着ます! プロですから、衣装は選びません!」


 こうして、王城を追い出された日本のトップアイドルは、何故かメイド服に身を包み、スラムの酒場の『看板給仕兼歌姫』として、異世界での新たなステージをスタートさせるのだった。


 *


 スラムの片隅に佇む、古びた酒場『夜鴬の止まり木亭』。

 その一角にある、かつては荷物置き場だった歪な木製のお立ち台が、今や奏にとっての新しい『主戦場』となっていた。

 バーバラから与えられた、白のフリルがこれでもかとあしらわれたクラシカルな黒のメイド服。男の身にはいささか気恥ずかしいその衣装も、一ヶ月が経つ頃にはすっかり肌に馴染んでいた。髪を丁寧に梳かし、ヘッドドレスの位置を鏡で確認するその一連の動作は、かつてドームの楽屋で本番前の衣装チェックをしていた頃の、あの心地よい緊張感を奏に思い出させる。

 トントン、と、調理場で使う木ベラで、お立ち台の端を叩いた。それが、この酒場における『開演』の合図だ。


「皆さん、今日もお疲れ様です! 今夜も美味しいお酒と一緒に、僕の歌、受け取ってください!」

「ひゅー、奏ちゃん! 今日もイケてるねぇ!」


 奏が最高のアイドルスマイルを浮かべて声を張ると、安酒とタバコの煙で充満していた店内の空気が、一瞬にして弾けるように沸き立った。

 かつて奏が浴びていた、何万人もの割れんばかりの歓声に比べれば、ここにいるのはせいぜい数十人の荒くれ者たちだ。地鳴りのような重低音のスピーカーもなければ、空間を彩るレーザービームの演出もない。だが、むさ苦しい大男たちが、傷だらけの拳を天に突き上げて「奏ちゃーん!」「今夜も待ってたぞ!」と声を張り上げるその熱量は、驚くほど純粋で、まっすぐなものだった。


 携帯電話の電池残量は不思議と満タンのまま。電波は圏外だが、オフライン保存された音楽などは流すことが出来る。最初はせいぜい二日持てばいいだろうくらいには思っていたが、二日経っても電池は減らなかった。奏は「もしかしたら、俗にいう異世界特典なのだろう」とポジティブに解釈した。

 奏は自身の胸元で木ベラを、お守りのように左手で握りしめ、右手を大きく客席へと差し伸べた。

 【歌唱スキル:10】の能力が解放され、彼の唇から、異世界ルミナス王国には存在しないはずの、現代日本のアップテンポなポップス曲が紡ぎ出された。来た日は『異国の言葉』として客に認識されなかったが、いつの間にかこちらの世界の言語で歌うことが出来るようになっていた。今思えば、言語理解なども最初から出来ていて、意識していなかったせいなのだろうと、奏は思った。

 そう思い返していたら、イントロがそろそろ終わりそうだった。奏は息を深く吸い込み、喉を開く。


「それじゃ、いつものあの曲! いってみよう!」


 美しく、どこまでも透明な歌声が、煤汚れた天井を突き抜けるように響き渡る。

 リズムに合わせてメイド服のスカートがふわりと揺れ、奏が軽やかにステップを踏むたびに、酒場の中はまるでそこだけが陽だまりになったかのような、温かい一体感に包まれていった。

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