43.アイドル、二人で迎える朝
カーテンの隙間から、柔らかで純白な朝日の光が寝室へとこぼれ落ちる。
魔界の朝は、地上よりもどこか幻想的で、清廉な空気に満ちている。奏は、自分の身体を包み込む、今まで感じたことのないほど厚くて温かい重みに、ゆっくりと意識を浮上させた。
すぐ隣には、昨夜までの荒々しい魔王の気配とは裏腹に、寝息を立てて静かに眠るアスモデウスの姿があった。
戦闘中には鋭く尖っていたはずの二本の角も、今はどこか穏やかで、彼が抱く安らぎを象徴しているかのようだった。奏は、シーツ越しに伝わってくる彼の規則正しい鼓動を感じながら、そっとその胸元に額を預ける。
「……おはよう、アスモデウス様」
昨夜の記憶が、熱を帯びた映像として脳裏を駆け巡る。激しく、深く、お互いの存在を確かめ合った一夜。それは奏にとって、初めて味わう『誰かのすべてを受け入れ、自分のすべてを委ねる』という、圧倒的な幸福の時間だった。
奏がシーツの端を引っ張って起き上がろうとすると、魔王が寝ぼけ眼のまま、さらに強く奏を抱き締め直した。
「……ん、どこへ行く。まだ朝だぞ、奏……」
低く、甘く、寝起き特有の掠れた声。魔王の大きな手が奏の背中を愛おしそうに撫でる。
「おはよう、愛しい俺の王妃。……今日から、朝一番に見るのが君の顔だなんて、俺は昨日までの数百年分をまとめて運を使い果たした気分だ」
アスモデウスは、少し恥ずかしそうに、しかし何にも代えがたい幸福感を滲ませて笑う。その笑顔は、かつて玉座の間で見せた冷徹な魔王のそれではなく、ただ純粋に奏という存在を愛する一人の男の顔だった。
「僕だって同じですよ、アスモデウス様。昨夜、僕たちの契りを結んだ瞬間のこと……一生忘れません」
奏は赤らむ頬を隠すように、魔王のガウンの胸元を握りしめた。お互いの吐息が混ざり合い、朝の柔らかな空気のなかで、二人の体温がゆっくりと溶け合っていく。
ふと、窓の外に視線を向ける。そこには、緑豊かな田園風景が広がり、朝露を纏った草花がキラキラと光を反射している。
かつて、自分を『無能』と蔑み、家畜のように扱ったルミナス王国の王宮。冷たい石の床で、一人孤独に祈るしかなかった異界への転移者。そして、功名心に目が眩んだ勇者たちの聖剣に、背後から突き刺されたあの地獄のような夜。
今の奏に、そんな孤独な面影はどこにもなかった。
彼はもう、誰かの都合の良いお世話係でもなければ、行く当てもなく彷徨う亡命者でもない。
世界で一番自分を愛し、自分という存在を肯定し、命を懸けて守り抜いてくれる『最高のファン』を見つけた。そして今、奏はその人の生涯の伴侶として、この魔王城の、いや、魔界全土の『王妃』として、最愛の伴侶と共に歩む立場にある。
(僕の人生は、ここでようやく幕を開けたんだ。プロのアイドルとしてのステージも、本当の愛を知るための人生も、すべてここから始まるんだ……!)




