40.アイドル、個別握手&チェキ会開催
奏はフッと微笑むと、モップを置き、エプロンのポケットから一冊の小さなノートと、一本のペンを取り出した。
「引いたりなんてしませんよ。僕をここまで愛してくれるなんて、プロのアイドルとして、こんなに嬉しいことはありません。……魔王様、もしよろしければ、日頃の感謝を込めて、僕と『個別握手&チェキ会』を開催しませんか?」
「チェ、チェ、チェ、チェキ!? ああああ、あくしゅ……っっっ!!???」
魔王の心臓が、歓喜のあまり爆発せんばかりに跳ね上がったのが分かった。実際に、魔王が飛び跳ねるように動き、天井に突き刺さったからだ。
そこからの時間は、魔王アスモデウスにとって、文字通りの『神事』となった。
奏が差し出した白く細い手を、魔王は「恐れ多い、恐れ多すぎる……っ!」と血涙を流しながら、触れるか触れないかの繊細さで両手で包み込み、ガタガタと震えながら握手。マルバスがどこからか持ってきた即席の魔導カメラで、奏と魔王の、奇跡の『ツーショットチェキ』が撮影された。
「お礼に、このポスターにサイン、書いておきますね」
奏は壁の一番大きなポスターの余白に、『いつも応援ありがとう! 魔王様しか勝たん! 奏より』と、流麗なサインとハートマークを書き添えた。
「――では、お部屋の掃除はまた今度にしますね。お邪魔しました!」
奏は完璧なアイドルスマイルを残し、満足げに部屋を去っていった。
――その日の深夜。
魔王城の最上階から、これまでの歴史のなかで一度も観測されたことのない、凄まじい熱量を持った、限界突破した喜びの断末魔(雄叫び)が、魔界全土に響き渡った。
「うぉぉぉっっっ!!!! えへっ、えへっ、ササササッ、サイン本物ォォォッッッ!!! 『魔王様しか勝たん』って書かれたぁぁぁっっっ!!! 今日から我が真名は『魔王様しか勝たんアスモデウス』だァァァァァァッッッ!!!」
そのあまりの音圧と魔力の暴走により、近隣の山々が二つほど消滅し、魔王軍の幹部たちが「魔王様がまた尊さのあまり天に召されるぞ! 全員で祈れ!」と夜通し大パニックに陥り、魔王城内は魔族が慌ただしく駆け回っていた。
そんな騒々しさがドア越しから伝わってくるが、奏は今日も仕事をし、疲れたのか、自分のふかふかのベッドに飛び込んだ。そして、「魔王様、喜んでくれて良かったなぁ」と、愛おしそうに微笑んで眠りにつくのだった。




