39.アイドル、ガチ恋限界オタクの魔王とご対面
「あっ、えっと、あのー」
奏の口から、乾いた声が漏れた。
その声に、サイリウムを振り回していた魔王が、ロボットのようにギギギッ……と首を動かして後ろを振り返った。
入り口には、バケツとモップを持ったまま、完全に目が点になっている奏。
部屋の中央には、ハチマキ姿でサイリウムを握りしめ、ポスターに囲まれた限界オタクの魔王。
完全なる静寂が、部屋の中を支配した。爆音の魔導スクリーンから流れる、奏のかつての歌声だけが虚しく響く。
「ぴゃあぁぁぁぁぁッッッ!!!???」
次の瞬間、魔王は人類の限界を超えた、変な悲鳴を上げてサイリウムを放り投げると、部屋の隅へと猛スピードでスライディングし、そのまま膝を抱えてガタガタと震えながら体育座りになった。
「み、見られた……! 隠れてコソコソと推しの祭壇を作って、夜な夜な限界ツアーのセトリを再現して踊り狂っていた、俺の一番見られたくない醜悪な部分を、よりによって本尊にゼロ距離で見られたァァァァァァッッッ!!!」
魔王は顔をトマトのように真っ赤に染め、耳まで蒸気を噴き出しながら発狂寸前になっていた。
「マルバス! マルバスはいないか! 今すぐ我が愛刀を持ってこい! 恥ずかしさのあまり今ここで腹を召す! 推しの美しい瞳を我が不浄な姿で汚した罪、切腹を以て償うほかになぁぁぁいっ!!」
「――我が主よ、見苦しいので、今すぐその見事な二本の角をへし折って黙らせてもよろしいですか」
いつの間にか影から現れた老執事マルバスが、この世の終わりを見るような冷徹な目で、魔王の首根っこをガシリと掴んで羽交い締めにし、切腹を全力で止めていた。
大騒ぎする主従を前に、奏は……引くどころか、その胸の奥を激しい『プロとしての感動』で震わせていた。
(この壁のポスター……全部、僕が一番綺麗に見える角度で撮られてる。ハチマキの文字も、サイリウムの振り方も、僕への愛がこれでもかってくらい詰まってる。……それに、この独特の、圧倒的なプレッシャーの熱量は……)
奏は、自分のメイド服のポケットに入っていた、あの「ガチ恋レター」を思い出した。
「……魔王様。もしかして、僕がスラムにいた頃、毎日あの宝箱にたくさんの財宝と、温かいファンレターを入れてくれていたのは……あなたですか?」
奏が優しく問いかけると、マルバスに押さえつけられていた魔王が、涙目でコクコクと小さく首を縦に振った。
「あ、あたり、前だ……! 貴様を無能と呼んだあのクソ国家に、俺の奏の本当の価値など分かるはずがないっ! 毎日、君が生きているだけで、笑ってくれるだけで、俺は……俺はどれほど救われたか……っ。生推し、尊い……同じ空気を吸えているだけで、俺の命の因果が消滅しそうだっ!」
そこまで熱烈に自分を肯定し、愛してくれる存在。前世の芸能界でも、これほどの熱量を持った『ファン(太客)』には出会ったことがなかった。




