04.アイドル、追放
状況が把握出来ないまま、奏が呆然としていると、怪しげな呪飾のついたローブをまとった魔術師みたいな男性がボウリングの玉くらいの大きさの水晶玉を奏の目の前に持ってきた。
奏が戸惑っていると、その男は奏の手を取ると、水晶玉の上に無理矢理乗せる。水晶玉はじんわりと光った、色は自分のサイリウムカラーだ。
「――ちっ、聖女様の召喚の儀式に、このような得体の知れぬ男が紛れ込むとはな。魔力測定の結果も惨愴たるもの。戦うための剣技もなければ、癒やしの奇跡も使えぬ、ただの『歌姫』――しかも、男など我がルミナス王国には不要だ」
冷徹な声が、高い天井に虚しく響き渡る。
玉座の上から奏をゴミのように見下ろす国王の目は、冷酷そのものだった。そのすぐ傍らには、奏と同様、光に包まれて召喚されたであろう高校生くらいの女の子――この国の人間が「聖女様」と崇める少女が、怯えと優越感の入り混じった複雑な視線を奏に送っていた。彼女の周りには、人だかりができ、神官らしき人物が彼女に豪華な法衣を着させていた。
また、もう一人召喚されたであろう陽キャそうな高校生くらいの男の子。自分と同じように水晶玉に手を翳すと、眩い光を放った。そして、仰々しい甲冑に身を包んだ大勢の近衛兵たちが駆け寄り、「勇者様だ、勇者様だ」と感嘆の声をあげていた。
「俺、勇者? マジかぁ。マジやべぇ。お前は聖女かよ。ウケる」
「えっと……」
彼らの周りには、人だかりが出来ているものの、奏はポツンと取り残された感じだった。しかも、「ルミナス王国には不要だ」と言う偉そうな人物、恐らく国王の棘のある言葉が胸に突き刺さる。
奏は、まだ状況が掴めないまま、大理石の床に膝をついていた。身に纏うのは、さっきまでドームの主役だった純白とパステルブルーのステージ衣装だ。しかし、その輝かしい衣装はこの厳かな空間において、ただの『奇妙で場違いな衣服』へと成り下がっていた。
「待ってください! 僕は、気づいたらここに……! さっき『不要』と言われましたが、歌なら……みんなを笑顔にする歌なら、歌える自信があります!」
「黙れ、無礼者。戦時において、そのような娯楽が何の役に立つ。王宮の品位を汚す前に、さっさと目障りなその格好で城から去るが良い」
「目障りって……。それに去れって言われても、何処へ行けば――」
国王は奏の発言などに全く聞く耳を持たず、顎を使って近くにいた近衛兵に指示する。近衛兵が奏の足元に、バラバラと数枚の銀貨を投げ捨てた。最低限の手切れ金、というよりも、体裁を保つための施し。
「連れて行け」という短い命令とともに、奏は左右から屈強な兵士たちに腕を掴まれ、引きずられるようにして壮麗な王城の門外へと放り出された。
「ちょっ、離して! 痛いってば! それに、マイク返してよ! 僕のなのに!」
兵士たちは当然聞く耳を持たない。ガチャン、と重々しい鉄門が閉まる音が、奏の心に冷たく突き刺さる。
青空の下、見知らぬ異世界の王都の街並みが広がっていた。行き交う人々は、中世ヨーロッパを思わせる衣服を身に纏い、ステージ衣装を着た奏を「なんだあいつは」と奇異の目で見つめて通り過ぎていく。
孤独、困惑、そして理不尽な拒絶。
日本のトップアイドルだった奏の異世界での第一歩は、プライドを徹底的に踏みにじられる『最悪のスタート』だった。
「一体、どうすればいいんだよ……」
王城を追い出されてから、一体どれだけの時間が経っただろうか。
王都の中心街は、見た目こそ美しいが、身分証も持たない異邦人の奏を受け入れてくれる場所などどこにもなかった。宿を探そうにも、投げ捨てられたわずかな銀貨では数日ともたない。何より、その『場違いに綺麗な衣装』のせいで、路地裏の浮浪者やガラの悪い男たちから、ねっとりとした危険な視線が注がれ始めていた。
(どこか、身を隠せる場所を探さないと……。このままじゃ、本当に危ない……)
奏は無意識のうちに、人通りの少ない、徐々に道幅が狭くなり、建物の壁が薄汚れていく方角へと足を向けていた。
気づけば、周囲の景色は一変していた。




