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03.アイドル、異世界へ

 静かだった通路の壁、コンクリートの床、天井のわずかな隙間から、まるで意思を持っているかのように、不気味なほどに純粋な『白銀の光』がジワジワと溢れ出し始めたのだ。

 最初は、演出用の照明か何かの誤作動かと思った。しかし、その光は熱を持たず、それでいて影の存在を一切許さない圧倒的な密度で、みるみるうちに通路全体の視界を埋め尽くしていく。

 おかしい、何かが異常だ、と本能的な直感が警鐘を鳴らしたときには、すでに手遅れだった。

 言葉にできないほどの凄まじい大光背が、奏の視界を暴力的なスピードでジャックする。


「――っっ!? なに、これ……っ!」


 視界が、一瞬にして完全な真っ白、まるでホワイトアウトに遭遇したかのように染まる。それと同時に、今まで自分の体を包んでいた、あの心地よいドームの熱気、重低音の余韻、ファンの歓声の残響、そして自身の身体の重み――そのすべてが、まるで消しゴムで一斉に消されたかのように、完全に、唐突に掻き消されてしまった。

 耳を打つのは、完全な、絶対的な静寂。

 重力さえもが失われたかのような奇妙な浮遊感のなかで、奏の思考は一瞬にして凍りついた。何が起きているのかを理解する間もなく、彼の意識は、強烈な光の渦の中へと深く、深く吸い込まれていった。

 どれほどの時間が経ったのだろうか。数秒のようでもあり、数時間のようでもあった。

 肌を刺すような眩い光が、潮が引くようにゆっくりと収まっていくのを感じながら、奏は恐る恐る重い瞼を開けた。


「……くっ、ここは……一体?」


 まだ網膜に光の残像がチカチカと残る、覚束ない視界。しかし、徐々に焦点を結んだその場所に広がっていた光景は、ドームの薄暗い舞台裏などでは断じてなかった。

 足元にあるのは、ひんやりとした、見たこともない緻密な幾何学模様が彫り込まれた最高級の大理石の床。

 見上げれば、現代の建築技術では不可能なほど高くそびえ立つ、重厚な石造りの円柱と、神話の神々とおぼしき異形の存在が描かれた巨大なフレスコ画の天井。窓からは、日本のものよりもどこか濃密で、青みの強い、見知らぬ太陽の光が厳かに差し込んでいる。

 そこは、圧倒的な威厳と、冷徹なまでの絶対的な権威が漂う場所だった。


「おお……! 成功だ! 大成功だぞ! ついに、我がルミナス王国に、魔王を討つための『異界の勇者』が召喚されたのだ!」


 静寂を破ったのは、前方のはるか高い玉座に腰掛ける、きらびやかな王冠を戴いた老王の、醜い欲望を隠しきれない大声だった。その周囲を、仰々しい甲冑に身を包んだ大勢の近衛兵たちと、怪しげな呪飾のついたローブをまとった魔術師たちが、獲物を見つけたかのような血眼の視線で取り囲んでいる。


(――これは小説やアニメとかでよくある、異世界の王宮の『玉座の間』なのだろうか?)


 奏は呆然としたまま、自身の身体を見下ろした。

 身につけているのは、さっきまで数万人のファンに見せていた、あの純白とパステルブルーの華やかなステージ衣装のままだ。その右手には、今もまだファンの熱が残っているかのような、コードレスのマイクがしっかりと握られている。そして、ポケットには、ライブの後に集合写真を撮ろうと忍ばせておいた携帯電話がある。

 だが、ここには彼を呼ぶ愛おしい歓声も、優しく光るペンライトの海も、信頼できるスタッフも、誰一人として存在しない。あるのは、自分を『便利な都合のいい道具』として見つめる、見知らぬ異世界の人間の、どす黒い思惑の視線だけだった。

 煌びやかな日本のトップアイドル、奏。彼が命をかけて築き上げてきた輝かしい日常と、誇り高きプロとしてのステージは、この理不尽な光のなかで、あまりにも唐突に、そして完全に幕を閉じたのだった。

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