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36.アイドル、決意表明

 一連の不審すぎる挙動に、奏はフォークを握ったまま固まった。


「ま、マルバスさん……!? あの方、入り口で盛大に血を吹いて倒れてますけど……!」

「――チッ。またお姿を隠して覗き見をしておられましたか、あの限界馬鹿(我が主)は」


 マルバスが、今日一番の冷徹な声で小さく舌打ちをした。


「奏様、少々お待ちください。ゴミの回収に行ってまいります」


 次の瞬間、マルバスの姿がかき消えた。文字通りの瞬間移動。彼は一瞬にして入り口へ移動すると、倒れた魔王の襟首を、まるで泥酔したおっさんを引きずるかのように容赦なく掴み、そのまま虚空の彼方へと転移して消え去った。その手慣れた一連の動作は、日頃からこれが『日常茶飯事』であることを物語っていた。


 ――数分後。


 マルバスは何事もなかったかのように、燕尾服のシワ一つ乱さずに地下食堂へと戻ってきた。その手には、新しいおしぼりと、口直し用のシャーベットが握られている。


「お見苦しいものをお見せいたしました、奏様。……さて、食事の最中に不粋な質問ではございますが、今後のことについて、少しお話をさせていただけますか」


 マルバスは真剣な面持ちで、奏の前に立った。


「貴方様を裏切り、傷つけたルミナス王国ですが……もし、あちらへ戻りたいというご希望があるのでしたら、我が魔王軍の総力を以て、安全に送り届ける用意がございます。我が主も、貴方様の意志を第一にと仰っておりますので」


 その言葉を聞いた瞬間、奏の瞳から温かみが消え、プロとしての冷徹な大人の光が宿った。


「いいえ、マルバスさん。僕はもうあの国には、絶対に、死んでも戻りません。でも、一つ心残りがあるとしたら、スラム街の皆のことが心配です」


 奏はきっぱりと言い放ち、胸の奥にある黒い感情を静かに燃え上がらせた。


「彼らは僕をゴミのように捨て、都合よく監視し、大切な人たちの命を人質にして過酷な戦場へ引きずり出しました。そして最後は、自分たちが助かるために僕の背中を刺した。あんな腐りきった国に、僕の居場所なんて最初からなかったんです」


 奏は立ち上がり、マルバスの目をまっすぐに見つめた。


「僕は、ここで暮らしてみたいです。この温かくて、ホワイトな魔王領で、僕の【家事系スキル】を使って、皆さんの役に立ちたい。僕を救ってくれたこの場所に、恩返しがしたいんです。ここに、永住させてください」


 それは、弱者としての命乞いではない。

 自分を裏切った人間界への決別であり、この楽園を次の『ステージ』にするという、トップアイドルとしての新たなる決意表明だった。

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