31.アイドル、目を覚ます
「――ん……」
深い、深い闇の底から、意識がゆっくりと浮上してくる。
奏の長い睫毛がかすかに震え、重い瞼が持ち上げられた。最初に視界に飛び込んできたのは、ルミナス王国の薄汚いスラムの天井でも、あの禍々しい魔王城の黒鉄の天井でもなかった。
それは、柔らかなペールピンクと純白のシルクで彩られた、見たこともないほどに精緻な彫刻が施された天蓋だった。
「ここは……?」
奏は戸惑いながら、ゆっくりと上体を起こした。
彼が寝かされていたのは、まるで雲の上にいるかのように柔らかく、身体を優しく包み込む最高級のふかふかベッドだった。肌に触れるシーツは、王侯貴族ですらそう容易く手に入れられないであろう、魔力糸で織られた極上の滑らかさを持っている。
部屋全体を見回してみれば、そこは広大な貴族の寝室のようだった。磨き上げられた高級木材の家具、品良く飾られた美しい一輪挿しの花、そして足元にはふんわりとした毛足の長い絨毯。ルミナス王国の王宮にあった、あのこれみよがしで傲慢な金ピカの装飾とは違い、住む者の居心地を第一に考えられた、圧倒的な気品と温かさに満ちた空間だった。
奏は、自分の頭がまだ少しぼんやりとしているのを感じながら、記憶の糸を必死に手繰り寄せた。
(確か、僕は……魔王城の玉座の間で、レオに背後から聖剣で刺されて……)
「あっ……!」
奏は思い出し、反射的に自分の胸元へと両手を当てた。
身につけていたはずのメイド服は、いつの間にか上質なコットンのパジャマに着替えさせられている。そのパジャマのボタンを外し、恐る恐る自身の胸元を確かめてみる。
そこには、あのとき確かに聖剣が貫通したはずの、痛々しい風穴などどこにもなかった。それどころか、傷跡すら一切残っていない。触れてみれば、トクン、トクンと、力強く、そして至って健康的な心臓の鼓動が手のひらに伝わってきた。
「生きている……。僕、本当に助かったんだ……」
じわりと、生還したことへの安堵感が胸に広がる。
だが同時に、奏の指先が、いつもそこにあったはずの『ある感触』がないことに気づいた。首元にかかっていたはずの、あの冷たくて心地よいプラチナの鎖がない。
ハッとしてあたりを見回すと、ベッドのすぐ脇にある、磨き上げられたサイドテーブルの上が目に留まった。
そこには、小さな銀のトレイの上に、形を留めないほど『粉々に砕け散った純白の宝玉』と、千切れたプラチナの鎖が、静かに横たわっていた。
「ブラン……」
奏はその破片を両手でそっと掬い上げ、胸元に抱きしめた。




