26.アイドル、刺される
レオの額から、滝のような脂汗が噴き出す。自慢の聖剣を握る手は、まるで壊れた玩具のようにガタガタと激しく震え、床にコツコツと虚しい音を立てていた。
「ひ、ひぃぃっ! ば、バケモノ……本物の、バケモノだ……っ!!」
背後にいた美形の魔術師は、呪文を唱えることすら忘れ、恐怖のあまり失禁せんばかりの顔で床を這いつくばった。聖騎士もまた、その重厚な盾を投げ捨て、歯の根が合わないほどにガチガチと怯え、腰を抜かして完全に戦意を喪失していた。
彼らが今まで戦ってきた魔物とは、次元が違いすぎた。存在しているだけで万物を排斥する、絶対的な破壊の化身。それが、世界を統べる魔王という存在の本質なのだ。厨二病の妄想で「俺つえー!」を気取っていた未熟な若者たちが、耐えられるはずのない極限のプレッシャー。
だが、その圧倒的な重圧のなかで、ただ一人――荷物を背負ったままの奏だけは、平然と二本足で立っていた。
(あれ? みんなすごく苦しそうだけど……僕、全然平気なんだけど。むしろ、この空気というか、気配というか、なんだかすごく心地いいというか……どこか懐かしいような?)
奏は不思議に思った。魔王の放つ絶大な波動は、彼にとっては恐ろしい破壊の力ではなく、まるで自分を優しく包み込み、歓迎してくれているかのような、不思議な温かさを孕んでいたのだ。
しかし、床で無様に悶絶しているクズ勇者たちには、奏のその『異常なタフさ』に気づく余裕など、一微塵も残されていなかった。
「い、嫌だ……俺様、ここで死にたくない……っ! 誰か、誰か助けてくれっ!!」
レオは涙と鼻水で顔をグシャグシャに歪め、狂ったように叫んだ。
闇の奥から、魔王のシルエットがゆっくりと玉座から立ち上がり、階段を下りてくる。一歩、一歩と近づいてくる死の足音。
その時、極限の恐怖によって脳のネジが完全に消し飛んだレオの瞳に、すぐ目の前で泰然と佇んでいる奏のメイド服の背中が映り込んだ。
「……あ、そうだ。あぁ、そうだった」
レオの顔に、人間の限界を超えた、醜悪極まる狂気の笑みが浮かぶ。
「そうだ! 国王様から、もしもの時のためにって、これを渡されていたんだっ! 国の、ため、俺様のために……お前が、身代わりになりあがれっ!!」
レオは残ったすべての魔力を暴走させ、床から飛び起きると、あろうことか奏の細い肩を背後からガシリと掴み、魔王の目の前へと力任せに突き出した。
「えっ――?」
奏が驚きに目を見開いた、その刹那。
ドズッ!!!
「――っ、ぐっ!?」
鈍い、肉を引き裂く音が玉座の間に冷たく響いた。
背後から容赦なく突き立てられたのは、レオが持つ、まばゆい黄金の光を放つはずの『勇者の聖剣』。その鋭利な白刃が、奏の華奢な背中から胸へと、容赦なく、完全に貫通していた。




