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22.アイドル、クズ勇者に振り回される

 旅が始まって数週間。魔王領の境界線に近い、天を突くような険しい山脈の麓に辿り着いた頃、勇者パーティの我が儘と暴走は、ついに最悪の形で限界を突破した。


「おい、聞いたか? この先の山窟には、数百年を生きる伝説のエンシェント・ドラゴンが眠っているらしい。もしその首を刎ねて『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』の称号を手に入れれば、俺様の勇者としての声望はさらに揺るぎないものになるぜ!」


 馬車のなかで、勇者レオが目を血走らせて叫んだ。その叫びは、荷馬を走らせる奏の耳にも入った。


「素晴らしい考えです、レオ様! 魔王を討つ前の景気づけとして、そのトカゲの首を我らの聖剣のサビにしてくれましょう!」


 高慢な聖騎士が剣を叩いて賛同する。彼らは完全に、これまでの連戦連勝で慢心の極みに達していた。

 奏は、勇者たちの考えはあり得ないと思い、急いで荷馬を走らせ、馬車に向かって声を発する。


「古竜はこの地を静かに守っているだけで、誰も襲っていないと聞きました! そんな酷いことはやめるべきです!」

「無能の分際で天才のやることに口を出すな!」


 奏の必死の制言など、彼らの耳には届かなかった。それどころか、逆に怒鳴り散らされ、奏は彼らの指示に従うことしか出来なかった。そして、彼らの重い予備武器の袋を背負わされ、強制的に古竜の住まう漆黒の洞窟へと引きずり込まれた。


 ――洞窟の最深部。そこには、岩盤と同化したかのような美しい純白の鱗を持つ、家一軒以上の大きさほどもある巨大な竜が、静かに息を立てて眠っていた。神聖さすら漂うその寝顔に対し、クズ勇者たちは一切の躊躇もなく、最悪の『不意打ち』を仕掛けたのだ。


「死ね、トカゲぇーっ!!」


 レオの放った聖属性の強力な魔力斬撃が、無防備な古竜の脳天を直撃する。激しい爆音とともに、純白の鱗が引き裂かれ、鮮血が洞窟の壁を赤く染めた。

 だが、伝説の古竜は、彼らが侮れるほど弱い存在ではなかった。


「――グオォォンッ!」


 凄まじい大気の震えとともに、怒り狂った古竜の瞳が見開かれる。睡眠を理不尽に破られ、致命傷を負わされた古竜の逆鱗。それが生み出す圧倒的な暴風と神速の尾の一撃が、突撃した聖騎士の盾を粉々に砕き、魔術師の結界を一瞬で消し飛ばした。


「ひ、ひぃぃっ!? なんだよこれ、話が違うじゃないか! なんで一撃で死なねぇんだよ!?」


 レオは腰を抜かし、自慢の聖剣をガタガタと震わせた。古竜が大きく口を開け、万物を灰にするドラゴン・ブレス)を放とうと、その喉の奥に紅蓮の炎を滾らせる。


「く、クソッ!  て、撤退だ! おい、そこの無能!」


 聖騎士が、恐怖に顔を歪めながら奏の胸ぐらをつかみ、猛り狂う古竜の目の前へと力任せに突き飛ばした。


「貴様がそこで肉壁となって時間を稼げ! その間に我らは撤退する! 後始末は任せたぞ!」

「はぁ? 何言って――!」


 奏が地面に倒れ込んだ瞬間、レオたちは目にも留まらぬ速さで転移の魔術スクロールを破り捨て、自分たちだけ光の中に消えていった。

 残されたのは、崩落を始める暗い洞窟。そして、怒りと苦痛のあまり我を失い、目の前の小さな存在を今すぐ踏み潰そうと前足を振り上げた、巨大な古竜だけだった。


 ゴゴゴゴゴ……と、地響きが轟く。


 振り下ろされる、岩盤よりも硬い古竜の鋭い爪。普通の人間なら、恐怖で声を失い、ただ肉塊になるのを待つだけの瞬間。だが、奏は逃げなかった。

 彼は、自分を見下ろす古竜の瞳をまっすぐに見つめ返した。

 その巨大な金色の瞳には、凶暴な破壊の衝動だけではなく、あまりにも理不尽な暴力を振るわれたことへの深い悲しみと絶望の色が、痛いほどに滲んでいたのだ。

 脳天から溢れ出る大量の鮮血が、美しい純白の鱗をドロドロと汚していく。喉の奥の炎は激しく燻っているが、その巨体は、勇者たちの卑劣な一撃によって、すでに立っていることすら奇跡のような瀕死の状態だった。

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