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21.アイドル、視線を感じる

 奏の首筋にゾクリとした、尋常ではない『違和感』が走った。

 それは、野生の魔物が放つような、剥き出しの殺意や敵意ではなかった。もっとこう……ねっとりとした、狂気的なまでの熱量を含んだ、巨大な『視線』。

 まるで、暗闇の奥から、超高性能の望遠カメラで、自分の指先の一挙手一投足にいたるまでを『血眼になって覗き見されている』かのような、圧倒的なプレッシャーだった。


(な、何……これ? なんか見られてるよね? でも、どこから見られてるの?)


 奏は警戒し、メイド服のポケットから携帯電話を取り出し、胸元でギュッと握りしめて周囲の闇を見回した。

 しかし、視界の先にあるのは、月明かりに照らされた不気味な岩影と、吹き抜ける夜風だけ。魔力探知をしてみても、周囲に生体反応は一切存在しない。

 だが、確かに感じるのだ。誰かが見ている。

 自分が髪を耳にかけたり、メイド服の裾を直したりするたびに、その『見えざる熱視線』の温度が、火のようにボッと跳ね上がるような、奇妙で過保護な熱量を。


(まさかこの独特な、心臓を鷲掴みにされるような、限界突破したオタクの執念めいた気配は……)


 奏の脳裏に、あの宝箱に入っていた「ガチ恋レター」の文面がよぎる。


『今夜のステージも、遥か地の果てより、血眼になって見守らせていただきます』


(嘘でしょ? まさか魔王様が遠隔の覗き見魔術か何かで、僕の『雑用という名のステージ』を、リアルタイムで生配信でも見るみたいに視聴してるの!?)


「……はは、まさかね。いくらなんでも、世界を滅ぼす魔王がそんな暇なわけないよね。自意識過剰なのかな?」


 奏は小さく首を横に振り、自身の突飛な妄想を打ち消すように自嘲気味に笑った。

 いくら自分のファンだからといって、魔王アスモデウスは世界の頂点に君臨する存在だ。わざわざ人間の勇者パーティの泥臭い野営を、一晩中ストーキングして楽しむような変態であるはずがない――そう、自分に言い聞かせる。


「うん、きっと連日の過酷な移動で、僕の神経が過敏になってるだけだ。気のせい、気のせい」


 プレッシャーの正体を『長旅の疲れ』として無理やり納得させると、奏はパチパチと燃える焚き火に薪をくべ直した。

 明日からは、さらに険しい魔の山を越えるルートに突入する。

 我が儘放題のクズ勇者たちは、きっと明日も無理難題を言って僕を困らせ、奴隷のように扱おうとするだろう。だが、どんなに過酷な地獄の旅であっても、プロのアイドルとしての僕の誇りは、彼らの泥に汚されることはない。


(どんなに理不尽な環境でも、完璧な仕事をして、最後に一番輝くのは僕だ。……見ててよね、僕を陰ながら支えてくれる『最高のファン』さん)


 奏は、誰もいない闇の奥に向かって、悪戯っぽく、けれど最高に可憐なウインクと手でつくったハートマークを一つ、そっと投げかけてみせた。

 その瞬間、「うひぃ!」という不意を突かれたような上擦った声が聞こえたような、聞こえなかったような……そんな気がした。それを境に、『誰かに見られている感』は瞬時にフッと消えてしまった。


「なんか気のせいだと思ったけど、確信が持てるような……。いや、これは気のせいだと思おう」

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