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17.アイドル、雑用係になる

 奏は静かに面を上げた。その瞳には、かつて召喚されたばかりの頃の困惑や恐怖は微塵もなかった。あるのは、ただ静かに『大人の汚い都合』を見つめる、プロとしての冷徹な視線だけだった。


「奏よ。貴様が城を追われた後、スラムのドブネズミどもの間で、怪しげな『魔王の財宝』とやらをばら撒き、人気取りに奔走しているという報告は逐一受けている。身分証も持たぬ異邦人の分際で、我が国内で不穏な勢力を形成しようなど、本来であれば即座に極刑に値する大罪であるぞ」


 国王はわざとらしく重々しい溜息をつき、長い顎髭を撫でた。

 その言葉を聞いた瞬間、奏の胸の奥で、カチリと冷たい怒りの火が灯った。手切れ金を投げつけて追い出しておきながら、自分たちの監視の目をずっと光らせていたのだ。スラムが綺麗になったことも、孤児院を救ったことも、この男たちにとっては『国家への反逆の兆し』としてしか捉えられないらしい。


「ですが、陛下。その無能にも、一つだけ最後の『使い道』が残されていると、私は進言いたしましたのよ?」


 くすくすと下品な笑い声を上げたのは、勇者レオだった。彼は一歩前に出ると、かつて同じ日本にいたとは思えないほど冷酷に歪んだ瞳で、奏を指差した。


「使い道……ですか?」


 奏が低く問い返すと、レオは自慢の聖剣の柄をパチパチと叩きながら、我が儘な子供が玩具を欲しがるような口調で言い放った。


「そうだ。私たち勇者パーティは、これからいよいよ世界の最果てにある『魔王城』へ進軍し、魔王アスモデウスを討伐する栄誉ある任務に就くんだ。しかし、日々の移動や戦闘で、私たちの神聖な装備が汚れたり、食事が不味かったりしたら、私の『勇者としてのモチベーション』が下がると思わないかい?」


 レオの後ろに控える聖騎士が、我が意を得たりとばかりに傲慢に胸を張る。


「左様。勇者様の御手や御足を、泥や雑務で汚すわけにはいかん。ましてや我ら一騎当千の英雄たちが、野営の準備や荷物の運搬、防具の洗濯などに時間を取られるなど、国家的な損失なのだ」

「そこでよ、奏」


 レオは、ねっとりとした視線で奏のメイド服を見つめた。


「お前、スラムの汚い酒場で、随分と手際よく家事をこなして人気者になってるらしいじゃないか。魔力測定ではゴミみたいな数値だったけど、その『奴隷みたいな雑用スキル』だけは、認めてやってもいい。だから――私たちの『お世話係』として、魔王討伐の旅に同行しろ」


 それは、お願いでも提案でもなかった。拒否権など一切存在しない、絶対的な強制任務。

 国王が冷たく追随する。


「勇者様のお言葉通りだ。同行し、完璧に身の回りの世話をこなすのであれば、スラムでの不穏な罪はすべて不問にしてやろう。だが、もし拒否するというのであれば……貴様だけでなく、貴様を囲っていたあの酒場の女将や、スラムの孤児どもを『魔王の潜入工作員』として、即座に処刑せざるを得んが……どうする?」


 人質。それも、奏がこの一ヶ月間で必死に守り、笑顔にしてきた、かけがえのない『最初のファン』たちの命を盾に取られたのだ。


(……ああ、本当に。どこまでも腐りきっているな、この連中は)


 奏の心は、激しい怒りを通り越し、完全に、砕けた氷のように鋭く冷めきっていった。

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