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14.アイドル、これはやばい

 封蝋には、やはりあの禍々しい二本の角の紋章。だが、それをペリペリと剥がし、中に書かれた文字に目を落とした瞬間――奏のプロとしての『第六感』が、激しく警報を鳴らした。

 そこに書き連ねられていたのは、おぞましい呪詛の言葉などでは断じてなかった。


『拝啓、至高なる我が光、奏様。

 あなたがスラムの薄汚き酒場にて、その身に純白と漆黒の衣を纏い、可憐に舞い踊る姿を遠方より拝見いたしました。ああ、なんという奇跡。なんという美しさ。汚い人間どもの集う王宮があの至宝をドブに捨てた瞬間、我が魂は怒りで荒れ狂いましたが、今や感謝の念すら抱いております。』


「ここは確かにスラム街だけど、ドブはちょっと言い過ぎかなぁ……」


『あなたの紡ぐその声は、常闇に閉ざされた我が城に差し込む唯一の太陽であり、汚れた世界を浄化する至高のメロディ。あなたのその細き指先が、安物の雑巾を握りしめて床を磨く姿を見るたび、我が心臓は限界突破の鼓動を刻み、体から血が噴き出すのを不覚にも止められません。』


「えっ、体から血が噴き出すの!? だ、大丈夫……かな?」


『願わくば、この我が集めたささやかなる貢ぎ物が、あなたの健やかな日常の糧とならんことを。あなたはただそこに存在し、息をし、微笑んでいてくださるだけで良い。それだけで、我が世界は救われるのです。今夜のステージも、遥か地の果てより、血眼になって見守らせていただきます。敬具。追伸:できれば髪を耳にかける仕草をもう一度見たいです』


「……えっーと、これはどう反応したらいいんだろう。嬉しいんだけど……、嬉しいんだけど、なんか怖い」


 奏は、顔を若干引き攣らせながら、手紙をパタンと閉じた。

 きっと今の表情は、恐怖ではなく、別の意味での深い『察し』によって、何とも言えない複雑な表情になっているのだろうなと奏は思った。


「おい、あんた! なんて書いてあったんだい!? やっぱり『皆殺しにする』とか、そういう血生臭い脅迫文かい!?」

「……ううん。違うよ、バーバラさん。なんて表現したらいいのかな? まぁ、ある意味、危険が迫っているような内容ではなかったよ」

「なんだい、それは。言っていることが意味不明だよ」


 奏は、前世の日本で、毎日のように事務所へ届いていた『ファンレター』の山を思い出していた。

 その中には、時折、自分の行動を分単位で観察し、尋常ではない熱量とポエム調の愛をびっしりと書き連ねてくる、いわゆる『ガチ恋勢』と呼ばれる熱狂的なファンからの手紙があった。

 この今手に持っている手紙から漂う、圧倒的なまでの『尊さへの悶え』と、貢ぎ物の金額の異常さ、そして、こちらの行動を逐一把握しているストーカー気質さ。


「これは、典型的な『ガチ恋勢オタクからのファンレター』だ……。しかも、かなり限界を迎えているタイプの」

「はあ!? あの魔王があんたに、その、ガチコイゼイ? ってのになってんのかい? というか、ガチコイゼイってなんだい?」

「『ガチ恋勢』は『ガチで恋をしている人』のことを言って、簡単に言うと、魔王が僕に恋愛感情を抱いているってこと……かな。僕のただの勘違いかもしれないけど、文面からはそう感じ取れる」

「えっ! 魔王があんたに恋!? あたしゃ、どうすりゃいいのさ」

「バーバラさんは普通にしていて大丈夫ですよ。たぶん危害を加えてきたりはしないと思うので」


 バーバラの絶叫が酒場に響くなか、奏は『ガチ恋勢』について簡単に説明した。

 理由は分からないが、あの恐怖の象徴である魔王は、どうやら自分の『熱狂的なファン』……いや、『ガチ恋勢』になってしまっているらしい、と。

 魔王の正体が『ただのガチ恋勢』だと察してからの奏の行動は、実に彼らしいものだった。


「それにしても、この金とかはどうすんだい? こんなにあるんなら、こんな汚い街じゃなくて、成金たちがいる街にでも移った方が何十倍もマシだろ?」

「ううん、この街から出ようとは思わないかな。プロのアイドルとして、ファンからの純粋な応援を無駄にする訳にはいかないし。このお金を僕個人で使うのは、なんか違う気がするんだ。ファンの皆へ何かしらの形で還元したい」

「還元だって? ここには荒くれ者たちや孤児しかいないのに、そんな奴らのために金を使うって言うのかい?」


 奏は三日間にわたって届けられた天文学的な額の財宝を、『自分のためだけに使うこと』をやめ、『ファンの皆へ還元すること』に決めた。バーバラが言っていることも分からなくもないが、王宮から追い出され、仮にあの時拾って貰えなかったら、今の自分はいない。

 奏はその潤沢な資金を使って、スラム街全体の生活環境を劇的に改善するためのプロジェクトを開始しようと決心したのだった。

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