13.アイドル、二度あることは三度ある
魔王アスモデウスの紋章が刻まれた、あまりにも巨万の富が詰まった最初の宝箱。
それがもたらした衝撃と恐怖によって、『夜鶯の止まり木亭』は丸一日、営業休止を余儀なくされるほどのパニックに陥った。元Aランク冒険者の女将バーバラは「これは生贄の要求か、あるいは国を滅ぼすための罠だ」と顔を青くして武器の手入れをし、奏もまた、世界の終わりを司る存在からの理不尽な『接触』に、なんとも言えない不気味さを覚えていた。
しかし、世界の破滅も、呪いによる爆散も、待てど暮らせど一向に訪れる気配はなかった。
それどころか、二人に予想だにしなかった出来事が起こったのだ。
「……う、嘘でしょ?」
翌朝。再び誰よりも早く起きて店を開け、モップを手に取った奏は、カウンターの前で完全に硬直し、思っていたことがそのままポロっと口から出てしまう。
そこには、昨日バーバラが地下の倉庫へ厳重に封印したはずのあの古びた箱と、寸分違わぬ形状をした『二つ目の宝箱』が、何食わぬ顔で鎮座していたのだ。
恐る恐るバーバラを呼び出し、ガタガタと震える手でピッキングによる罠解除を行なってもらうと、中からは昨日と同じ――いや、昨日以上に大粒で傷一つない極上のサファイアやルビー、そして見たこともない深紅の古金貨が、これでもかと溢れ出してきた。
「な、なんなんだい、一体。魔王軍は金塊を投げつけて人類を圧殺する戦術に切り替えたのかい!?」
「バーバラさん、これ……本当に攻撃とかなのかな? なんだか、すごく綺麗に並べられてる気がするんだけど……」
困惑と警戒のなか、奏はメイド服の袖をまくり、いつも通り給仕の仕事を続けた。どれほど怪奇な現象が起きようとも、夜になれば、自分の歌を待っているスラムの荒くれ者たちや孤児たちが店にやってくる。プロのアイドルとして、私生活の動揺を仕事に持ち込むわけにはいかない。
バーバラは今日も臨時休業をすると言い張ったが、これではスラム街の人たちが困ってしまう。奏はなんとか説得して、店を開くことになった。その代わり、バーバラは常に周囲を警戒し、片時も短剣を肌身離さず持っていた。バーバラの人を殺すような視線は客にも向けられ、客は若干怯えていた。そんな中、常連の荒くれ者たちが声をかけてきた。
「なぁなぁ。奏ちゃん、今日はババアがすげぇ殺気立ってるけど、なんかあったのか?」
「あれはやべぇよ。流石元Aランクだけあるな。俺、あの目で殺されるんじゃないか?」
「えっ! べ、別に何もないですよ! あははっ、バーバラさんはえっと……そ、そう! 最近疲れてるだけなんです!」
「そうか? そうには見えねぇけど」
奏はその場しのぎの分かりやすい嘘をつき、荒くれ者たちをあしらった。そして、奏はいつものようにお立ち台に立ち、普段通りに仕事をするのに集中した。
そして、その翌日もあったのだ。カウンターの上には、まるで見えないストーカーが毎夜そっと置いていくかのように、『三つ目の宝箱』が確かにそこに置かれていたのだった。
「ふん、もう驚きゃしないよ。さっさと開けちまいな、奏」
「罠とかは……」
「もう三日連続だよ? もう罠なんて無いさ。あたしが見たところ、そんな危なっかしい気配はないね」
「気配がないって……」
「そんな心配だったら、そこをちょっと退きな」
三日目ともなると、バーバラの肝も座ってきたらしい。彼女は煙草をくわえながら、もはやダーツのように短剣を宝箱の錠前に投げ飛ばし、器用に錠前を弾き飛ばした。
確かにもう何も起きない。奏はパカッと軽い音を立てて蓋が開ける。
中には、王都の最高級宝飾店を丸ごと三軒は買い叩けそうな希少なダイヤモンドの山。だが、今日の中身はそれだけではなかった。
眩い宝石の山の頂点に、やたらと高級そうな、魔界の漆黒の羊皮紙で折られた『一通の手紙』が、大切そうに添えられていたのだ。
「なんだろ、この手紙? バーバラさん、これは何だと思いますか? やっぱり、手紙ですかね?」
「はぁ? あたしに振るんじゃないよ! 呪いの手紙かもしれないだろ、読むならあんたが読みな!」
「えぇ、そんなこと言わなくても……。まぁ、きっと僕宛なのかもしれないし、この状況じゃ僕が読まざるを得ない感じか」
奏はごくりと唾を飲み込み、そっと指先でその黒い手紙を拾い上げた。




