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11.アイドル、驚愕

 バーバラの顔から完全に余裕が消えた。彼女は素早い動作で背後の壁から一本の短剣を引き抜き、奏を背中で庇うようにして、宝箱の前へと歩み寄る。


「昨日、店は完全に閉めたはずだ。あたしの張った防犯の結界も破られた形跡がない。ってことは、これを魔術か何かで、直接ここに『転移』させた奴がいるってことか」


 バーバラは顎に手を当て、難しそうな顔をして、宝箱を忌々しげに睨みつける。


「おい、あんたは下がってな。この手の古い箱には、開けた瞬間に手足が吹き飛ぶような、エグい即死の呪い罠が仕掛けられてるのが相場だ。あんたが開ける前に気付けて良かったよ。店で死人が出たら、商売上がったり下がったりだよ」


 バーバラは短剣の先で箱の隙間を慎重に探り、ポケットから細い針のような金属棒を取り出すと、宝箱の鍵穴へと差し込んだ。

 元Aランク冒険者のピッキング術。それは卓越した技術であり、常人には見えない微細な魔力の流れを感知する作業だ。


「……ふん、やっぱりね。三重の『爆破の呪印』に、触れた者の血を凝固させる『吸血の魔針』、おまけに『空間固定の術式』まで編み込まれてやがる。ダンジョンの最深部にある、宝箱並みの罠の詰め合わせだよ。普通の盗賊なら触った瞬間に塵になってるね。……だが、あたしの目を盗もうなんて百年早いんだよっ!」


 バーバラの指先が、目にも留まらぬ速さで針を動かす。

 カチ、カチ、カチ――と、静かな酒場に小さな金属音が規則正しく響くたび、宝箱から放たれていたあの不気味で禍々しいプレッシャーが、一枚ずつ薄皮を剥がすように霧散していくのが分かった。


 ――そして、数分後。


 ガチャン、という、ひときわ大きな解錠音とともに、宝箱の頑丈な鉄の錠前が、ついにその役目を終えて完全に解き放たれた。


「ふぅ……。よし、これで罠は完全に解除したよ。さて、一体どこのどいつが、何の目的でこんな不届きな真似をしたんだか」


 バーバラは短剣の腹を宝箱の蓋の隙間に引っ掛け、慎重に、ゆっくりとそれを押し上げる。

 キィィィ……と、古びた木が擦れる嫌な音が響き、箱の中身が露わになった。その瞬間、奏たちは目を大きく見開いた。


「えっ!」

「おいおい、冗談だろ……っ!?」


 二人の口から、同時に驚愕の声が漏れ出ていた。

 眩いばかりの、文字通りの『黄金の光』が、薄暗い酒場のカウンターを一瞬にして昼間のように照らし出したのだ。

 箱の中に敷き詰められていたのは、現代の王都で流通しているものとは比較にならないほど分厚く、純度の高い、見たこともない巨大な『金貨』の山だった。それだけではない。金貨の隙間を埋めるようにして、赤、青、緑、紫――あらゆる色彩を放つ、親指大ほどもある最高品質の『宝石』の数々が、まるで星屑のように乱雑に放り込まれていた。

 スラムの汚い酒場の片隅に現れた、場違いなほどの巨万の富。

 バーバラの手が、かつて数々の死線をくぐり抜けてきたその強靭な手が、信じられないことにガタガタと震え始めていた。


「これは一体どれだけの価値があるんだい? 金貨一枚で家が建つレベルの古金貨だ……。宝石の品質も、現代の職人じゃ不可能な魔力加工が施されてる。これ一つで、このクソ汚いスラム街を丸ごと買い取っても釣りがくるよっ!」

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