8.テストプレイ1回目
卜口 工、32歳。バツイチ、元会社員。
両親が亡くなったのを機に、思い出の詰まった実家を売却。
某県のダム近く、山奥の古家に越してきて3日目の朝のことだ。
快晴に誘われて近所を散策していた彼は、人けのない小さな神社を見つけた。
工は賽銭を投じ、「これからよろしくお願いします」と、これからの平穏を願う。
――その、帰り道だった。
「……え?」
歩いている最中、突然、視界が歪んだ。
景色が、ガラッと書き換えられる。
驚いて振り返るが、そこにあったはずのアスファルトの道はない。
気がつけば、僕は深い森の中に立っていた。
「な、何が起こったんだ……」
混乱しながら、道があったはずの方向へ戻ってみる。
だが、どれだけ歩いても元の散歩道には戻らない。
ふと見ると、左脇に一冊のノートを抱えていた。
『チートノート』。
なんだ、この悪趣味なタイトルのノートは。
その時、背後の茂みでガサガサッという音が響いた。
振り返った僕の目に飛び込んできたのは、
額から一本の角が生えた、巨大なウサギだった。
巨大、なんてレベルじゃない。座った状態で、ゆうに一・五メートルはある。
「着ぐるみ……か? ドッキリかよ」
だが、僕は芸能人でもなければ、周りにカメラもない。
角ウサギは、真っ赤な目で僕を睨むと、猛然と突進してきた。
「う、うわあああああ!」
僕は無我夢中で逃げ出した。
途中、小脇のノートをどこかに落とした気がしたが、
構っていられない。とにかく、あの化け物から逃げなければ――。
必死に走り続け、なんとか逃げ切った僕は、川べりに辿り着いた。
「はぁ、はぁ……何なんだ、一体……」
疲労困憊で地面に座り込み、必死に冷静になろうと努める。
あの化け物は何だ。角が生えていたように見えたが、見間違いか。
あるいは、誰かの悪質ないたずらか。
だが、道が消えた説明がつかない。
――その時だった。
背後から、ドォン! と大きな衝撃を受けて突き飛ばされた。
「ぶはっ……!」
転んだ僕の上に、覆い被さるようにして「それ」はやってきた。
巨大な、粘着質のアメーバ。
それは僕の顔面にべっとりと張り付き、鼻や口を塞ぐ。
――熱い。いや、痛い。
顔の皮膚が焼けるような、溶けるような激痛。
「……っ、が……ぎゃああああああああ!」
――視界が、真っ暗になった。
次に目を覚ましたとき、僕は神界にいた。
どうやら、スライムの溶解液を顔面にまともに食らって、
死んでしまったらしい。
なぜ、こんなことになったのか。
初めてのテストプレイだというのに、あまりにも情けない幕切れ。
だが、それには理由があった。
僕はテストプレイを行う直前、ノートにこう書き込んでいたのだ。
『神は、工の星に降り立つと、神としての記憶をすべて失う』
星のすべてを知り尽くした全知の状態でテストをしても、それは本当のテストにはならない。
そう、真面目に考えすぎてしまった。
記憶を失った僕は、ただの非力な三十代男性。
チートノートの使い方すらわからず、
最初の村に辿り着くことすらできず――僕は、
自分が作ったスライムに溶かされて死んだ。
確定した文字は、無情にもノートに刻まれている。
「……。バカだ。俺、大バカだ……」




