第5話 現役声優からのお話・前編
うおおおおおおおおいッ!!
それ言っちゃうんかいッ!!
私は心の中で雄叫びをあげた。
現役の声優さんを前にして、好きな声優に会いたいから声優になりますなんて言ったら怒られるに決まっている。
こんな返答、ダイスロールで例えるなら致命的な失敗だよ!
おそるおそる安芸さんを見ると、訝しげな表情で楓歌ちゃんの言葉を咀嚼している最中だった。
「……何が、何だって?」
「鷹月桜祭ちゃんって声優さんいますよね」
「ああ、いるな」
「その子が好きになったので、会ってお話してみたいんです。ファンじゃなくて同じ目線で。だから私は声優になりたいんです!」
本当に何一つ隠さず、私達に話したのと同じ内容を伝えてしまった。
部外者である私達と違って安芸さんはその世界の人間だ。今から同じ道をめざす後輩がミーハーな志望動機を抱えていたら面白いわけがない。
私は顔を伏せながら額から流れる脂汗をぬぐった。
ヤバいヤバいヤバい。
せっかく安芸さんが協力的になってくれたのに最悪の印象を与えてしまった。
このままだとまた帰れと言われてもおかしくない。
何か起死回生の一手はないか。
そんな風に思考を巡らせていると……。
「そうか。頑張りな」
思った以上にドライな反応が返ってきた。
声も普通だし、怒りを噛み殺している感じでもない。至って普通の返答だった。
まさか怒るよりも呆れてしまったんだろうか。
いやそれは逆に怖いな。
そして今度は私を見て、お前はどうなんだとばかりに顎をクイとあげる。
「私は……えーと」
理由は分からないけど、とりあえず危機は乗り越えたのだと判断。
でも楓歌ちゃんの言葉に振り回されていたせいで回答を全く考えていなかった。
「元々TRPGをやっていて演じるのが好きだったので、演技を仕事にしたら楽しそうだなって思いました」
そして本当に、弁解のしようもないくらいに心にも無いことを言った。
くどいようだけど私は声優になるつもりはない。楓歌ちゃんと一緒にいたくてこの場にいるだけなのだ。
とは言え、心には無くともそれなりの理由ではある。
楓歌ちゃんの志望動機が許されるなら、私の動機なんてあたり障りもないだろう。
「は?」
ところがどっこい。
私の志望動機を聞いた安芸さんはいきなり不機嫌そうな顔に変わった。何なら昨日、楓歌ちゃんが勝負を反故にした時よりも怒っているようだった。
何で!? そりゃ勿論ベストな回答ではないだろうけど、そんなに悪いことを言っただろうか。
TRPGを遊びと捉えられて、遊びの延長だと思われたのかもしれない。
TRPGだってその関連で商売をしている人もいる。もし遊びだなんて思われたなら弁解したい気持ちだ。
「…………」
安芸さんは押し黙って難しそうな顔をしていた。
これ以上詰められないなら薮をつつくのはやめておこう。
決して怖いからじゃない。
「そうか。お前達の志望動機は分かった」
安芸さんはすぐに平静を取り戻していた。
うう……一体何に怒っていたんだろう。
「じゃあ改めて言うぞ。声優になるのなんてやめておけ」
言葉は昨日と同じでも、今度は目線を合わせて説得してくれているんだなと感じられる言い方だ。
「どうしてなんですか?」
だから楓歌ちゃんも冷静に理由を聞き返した。
「一番の理由は人生におけるリスクが大きいからだ」
「リスク?」
「これから本気で声優をめざすとして、膨大な時間を使って勉強しなければいけない事が山のようにある。だがそこで学んだ事は声優以外ではほとんど使えない」
「そうなんですか?」
「ああ。別に資格が取れるわけじゃないからな。いいか。これだけはしっかり認識しておけ。声優は履歴書に書けない仕事だ」
「声優は履歴書には書けない仕事……」
「一生芽が出なくても死ぬまで声優だけを続けるつもりなら別に構わない。だが常識的に考えてそうはいかないだろう。声優をめざすと、うまくいかなかった時に取り返しがつかないんだ」
安芸さんはそう言うけど果たしてそうなのだろうか。
例えば今から演技の勉強を始めるとする。
高校を卒業したら大学に通いながらでも活動を続ける。
そうやって2〜3年続けて、何の成果もなければそこでやめる。
その段階ならまだ全然どうとでもなるんじゃないだろうか。
私が納得のいかない顔をしているのを見て、安芸さんは少し優しい口調になって話を続けてくれた。
「知らなければ想像がつかないだろうな。じゃあここで一つ質問をしよう。お前達は役者の世界で絶対に必要な能力はなんだと思う?」
役者の世界で必要な能力。
普通に考えたら演技力だ。
でもそんな簡単な答えならわざわざ聞いてこないだろう。
「礼儀とかマナーとかですか?」
「それも大事だ。だが今の質問に対する解答ではないな」
違った。社会的な常識は別に役者の世界に限らず必要だもんな。
「私は柔軟な発想だと思います」
楓歌ちゃんが答える。
なるほどそういう視点か。確かに舞台役者しかり、お笑い芸人しかり、芸事は発想が豊かじゃないとダメって聞くもんな。
「花見の意見も間違いではない。でも実際はもっと現実的な能力が必要になるんだ」
「現実的な能力?」
「いいか。役者の世界で要求されるのは時間を作る能力だ」
「時間を作る能力!?」
全然予想もしていなかった答えが返ってきた。
時間を作る。と言われれば色んな解釈ができる。
どういう意味で時間を作れという事なんだろう。
「例えば今から2時間後に渋谷に来い。そう言われたら絶対に遅れることなくその時間に渋谷にいなくてはならない」
「え?」
「さっきリスクの話をした時、きっとお前らは大学なんかに通いながら活動するのを想像しただろう? なんなら就職しながら活動を続けて、声優で芽が出たら仕事を辞めればいいなんて考えたんじゃないか?」
見事に考えを読まれていた。
就職しながらとまでは考えていなかったけど、とにかくそういう ”安定した道” を確保しながら活動するのを想像していたのは間違いない。
「それは難しいんだ。大学に通っていても、就職していても、呼び出しがあれば向かわなくてはならない。そんな時すぐに授業を抜け出せるか? 会社を早退できるか? 芝居で生きていくならチャンスを掴むためにそういうフットワークの軽さが必要になるんだ」
「それが時間を作る能力ですか?」
「そうだ。いつ、どんな連絡が来ても即座に対応できるようにしておける能力だ。もしその連絡を貰った時にお前が対応できなかったら、そのチャンスは他の奴が奪っていくだろう。そういう世界なんだ」
無茶苦茶な話だ。
いくら仕事のためとは言ってもプライベートな時間だってある。
もし安芸さんの言う通りなら自分の人生全てを声優に捧げなければいけない。
「でもそうだとしたら、今まで成功してきた人達はどうやって生活してきたんですか?」
楓歌ちゃんからもっともな質問が出た。
いま声優として成功している人達だってそういう無茶な生活をしてきたなら、その人達が残してきた活動の基本みたいなのがあるはずだ。
「ポピュラーなのは融通の効くバイトをしながらの活動だな。バイト先の雇用主に事情を説明して、何かあったら抜けさせてもらえるようにしておくんだ。そうすればいつ連絡が来ても怖くない。その代わりにこちらに余裕がある時は店側の都合にできる限り応えて良好な関係を築いておく」
「なるほど」
「あとは夜職だな」
「夜職!?」
「想像してるような仕事じゃないさ。勤務時間が夜間の仕事のことだ。ただ夜職の場合、睡眠時間にあてるべき日中に叩き起こされる覚悟を持たなくてはいけない」
夜中に働いて、さあ寝ようと思ったら急にどこぞに呼び出されて声優の仕事なんてこともあるのか。
そんなの体力も使うしストレスだって溜まるだろう。
睡眠時間をしっかり取らないとポテンシャルを発揮できない私も、22時を過ぎたらもう目がトロトロしだす楓歌ちゃんにも到底無理な生活だ。
あれ。もしかして私達、声優に向いてないんじゃないだろうか。
「安芸さんはどんなバイトをしていたんですか?」
「私か……私はちょっと特殊なパターンだ。実は高校生の頃からすでに現場に呼ばれていた」
「高校生の時から!?」
「それで高校を卒業するあたりから本格的に仕事を貰えるようになって、すぐにそっちで食べていけるようになったからバイトとかはしていないんだ」
さすが売れっ子。
今までの話を吹き飛ばすようなエピソードだ。
「安芸ちゃん、よく学校早退してたもんね」
「見てきたように言うな。私が高校生の頃は汐星は中学生だろうが」
「見てなくても知ってるんだよ。それが幼馴染の力ってやつだよ。ね、小雪ちゃん」
「はい」
「お前ら揃って胡散臭いな」
胡散臭いとは失礼な。私はいつだって楓歌ちゃんに真剣なだけだ。
まあそれは置いておいて。
結局、学生の内から仕事を貰えるようになればそれが一番望ましい。
ただ安芸さんが特殊なパターンと言うからには誰もがそうはいかないんだろう。
「私の話を出しておいてなんだが、要は学生してようが、就職してようが、バイトしてようが、呼び出しにはすぐ応えられる環境にしておけという話だ。それができないならチャンスの回数が極端に減る」
「だけどそうやって安芸さんみたいに仕事が貰えるようになれば、バイトなんかせずに声優一本でもやっていけるんですよね?」
「そこも勘違いしている奴が多い。くどいが声優は資格じゃない。声優と呼ばれるようになれば、それで仕事が舞い込んで来るわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「基本的には何でもオーディションだ。役者同士で役を奪い合って、勝ち残れた奴だけが仕事にありつける。そしてそれを死ぬまでやるんだ」
「死ぬまで?」
「そうだ。役者は人から選んでもらう立場だ。自分で仕事を作れる立場じゃない。だから役者を続けるうちは、誰かに選んでもらうために努力し続けなければいけないんだ」
「でも今のアニメを見ていると、同じ声優さんがたくさんの作品に出てますよね。同じ時期に5本とか出ている人もいますよ?」
「それは結果だけを見ているからそう思うんだ。お前達はいつも一線で活躍している人間への評価が低すぎる。お前らの目に多く触れられる人間なんてエリート中のエリートだ。全国模試の上位成績者みたいな連中ばっかりなんだぞ? そんな奴らを見て自分もやれると思うのがどれだけ馬鹿げた考えか分かるだろ?」
全国模試を受けたことが無いからどれくらい凄いのかあまり実感が沸かなかった。
でも今から全国模試の上位に入れと言われたら、それがあまりに無理な話だというのはよく分かる。
声優で売れるというのは、つまりそういうレベルの話なのか。
「さっき話した突然の呼び出しも、こちらの都合を融通してもらえるようになるのはそんな連中くらいだ。そのエリート中のエリートになれるまで、ずっと時間を作る能力を要求される。しかもエリートになれる奴なんてほんの一握りだ。だいたいの奴は途中で挫折して貴重な時間と若さを無駄に失う。な? 声優をめざすのはリスクが大きいだろ?」
リスクが大きいどころではない。ほぼ人生を捨てる覚悟がなければ進めない道だ。
まだ他にも色んなリスクがあるのは容易に想像がつく。それでも今の話を聞いただけでもうすでに心が折れそうだった。
そしてできることなら、これで楓歌ちゃんにも声優をめざすのを諦めてもらいたかった。
楓歌ちゃんにはこんな危険な道を進んで欲しくない。もっと楓歌ちゃんが楓歌ちゃんらしくいられる道を進んで欲しかった。
だけど隣にいる私の幼馴染は、一切迷いのない強い目をしていた。
「声優をめざすリスクは理解できました。他にも知っておいた方がいい事があれば聞かせて下さい」
そうだよね。そんな話をされたくらいで諦めないよねウチのうり坊娘は。
私の心の中はそうであって欲しくなかった気持ちと、そうであった嬉しさがごちゃ混ぜの複雑な状態になっていた。
「花見のその姿勢は評価しよう。お前はやっぱり役者に向いてるかもしれない」
「そうなんですか?」
「私の話を聞いた奴はだいたい未来の自分を想像して苦い顔をする。お前の隣の奴みたいにな」
楓歌ちゃんが私の顔を覗き込む。
ごめんね。多分いまとても苦い顔をしています。
「お前は未来の自分を想像した上で受け入れただろう? それは覚悟があるからだ。自分の行動に責任を取る覚悟を持っているからだ」
「そこまでカッコつけたつもりはないです。でも何をやるにしたってリスクはあります。このまま進学して順調に大学を卒業したって自分の望んだ会社に就職できるかは分からない。うまく就職したって仕事を続けられるか分からない。そういう意味では現時点での明暗の差は無いと思います。それよりも、やりたい事をやらなかった時の後悔の方がよほど後の負債になると思いました」
いや充分カッコいいよ。そういう割り切りができるのが楓歌ちゃんの凄いところだ。
私はどうしたって良い方に傾きそうな確率の高い選択肢を選んでしまう。
TRPGのダンジョン探索で安全なルートと危険なルートを見分けられたなら、間違いなく安全なルートを選択するタイプだ。
確実に危険だと分かっている声優をめざすなんてルートは選べない。
「昨日お前達が来た時、私は本当に話をするつもりはなかった。それを覆したのは花見の根性だ」
「根性?」
楓歌ちゃんが目を丸くして聞いた。
「役者をめざす奴の一番の挫折理由は根性不足だ。困難や不条理に折れてしまうパターンが最も多い。最初から茨の道だと先人が伝えているのに、何とかなるだろうと甘い見積もりをした奴等が現実に潰されていく」
そうなってしまう人達が多いのは今なら理解できる。
誰もがそんな覚悟を要求されるなんて想像していないからだ。
私だって自分の見積もりがいかに甘かったか身に染みた。
「そんな中で立ち向かっていけるのは花見のような奴なんだ。私に帰れと言われても、勝負に負けても、それでも諦めないと言える根性のある奴じゃなきゃこの世界で生き残るのは難しい」
「え。じゃあもしかして安芸さん、昨日の楓歌ちゃんの行動は評価してたんですか?」
「無論だ。そうじゃなきゃ勝負してやるなんて言わないよ」
ああ。汐星先輩の言った通りだった。
本当に昨日の安芸さんは、あんな顔と態度をしていても心の底では機嫌が良かったんだ。
ふと正面を見ると、汐星先輩が私に向かって可愛くウインクをしていた。
「勝負は適当に私が負けてやっても良かったんだがな。花見が負けた後にどう行動するか見てみたかったんだ。もしかしたらまた挑んでくるかもしれないと期待していたら、その場で次の話をしてきたのには笑った」
「だって次にまた会えるかなんて分からないじゃないですか!」
「それだ。チャンスに貪欲に食いつく根性。次があるなんて思ったらダメだ。一度巡ってきたチャンスに全力でぶつかれ。そうすれば例えその時には結果がでなくとも、次のチャンスを必ず呼びこむ」
それは初めて見る安芸さんの表情だった。
およそ他人に見せるような表情ではなかった。
まるで100年も探し回ってようやく見つけた友人に再会できたかのような熱い感情を内包する表情だった。
私は理解した。
そして安心した。
昨日、人を観察することを知ったからこそよく分かる。
安芸さんは楓歌ちゃんを同志として気に入っていたんだ。
「すまん。少し水分を取らせてくれ」
ここまでずっと喋りっぱなしだった安芸さんが自分のカップに入っていたお茶を一気に飲み干し、興奮を制するように息を整える。
「本当はもう少しマイナス面をアピールしてやろうと思っていたが、非生産的な話はここまでにしておこう。ただ忘れるなよ。声優なんてやめておけと言うのは偽りのない私の本心だ」
ずっと同じ言葉をかけられているのに、どんどん優しい言葉をかけられているように感じる。
ここまで話を聞けば嫌でも分かる。
安芸さんは本当に私達のためを思って言ってくれているのだ。
「ありがとうございます。今してもらったお話を受けとめた上で、それでも声優になりたいならどうすればいいですか?」
楓歌ちゃんが聞いた。
「さっきも言ったように声優に免許は無い。だから肩書きだけが欲しければ今この瞬間から声優と名乗ればいい。そうやって名乗ってる奴がネットには腐るほどいるだろ?」
自称声優というやつだ。
SNSのプロフィールに声優ですと書いてる人はたくさんいる。
でもそういう人ほど調べてもロクな実績が出てこない。
「じゃあ肩書きだけじゃなくて誰もが認めてくれる声優になるにはどうしたらいいですか?」
「それは定義が難しいな。人によるとしか言えない」
「じゃあ安芸さんの定義を教えて下さい」
「そうだな……」
安芸さんは少し考えてこう言った。
「アニメでも吹き替えでもナレーションでも何でもいい。レギュラーを取れ」
「レギュラー? そう言えばさっきも言ってましたね。今はレギュラーが切れてるって」
「作品において単発ではなく連続で出演することだ。アニメだったらメインキャラクターにキャスティングされたらレギュラーを取ったと言っていいだろう。そして一度でもレギュラーを取れたなら声優を名乗ってもいい」
レギュラーを取る。それは分かりやすい指標だ。
逆に作品にちょろっと出られたくらいで声優を名乗るのは相応しくないのか。
でも言われてみれば芸人さんとか作品の作者とかがツテで出演していても、その人達を声優とは呼ばないもんな。
「分かりました。何かレギュラー作品を持てるように頑張ります」
「うん。それを目標にするといい。ちなみにお前達は声優になるための道筋は調べたのか?」
「はい。とりあえずネットで調べました。でも正直、情報の真偽が分からなくてどうしたらいいか分かりませんでした」
そうだ。リスクの話を聞いてすっかり忘れていたけど元々私達はこの話を聞きたかったんだ。
「ネットの情報を鵜呑みにしないだけでも見込みはあるな。調べれば色んな話が出てくるだろう。やれオーディションだの、スカウトだの、手段だけで言ったら星の数ほど出てくる。だがそのほとんどがお前達の想像する世界とは繋がっていない」
やっぱりそうだったのか。
声優の世界に詳しくない私でもネットで出てくるような話は胡散臭いと感じていた。
「声優の定義は人によるからな。嘘は言っていないが、肝心な事も言っていないというのが正しいところだろう」
「何か酷い話ですね」
「昔はそもそも手段が限られていた。だから明らかに罠だと分かる話に飛びつく奴なんていなかったんだ。でも今は自分に都合のいい話ほど受け入れられてしまう時代だからな。少し考えれば分かるような話に騙されてしまうんだ」
「SNSでもたまに出てきますよね。新規事務所立ち上げ新人声優募集オーディションとか」
「あるな。あれも何て名前の会社が主催しているのか。その会社はどういう会社なのか。それを調べれば自分の希望している世界と繋がっていないと分かるはずなんだけどな」
私はTRPGのシナリオを作る時に、実際に起こった事件や現実にある施設を出す場合は必ず詳しく調べるようにしている。
深く調べるほど描写の解像度が上がるし、シナリオのヒントが見つかったりするからだ。
私達を含めた今の世代はこの【調べる能力】が極端に低いと感じる。
調べたとしてもせいぜいネットで検索するだけ。だから目の前に出てきた情報を精査せずにそのまま信じてしまうんだろう。
最近はAIなんてのも出てきたから、なおさら情報に踊らされてしまうんだろうな。
「安芸さんはどの道が一番確実だと思いますか?」
「そんなもの王道に勝るものはない。事務所が経営している養成所に通うの一択だ」
「やっぱりそうなんですね」
「現役で活躍している声優を輩出している事務所と直結している養成所に入るのが一番いい。と言うか、何も知らない奴にこれ以外の選択肢を提案してくる奴がいたら怪しんだ方がいい」
安芸さんは語気を強めてそう教えてくれた。
何だか怒っているようにも見える。
「芝居のいろはも分からないなら、しっかりとカリキュラムを組んだ教育を受けるのが妥当だ。それを飛び越えようとしたり、何とか別の方法でやってやろうなんてのは失敗以外に道はない。先人がみんなそうやって口すっぱく教えてくれているのに、何故か自分ならできると勘違いしてる奴が多いんだよな」
いやこれは間違いなく怒っているな。
私達へのアドバイスと言うよりも個人的な怒りが出ている気がする。
何か今までに気に入らないことでもあったんだろうか。
「安芸ちゃん安芸ちゃん」
「む。……すまない。少し横道にそれたな。ま、そういうワケだ。お前達がどうしたらいいか分からないなら養成所に通え。まずはそこからだ」
「はい! 質問いいですか?」
「元気がいいな花見。発言していいぞ」
「ありがとうございます! さっき事務所と直結している養成所って言ってましたけど、そうじゃない養成所もあるんですか?」
「ある。単純に教育だけをしている養成所は結構ある。そういうトコロに通うのは少し考えた方がいいな」
「演技の勉強ができるならどこでも構わないんじゃないですか?」
「養成所に通うのは同時に事務所へのアピールチャンスでもある。声優をめざすなら最初はまず事務所に所属しないと話にならない。上に事務所がついてない養成所に通っても、結局また事務所付きの養成所に通うことになるだけだ」
事務所がどうのというのはよく聞く話だ。でも声優にとって事務所がどういう機能を持っているのかは全く知らない未知の世界だ。
「安芸さん。事務所って何をしてくれるんですか? そこに入っていないとダメなんですか?」
「絶対にダメではないんだが……分かった。なら次はそこを話すか」
あくまで楓歌ちゃんの付き添いのつもりだったのに。
私はいつの間にか、前のめりになって安芸さんの話に耳を傾けていた。




