第14話 ケーキが倒れました
夏休み最後の週。
養成所のレッスンが終わって土気に戻ってきた私達は、駅前で突然の襲撃にあった。
襲撃という言葉だけを考えれば物騒なのは間違いない。
ただ肝心の襲撃者が物騒とは程遠い人物であったので、たいした事件にもならなかったのだ。
「そんな……そんな馬鹿な! そんな小さな体で何でそんなに力持ちなのよ!?」
楓歌ちゃんに腕を極められた襲撃者がそう叫んだ。
どうやら土気の駅を出て駐輪場に向かう途中から後をつけられていたらしい。
レッスンの話をしながら歩く私達の背後から隙を狙っていた襲撃者は、人通りが少なくなったタイミングで楓歌ちゃんに襲いかかった。
そのまま羽交い絞めにでもしようと思ったのか、楓歌ちゃんの腰に腕を絡めようとしたところで、逆に腕を掴まれて綺麗な一本背負いを決められた。
襲撃者は「きゃんッ」という小動物のような悲鳴をあげてそのまま地面に組み伏せられたのだった。
「あーごめんね。割と勘違いされやすいんだけど、私達戦闘力は高いんだ」
そんなバトル作品でしか聞かないようなセリフを言われ、襲撃者は目を丸くしていた。
「危なかったー! こんなアスファルトの道で本気で投げてたら怪我させてたよ。勢いを殺したからそんなに痛くなかったよね?」
楓歌ちゃんはしっかりと手加減してくれたみたいだ。
まあ私的には、いきなり背後から襲ってくるような輩には多少の怪我くらいしてもらっても構わないんだけどな。
「私も楓歌ちゃんも小学生の頃から柔道を習ってたんだ。何の訓練もしてないそこらの男よりも全然強いよ」
柔道は私と楓歌ちゃんが最初に通った習い事だ。
とある格闘漫画にハマった楓歌ちゃんが、強くなるために修行をしたいと言い出したのがキッカケだった。
楓歌ちゃんは最初空手の道場に通いたいと言っていた。
だけど両親からNGを出されて最終的に柔道に落ち着いたのだ。
楓歌ちゃんは子供の頃から背が小さかったので、道場の人にすら柔道は向いていないと思われていた。
だけど持前の運動神経で色んな技を習得していき、中学にあがる頃には道場の中でも実力を認められる程に成長していた。
特にその身長を利用した低い姿勢からの「肩車」は楓歌ちゃんの代名詞になるくらいに強力だった。
楓歌ちゃんについていくために私も必死に修行したけど、運動が苦手だった私は1級である茶帯までしか昇級できず、同じ頃に楓歌ちゃんは初段の黒帯まで昇級していた。
だから格闘技経験もなく、かつ楓歌ちゃんよりも小柄なこの襲撃者が楓歌ちゃんに敵う道理などこれっぽっちも無いのだ。
「……で。何で楓歌ちゃんを襲ったの? ケーキちゃん」
襲撃者の正体はケーキちゃんだった。
三春恵輝。
先日、土気サマーフェスティバルで私達の前に現れた可愛い声の小さなお姫様だ。
地面に屈服させられたお姫様は、その無様な恰好をものともせずに強い口調で言い返してきた。
「言ったでしょ。あんた達に声優を諦めさせるって!」
「まさか力ずくで来るとは思わなかったよ」
容姿に見合わない乱暴な方法を取って来たことに驚いてしまう。
でもそれならそれで私達にとってはやりやすい。
「それが許されるならここで決着つけちゃおうか。楓歌ちゃん。そのまま締めちゃっていいよ」
「え? 大丈夫かな。締め技だとあんまり手加減できないよ?」
「覚悟を決めて襲ってきてるんだから構わないよ。やっちゃって」
「ちょ! ちょっと待ってストップ! 落ち着いて!」
残念ながら私も楓歌ちゃんも充分落ち着いている。
落ち着いた上で力で解決しようとしているのだ。
余程の事がない限りこちらから手を出してはいけない。ただし相手がその気ならば一切の容赦をしてはいけない。と言うのが道場の先生からの教えだ。
理由はどうあれ行動を起こしてしまった相手に中途半端な対応は意味がない。
徹底的にやって、もう二度と関わりたくないと思わせるのが一番の対策なのである。
だから襲いかかってきた相手にはそれなりのケジメをつけさせるのが私達の流儀だ。
「力ずくのつもりはなかったの。むしろその後が本題だったのよ」
「本題?」
「あんた達に勝負を申し込みに来たの」
ふふん。とでも言いたげな表情だが、このお姫様は現在地面に押さえ込まれて見下ろされている状態だ。
とても上から目線で何か言えるような立場ではない。
「その勝負に負けたら、声優をめざすのを諦めなさい」
「いや。ケーキちゃんがそれを諦めた方がいいと思うよ。どう考えてもすでに敗北してるし」
「負けてないわよ! これはちょっと花見楓歌の力を読み違えただけよ!」
「楓歌ちゃんより小さいのに、力で何とかなると思ったの?」
「安芸さんに担ぎ上げられたって聞いたからもっと非力だと思ってたのよ」
なるほど。安芸さんからその話を聞いていたのか。
実際、腕力だけの話なら楓歌ちゃんはそこまで強くは無い。
相手を投げ飛ばしたり、締め上げていいなら技を使うだけで、この前みたいに抱え込まれたらどうしようも無いのが現実だ。
ただそれにしたって華奢なケーキちゃんに制圧できるほど弱くはない。
「勝負がしたかったなら、別に襲ってこなくても勝負したいって言えばいいのに」
「そんなのあんた達に勝負を受ける理由がないでしょ? だから花見楓歌を人質にして勝負を受けさせるつもりだったのよ」
「つまり楓歌ちゃんを拘束して、そのあと私と交渉するつもりだったんだね」
「そうよ。失敗したけどね」
聞けば分からない理由でもない。
ただあまりに作戦が杜撰すぎないだろうか。
要するに相手の弱みを握って要求を通したいって事だと察するけど、それなら襲撃とかじゃなくて他の方法を考えた方が良かったのではないだろうか。
「で。どうするの? 勝負するの? しないの?」
「押し倒されてる側なのに交渉はするんだ!? さっき自分で私達が勝負を受ける理由がないって言ってなかった?」
「ふふふ。ワタシを甘く見ないでちょうだい。この状況、ワタシにとっては悪くない状況なのよ?」
「目的も果たせず、手も足も出ない状況が悪くない状況でなければ何が悪い状況になるんだろう」
「ワタシだって役者だからね。そりゃあもう、しっかりとした発声ができるわけよ」
「そうだろうね」
「だからここで泣き叫んでやるわ!」
「は?」
「ここでワタシが泣き叫んで助けを呼んだらどうなるかしら? 駆けつけた人がこの状況を見てどう思うかしらね」
まさかのプライドをかなぐり捨てた作戦だった。
確かに状況だけを見れば、下手したら小学生に見えかねない小さな女の子に女子高生2人が乱暴している状況だ。
この状況で人を呼ばれたら面倒ごとに発展する可能性は非常に高い。
最悪、目と鼻の先にある交番から警察がやって来て補導なんて事もあり得る。
「ふふん。つまり今、有利状況にあるのはあなた達じゃなく、このワタシなのよ!」
まさか押さえつけられている側が有利な状況を主張しだすとは思わなかった。
転んでもタダでは起きないとはまさにこの事だ。
「さあどうするの!? 泣き叫ぶわよ!?」
得意気な顔をしたお姫様からあまりにも情けない脅迫を受ける。
とは言え別に困ることでもない。
私が呆れた顔で楓歌ちゃんを見ると、楓歌ちゃんはこくりと小さく頷いた。
「じゃあ解放するね」
「え?」
楓歌ちゃんは極めていたケーキちゃんの腕を離すと、今度は優しく掴んで立ち上がらせてあげた。
そして汚れを払うように服をはたいてあげる。
「良し。これでミルキーちゃんの有利状況がなくなったね」
「あら?」
これでどこから見ても怪しい状況ではなくなった。
ただ女子3人が話しているようにしか見えないだろう。
「そもそもの話からして、別に私達が有利になる必要性がないからね。私も小雪ちゃんもミルキーちゃんに対して要求がある訳じゃないし」
「待って」
「じゃあ私達は帰るから、ケーキちゃんも気をつけて帰るんだよ。誰に襲撃されるかも分からないからね」
「待って」
「次にもし襲撃してきたら今度は確実に締め落とすから。その覚悟だけはしておいて」
「待って」
「「お疲れ様でしたー」」
「待って下さい!」
そう言いながら、ケーキちゃんはその場を離れようとした私と楓歌ちゃんの服を掴んでいた。
「ごめんなさい。勝負して下さい」
垂れ下がった眉毛が何とも可愛らしい困り顔で、小さなお姫様は私達に頭を下げたのだった。
陽もだいぶ落ちてきて、暑さが和らいだ昭和の森公園は人もまばらになっていた。
公園の入口にあるサイクリングセンターもすでに閉まっているので、ここからの時間は帰る人が多くなるのだろう。
そんな人気のなくなってきた昭和の森に、私と楓歌ちゃんとケーキちゃんの3人で来ていた。
土気の駅から歩いたのでここに来るまでに結構な時間がかかってしまった。
自転車に乗ってくれば15分程で着けるのだが、ケーキちゃんが歩きだったので私達もそれに合わせて自転車を押してきたのだ。
「ケーキちゃんって本当に土気に住んでるの? 自転車無くして土気の暮らしは難しいぞよ?」
「そんなの分かってるわよ! 自転車はお姉ちゃんに貸してあげてんの」
「お姉さんがいるんだ? 何個上?」
「いーだ。教えてやるもんですか」
「あらぁ。そんなカワイイ反応されるとお姉さん嬉しくなってきちゃうな」
「キモ! ってか同い年でしょ!?」
さっきまでしおらしくしていたのに、すっかりいつもの傍若無人に戻っていた。
まあこっちの方がケーキちゃんらしくて良い。
「それで、ミルキーちゃんに言われた通りにレッスン着に着替えたけど、ここからどうするの?」
昭和の森公園に着いたあと、ケーキちゃんに言われて私と楓歌ちゃんはレッスン着に着替えていた。
さすがに公園のど真ん中で着替えるのは嫌だったので、木の陰でお互いを壁にしてこそっと着替えてきたのだ。
「ここで勝負するのよ」
「昭和の森で? 演技対決?」
「芝居で対決するのは審査員もいないし難しいでしょ? だからもっとシンプルな対決方法よ」
ケーキちゃんは目の前にある公園の案内板をバンと叩いた。
「ジョギング勝負よ!」
「ジョギング?」
「そう! この昭和の森を走って早くゴールについた方が勝ち」
「想像以上にシンプルな勝負だった」
「分かりやすく、そこのサイクリングセンターの前をスタートにしましょう。そこから太陽の広場をぐるっと走って、第一駐車場から一度外に出る。それで公園の外周を回って再びサイクリングセンターまで戻ってきたらゴールよ」
この公園で走っている人達が良く使うルートでは無いようだ。
わざわざ公園の外を走らなくても、公園の中にいくらでも走れるところがあるのに。
何故そんなルート設定にしたんだろう。
「ざっと2キロくらいかしら。まさかとは思うけど、その程度の距離を走れないなんて言わないわよね?」
ケーキちゃんが可愛い顔を歪めて煽ってくる。
よほど自信があるのだろう。
「私は大丈夫」
「私も」
元々運動が得意な楓歌ちゃんにとってはたいした距離ではないし、私だって伊達に走り込みをしているわけではない。
これくらいの距離なら多分勝負になるだろう。
「よろしい。負けても恨みっこなしだからね」
「私達が負けたら声優をめざすのを諦めるのは分かったけど、ケーキちゃんが負けたらどうするの?」
こちらばかりが不利益を被るのはフェアじゃない。
相手にも何かペナルティを課す必要がある。
「負けないわよ」
「負けるかもしれないじゃん。だってもうすでに一敗してるし」
「さっきのをカウントするんじゃないわよ!」
あんなに見事にやられておいてノーカン扱いを主張するとは見上げた根性だ。
やっぱり一回くらい締め落として、敗北感を植え付けておけば良かったかもしれないな。
「じゃあ私達からもミルキーちゃんに条件をつけさせてよ!」
楓歌ちゃんがニコニコの笑顔で提案した。
「何よ。ワタシにも声優をめざすのをやめろって言うの?」
「ううん。そんな勿体無いこと言わないよ。もしミルキーちゃんが負けたら、私達の訓練に混ざって欲しいんだ」
「はあ!?」
それは名案だ。
役者経験のあるケーキちゃんが一緒にやってくれるなら更に訓練が捗る。
「前にも言ったでしょ。あんたらみたいな素人とはやりたくないのよ」
「うん。でもそこをミルキーちゃんが我慢するのが条件だよ。私達に目標を諦めろって言うんだから、それくらいは折れてくれるよね?」
言い方は優しいのに圧が強い。
楓歌ちゃんらしくない物言いだ。
……そうか。楓歌ちゃんはケーキちゃんが訓練仲間に加われば声優になるための近道になると考えたんだ。
ただ仲の良い仲間を増やしたいだけじゃなくて、訓練の精度を上げるための要素として捉えたんだな。
つまり楓歌ちゃんにとってこの勝負は、ケーキちゃんを手に入れるための手段になった。
ああ。ご愁傷様。
自分の目的のために必要な物を狙う時の楓歌ちゃんは手強いよ。
「ま……まあいいわ。どうせワタシが負けるわけないんだから。その条件飲んであげる」
「じゃあ私はね……」
「ちょっと待ちなさいよ! あんたも条件つけてくるの!?」
「そりゃそうだよ。私だって楓歌ちゃんと同じで目標を賭けてるんだから。それとも私が負けてもノーカウントでいいの?」
「それは困るわね」
「じゃあ私もこの勝負に条件をつけるね」
「負けたら着せ替え人形とか絶対に嫌よ」
「ち。覚えてやがったか」
サマーフェスティバルの時にさり気なく言ったのを覚えていたらしい。
こんなに可愛い容姿なんだから、私好みに着せ替えて遊ぼうと思っていたのに。
「本当は嫌とか聞き入れたくないんだけどね。私だって声優めざすのをやめたくないし。でもまあいいでしょう。ケーキちゃんが泣き顔を晒したのに免じて別の条件にしてあげるよ」
「ワタシがいつ泣き顔を晒したってのよ」
さっきだ。
すっかり忘れているらしいが、私達がこの勝負を受けてあげる事にしたのは泣き落とされたからだというのを忘れないで欲しい。
「私からの条件は、ケーキちゃんのプロフィールを細かく教えてもらうことかな」
「何でそんなの知りたいの?」
「え? そこに美少女がいたら詳しく知りたくなるでしょ?」
「キモチ悪ッ!」
「うへぇ。気持ち悪がられちゃったぁ」
「ひッ! 何で喜んでの!?」
嫌がる顔も素敵に可愛い。
いやー。顔のいい女の子を困らせるのは楽しいなぁ。
「と、とにかく勝負だからね! さっさとそこに並びなさい!」
ケーキちゃんがそそくさとスタート地点であるサイクリングセンターの前の道に立つ。
さり気なくインコースを陣取っているのを私は見逃さなかった。別にいいけど。
私達もケーキちゃんと同じラインに立って身構える。
「いい? ワタシの合図でスタートよ」
「ズルしないでね?」
「しないわよ!」
楓歌ちゃんを背後から襲おうとした人がどの口で言うのか。
「よーい……ドン!」
ケーキちゃんの可愛い合図と共に、全員が走りだした。
昭和の森のランニングコースはアスファルトで舗装されているので走りやすい。
もうほとんど人もいないので、それなりにスピードを出して走っても誰かにぶつかる事はないだろう。
……のはずなのに。
ケーキちゃんの走る速度は遅かった。
せいぜい時速7~8キロ。本当にジョギングくらいの速度しか出ていない。
自分から走る勝負を挑んできたからには相当自信があると思っていたのに、ただの勘違いだったんだろうか。
それとも何か作戦があるのかもしれない。
楓歌ちゃんと顔を見合わすも、ケーキちゃんの意図が分からないのでとりあえず同じくらいの速度で併走することにした。
「……」
「……」
「……」
夕暮れの公園を女子3人で黙って走る。
まあ悪くは無いのかもしれないけど少しお楽しみに欠ける。
何か遊びが欲しいところだ。
「ね。ただ走ってるだけだとつまらないから、お喋りしながら走らない?」
「何よ七夕小雪。あんた随分余裕があるみたいね?」
「まあこれくらいなら」
実際こんな速度だったら喋りながら走っても全然余裕だ。
むしろ黙って走っているだけの方が精神的にキツイ。
「ケーキちゃんっていつから役者をやってるの?」
「小学校の低学年からよ」
「凄いね! それなら確かにベテランさんだ。劇団とかに入ってたの?」
「そうよ。こんな田舎の児童劇団じゃなくて、もっと本格的なところにね」
「今も通ってるの?」
「もう辞めたわ」
「何で?」
「言いたくない」
割と強めに拒否られてしまったので本当に言いたくないんだろう。
あまりこの話題には触れない方が良さそうだ。
「じゃあ別の質問ね。ケーキちゃんってもしかしてB型?」
「あら。何でそう思うの?」
「あくまで私の分析なんだけど、攻撃力が高くて防御力が低い人はB型の傾向が強い」
「あんな風にぶん投げられたら誰だってああなるわよ!!」
「ああ、違う違う。物理的な防御力じゃなくて精神的な防御力だよ。さっき私達が話を終わらせて帰ろうとしたら、泣きべそかいてたじゃん」
「泣いてないから! 何を事実改変しようとしてるのよ」
「事実改変なんてしてないよ。ね、楓歌ちゃん?」
「うん。ミルキーちゃん泣きそうだったよ」
楓歌ちゃんもうんうんと頷く。
「だから泣いてないじゃない! あれはああいう作戦よ作戦! 実際あんた達はまんまと勝負を受けてるでしょ!?」
それは確かにそうだ。
でもあれが演技とはとても思えなかった。
まあ本人が作戦だったという事に事実改変したいなら、そういう事にしてあげよう。
「で、B型なの?」
「B型よ。文句ある?」
「大丈夫だよミルキーちゃん。実は私もB型だから」
「あんたもなの?」
そう。私の最愛の幼馴染である楓歌ちゃんもB型なのだ。
楓歌ちゃんも攻めている時はうり坊のごとく熾烈なのに、褒められるのにめっぽう弱かったり、一度落ち込むとしばらく落ち込んでいたり、意外と精神面が弱かったりする。
そこが可愛いところなのだが。
「せっかくだからB型同盟を結成しようか?」
「いーやッ!」
楓歌ちゃんからの熱い投げキッスをチョップで叩き落としていた。
何とも微笑ましいやり取りだ。
小柄な体。好きな事にはやたら熱量が高い。血液型。
私がケーキちゃんを妙に気に入っているのも、楓歌ちゃんと共通点が多いからなのかもしれない。
普通こんな風に楓歌ちゃんに絡む人がいたらイライラするのに、不思議とケーキちゃんだと気にならない。
「そんなB型同盟のケーキちゃんは身長138cmくらい?」
「げ。何でピッタリ分かるのよ!?」
「楓歌ちゃんが140cmだからね。それくらいだと思ったよ」
「目分量で2cmの差が分かるの? 本当気持ち悪いわね。あと勝手にB型同盟にしないでちょうだい」
「残念楓歌ちゃん。B型同盟決裂だってさ」
「じゃあB型ガールズにする?」
「ユニットも勘弁よ!」
私達のフリにもしっかりリアクションを取ってくれる。
やっぱり根はいい子なんだろうな。
「ちなみに好きな食べ物は?」
「パンと白髪ネギよ」
「白髪ネギ? あんまり馴染みがないや」
「ちょっとあんた白髪ネギの美味しさを知らないの!? 煮物に入れて良し、サラダに入れて良し、スープに入れて良し、どんな料理にも合う万能の食材よ!!」
「過去一高いテンションでオススメされてる。白髪ネギって確かネギの白い部分を細かく切っただけだよね?」
「だけじゃないわよ! 冷水に浸してシャキッとさせるの。そうすると程よく辛みが抜けて美味しくなるわ。私のオススメは魚介系との組み合わせね。白身魚とは大抵合うし、なんなら刺身との相性も抜群だわ」
「じゃあ嫌いな食べ物は?」
「語らせなさいよ白髪ネギを!! 白髪ネギのポテンシャルを語らせなさい!」
「それはケーキちゃんが勝ったら聞いてあげるよ」
「何で逆の立場になってるのよ! って言うか私への質問はあんたが勝った時の条件でしょ!?」
さすがに気付かれてしまったか。
知らず知らずの内に私の条件を達成しようと思っていたのに。
「いやー。走りながら語るにはちょうどいい話題だなと思って」
「ハァ……もう……叫んで余計な体力使わされたわ。もしかしてそういう作戦?」
「違う違う。単純に興味だよ。で、嫌いな食べ物は何なの?」
「いや質問は続くのね……内臓系よ」
「あ。それは私も苦手だ。ホルモンとか味しないもんね」
「私は香草系がダメだなー」
楓歌ちゃんが顔をしかめる。
流行に乗ってパクチーを食べた時に、口に合わなくて真っ青になった楓歌ちゃんはとても可愛かった。
それでも一度口に入れた物は絶対に出さない主義なので、鼻をつまんで飲み込んでいた。
「特技は?」
「時間感覚が正確なところ」
「おおー。じゃあ今は私達が走り始めてから何分くらい?」
「7分強。多分7分20秒とかじゃないかしら」
腕時計を見ると、走り始めてから間もなく7分30秒が経過するところだった。
「凄い! ほぼ合ってる」
「そう言えば師匠が役者には時間感覚が大事だって言ってた」
「そりゃそうよ。何分以内に演技しなさいとか良くあるんだから、鍛えておくべきだわ」
演技のうまさを言語化するのは難しい。
でも時間感覚の正確さは数字で判断できる。
これだけでもケーキちゃんが素人では無いというのが伝わった。
「じゃあ一番聞きたかった事を聞いてもいい?」
「だからそれはあんたの勝利報酬でしょうが。……まあ、答えるかどうかは別にして聞くだけ聞いてあげるわ」
聞いてくれるんだ。
実は何だかんだ自分のことを話したいんじゃないだろうか。
「ケーキちゃんは何で声優になろうと思ったの?」
「……」
声優をめざす人達全員に聞いてみたい質問だ。
何せ私の幼馴染は好きな声優に会いたいから。
私なんて幼馴染と一緒にいたいのが理由だ。
全く一般的ではない動機の2人なので、普通の人の動機に興味がある。
「……ワタシの声。どう思う?」
「え? ケーキちゃんの声? かわいいよ」
「……変な声だって思わない?」
「全然! 聞いてて癒されるよ」
「私もミルキーちゃんの声は好きだよ」
「……ありがとう。あんた達はそうやって言ってくれるけど、そうじゃない奴等もいるのよ」
「そんな人がいるんだ?」
「さっき話したでしょ? 前に所属していた劇団」
急にケーキちゃんの表情が暗くなる。
「そこにいた先輩俳優にね、言われた事があるのよ」
「何て?」
「お前の声は特殊すぎる。そんな劣った声で俳優なんて無理だから、せいぜいアニメの声優でもやってろってね」
「はあ!?」
「自分の声が変わってるって自覚はあったわ。でも声なんて活かし方次第。顔だってそうじゃない。役者がみんな美男美女ではないでしょ? 癖のある顔の役者だってたくさんいて、その人達にはその人達に合った役があるんだもの。だからワタシの声も特徴の一つだと思ってた。だけどその先輩はそんなワタシの声を劣っていると言ったの」
さすがにそんな話を穏やかな心では聞けなかった。
同じ役者として努力している相手に、そんな馬鹿な言葉を吐いた奴がいるのか。
「しかも声優という職業まで一緒に馬鹿にされたわ。ワタシは当時声優志望ではなかったけど、同じ劇団内に声優をめざしている子もいた。まるでその子のことも馬鹿にされた気分だったの」
「それは頭に来るね」
「声をけなされて傷ついた事よりも、怒りの方がはるかに勝ったわ。だからね、その場で言い返してやったのよ」
「言い返した?」
「そう。『ご忠告ありがとうございます先輩。ではワタシは今から声優をめざします。声優になってあなたより有名になります。そして色んな役をもらいますね。その上で何故声優をめざしたかインタビューされた時に、そういうアドバイスをくれた世間知らずな先輩がいたって赤裸々に語らせてもらいます』ってね」
「メチャクチャ挑戦的!」
「あったり前よ。ワタシにケチつけたんだから、これから一生ケチつけてやるわ」
「もしかしてそれで劇団をやめたの?」
「あそこは舞台やテレビ志向の劇団だったから。そこで頑張ってても声優になれるかはグレーだったの」
最初に劇団の話を拒否されたから、もっと思い出したくない話なのかと思っていた。
だけど過去を語るケーキちゃんの表情に憂いは感じない。
もう自分の中ではしっかりと決着がついた話なんだろう。
「ワタシは演技ができればステージはどこでも良かったの。舞台だってテレビカメラの前だってマイクの前だって変わらない。だから声優の世界で勝負だろうが上等なのよ」
「ケーキちゃん見た目に反してロックだね」
「その見た目ってのもコンプレックスなの! 体が小さいからって可愛がるのをやめて欲しいわ」
「えー! 可愛いのは武器じゃん。そこは否定しないで欲しいな」
女の子が可愛いことに否定的なのは悲しい。
せっかくその容姿で生まれてきたんだから、それは財産として大事にして欲しい。
「違うわよ。体が小さいからって能力が低いって見られたくないの。ワタシは赤ちゃんじゃないんだから、そんなに過保護にされなくても生きていけるのよ!」
「ああ、何か周りがミルキーちゃんにどういう態度で接してるか分かる気がする。私もそういう風に見られる事があるからなぁ……」
楓歌ちゃんも小柄だからという理由で子供みたいな扱いをされる事がある。
学校で友達の膝の上に乗せられて抱っこされている姿は何とも不憫だ。
ただ楓歌ちゃんは体温が高くて暖かいので、ついつい抱きしめたくなる気持ちも分かる。
「声も体もそう生まれ持っただけなのに、誰かが型にハメようとしてくる。だからワタシにとって自分じゃない誰かになれるお芝居こそが、そういう目への反抗の証なのよ!」
ケーキちゃんの他人に対するあたりが強い理由が分かった気がする。
彼女は戦っているんだ。
自分を取り巻く環境に流されないように、潰されないように常に威嚇している。
その小さな体で、可愛い声で、誰かに征服されないように戦っているんだ。
彼女の内面は孤高の戦士だ。
見た目だけで彼女をお姫様と呼ぼうなんて失礼だった。
「ごめんねケーキちゃん。まさか前衛職だとは思ってなかったよ」
「何の話!?」
私達は結構いいパーティになれるのではないだろうか。
誰からも愛される主人公楓歌ちゃんに、あたりのキツイ孤高の戦士ケーキちゃん。
そして主人公を補佐するサポート……決してもう一人の主人公なんかじゃないサポート要員の私。
芝居という未知の世界を旅するパーティとしては、中々いいバランスだと思う。
となれば、やっぱりこの勝負。
勝ってケーキちゃんを仲間に加える以外に選択肢は無い。
私達はすでに太陽の広場を越えて、第一駐車場までやってきていた。
残りの距離は半分を切っている。
駐車場を越えたら、後は公園の外周を回ればゴールだ。
ここでケーキちゃんがいきなり速度をあげた。
ぐぐっと体勢を低くして、こちらとの距離をどんどん離していく。
「残念だけどここであんた達とはお別れね! お喋りに夢中で気づかなかったでしょうけど、実はここに来るまでに走る速度を少しづつ上げていたのよ!」
言われてみれば、走る速度がスタートした時よりも随分と早くなっていた。
ケーキちゃんの話を聞くのに集中していたせいで速さが変わっていたのには全く気づかなかった。
「あんた達のペースを狂わせて少しずつ体力を削ってたの! しかもここからの外周は上り坂。すでに体力の尽きかけてるあんた達じゃワタシについて来られないでしょ!?」
そのためにこっちのルートを選んだのか。
スタート地点の太陽の広場の入口から第一駐車場までは、なだらかに下っている。
つまり戻りの外周は下った分、上り坂になっているのだ。
ここまでに私達の体力を消費させて上り坂で一気に突き放す作戦だったらしい。
「ワタシはこの一ヶ月間、ずっとこのコースを走ってたんだから! まだまだ体力は有り余ってるわ!」
そう言うとケーキちゃんは全速力で坂を駆け上がって行った。
一ヶ月だとサマーフェスティバルより前だ。
あそこで再会する前から、ケーキちゃんはこの勝負のために準備をしていたらしい。
「ちょっとずるい気はするけど、勝つために努力はする子なんだね」
「どうする小雪ちゃん? 負けてあげる?」
「うーん。ケーキちゃんの事だから、多分負けても本当に辞めさせるつもりはないだろうけど……それはそれとして負けたら悔しい。何より楓歌ちゃんはケーキちゃんを仲間にしたいんだよね?」
「うん! 一緒にお芝居したい!」
曇りなき笑顔で楓歌ちゃんが答えた。
「じゃあ可哀想だけど、やっぱり一回くらいは強い敗北感を植え付けてあげよっか」
仕方がない。
これはケーキちゃんが言い出した勝負なんだから。
相手を負かすつもりで挑んだのなら、自分が負けても受け入れるしかない。
私は少しだけ息を整えた。
そして、全速力で走り出す。
隣を走っていた楓歌ちゃんも同じ速度で走り出した。
ケーキちゃんが走っていった速さの、ほぼ倍は出ているであろう速さで私達は坂道を駆け上がって行く。
ハッキリ言わせてもらうとこの勝負。
最初からケーキちゃんに勝ち目はなかったのだ。
走り出して数十秒。
あっという間に視界にケーキちゃんを捉えた。
ヒィヒィと息を上げながらも、一生懸命に速度を落とさないように走っている。
「おーい! ケーキちゃーん!」
「……は? え!?」
猛スピードで追いついてくる私達を見て驚きの表情を浮かべたケーキちゃんは、すぐに前に向き直って速度を上げた。
「な、何よその速さ!? あんた達体力なくなったんじゃないの!?」
「いや全然」
「いや全然」
「嫌なユニゾン!!」
養成所に通うのを決めてから欠かさずやっている走り込み。
走行距離は約9km。
その9kmをだいたい45分前後で走り、最後の200mは楓歌ちゃんと競い合って全速力。
そんなのをほぼ毎日やっている私達にとって、たった2kmなんてウォーミングアップ程度の距離でしかない。
しかもケーキちゃんが少しずつ上げていた最終的な速度もランニングより少し速い程度。
あんな速度では例えお喋りしながら走っていても、ほとんど体力は消費しない。
つまり私と楓歌ちゃんは最後の上り坂の前に至ってほぼ疲労なし。
残った距離を全力疾走する余力は十分だった。
「あ……あんた達、文化部なんじゃ……ないの!?」
「それも安芸さんに聞いたんだ? そうだよ文化部だよ」
「でも私達は走れる文化部なんだよ。ね、小雪ちゃん」
「走れる文化部って何よ!?」
そもそも柔道をやっていた時も走り込みはしていた。
走るという行為に限れば私達はベテランなのだ。
ケーキちゃんもこの日のために特訓していたみたいだけど、たった一ヶ月で私達に敵うわけがない。
芝居を始めて数ヶ月の私達が、芝居ではケーキちゃんに敵わないのと同じだ。
「じゃあ悪いけど先に行くね!」
「無理せずに自分のペースで走るんだよ」
「ちょ……! 待ち……なさ……!」
その言葉を最後まで聞くことなく、私達はケーキちゃんを置き去りにした。
そこからは私と楓歌ちゃんのタイマン勝負だった。
と言っても運動が得意な楓歌ちゃんと、運動が苦手な私ではさして白熱した勝負にもならず、どんどん差をつけられて先にゴールされてしまった。
別に悔しい気持ちはない。
むしろ嬉しい。
だって楓歌ちゃんの背中を追いかけるのは、いつも私の役目だからだ。
……そして。
汗だくでフラフラのケーキちゃんがゴールにやって来たのは、私がゴールした数分も後のことだった。
「ハァ……なによ……あんた……達……ハァ……走れるん……ヒュー……じゃない……」
「もう少し落ち着いてから喋りなよ」
ゴール直後に体力が尽きて倒れ込んでしまったケーキちゃんに、手で扇いで風を送ってあげる。
大の字になって足りない酸素を必死に取り込んでいる姿は、最後まで勝負を諦めなかった立派な心意気の結果だ。
「スタート直後にいつもの速さで走ろうと思ったら、ミルキーちゃんがゆっくり走り出すから逆にビックリしちゃったよ」
「わ……悪いわね。別にワタシ的に……ハァ……ゆっくり走ったつもりは……なかったんだけど……」
「うん。ケーキちゃんの顔を見てそう思ったから私達もあの速度に付き合ったんだ」
「なんてこと……勝負の種目を……ゼェ……見誤ってたわ……」
「ミルキーちゃん、今日は見誤ってばかりだね」
辛辣な楓歌ちゃんの言葉にも何も反応しないところを見ると、もうツッコむ体力もないんだろう。
「でも勝負は勝負。私達は声優をめざすのを諦めないからね」
「……分かったわよ……」
「それと、これからは師匠との訓練を一緒に受けてもらうから。合同訓練!」
「……結局、ワタシの訓練時間は減ったままなのね」
「その分密度が濃くなるからいいんじゃない? それともまだ私達はケーキちゃんにとって一緒に芝居するに値しない?」
別に私達が素人なのは変わらない事実なのだが。
それでもここでケーキちゃんを負かしたことによって、私達を見る目が変わってくれればいいなと思った。
「……あんた達、本気なのよね?」
「本気だよ。最初からそう言ってるじゃん」
「私も楓歌ちゃんと同じ」
「……」
ケーキちゃんは大きく深呼吸すると、ゆっくりと上半身だけを起こした。
「……いいわ。安芸さんの許可が貰えるなら、ワタシもあんた達と一緒に勉強する」
「よし。これからよろしくねミルキーちゃん」
楓歌ちゃんがケーキちゃんの手を取って勝手に握手をしていた。
当のケーキちゃんは呆れながらもその握手を拒むようなことはしなかった。
認めてくれたのか、ただ争う元気が無いだけなのかは分からない。
でも不服そうな感じでもないから、きっと前者なんだろうと思った。
「これで楓歌ちゃんの条件はクリアと。じゃあ私からの条件もクリアしてもらおうかな」
「あれだけ散々聞いておいて、まだ聞きたいことがあるの?」
「うん。これも相手を知る上で結構大事なことだよ」
「……何が聞きたいのよ?」
「ケーキちゃんの嫌なものとか苦手なものを教えて!」
相手が嫌がる物を知っておけばそれを避けることができる。
嫌がることをしないのが友達として最低限のコミュニケーションだからね。
別に苦手な物を知って、からかおうとは思っていない。
……からかい甲斐はありそうだけど。
「苦手なもの……あー。そうね……」
ケーキちゃんはふっきれたような笑いを浮かべて私達にこう言った。
「あんた達みたいな奴ね」
調べて分かったのですが今って肩車は足を掴んではいけないんですね(肩車というか柔道技全般)
高校時代の友達が肩車を持ち技にしていたのですが、その当時は相手の足を掴んで肩の上でグルっと回して投げていた印象があります。




