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第13話 リベンジエチュード・後編

「……はじめ!」

 パン。と乾いた音が響く。

 レッスンでも何度も聞いた音だ。

 この瞬間から私達は自分を捨てて、舞台の上の ”誰か” になる。

  

 開始直後は様子見を選択した。

 楓歌ふうかちゃんが動くのなら私はそれに合わせる。

 楓歌ちゃんが待ってくれるなら私から動く。

 一方的に自分から動かずに相手の意思を確認するのもコミュニケーションだ。

 ただ、この判断を下せるのはほんの一瞬だけ。

 キッカケが入ったのに何も起こらないのは芝居としてアウトだからだ。

 楓歌ちゃんの反応を窺うと、こっちを見ているだけだった。

 つまりこれは私主導で動いていいよ、という合図だ。

 ならば遠慮はいらない。

 こちらのプランで始めさせてもらおう。

 私は気持ちを作り、ゆっくりとその場に正座した。 

 そしてさっき訓練したばかりの顔面の筋肉を駆使して、顔をクシャっとすぼめた。

「楓歌ちゃああああん。今日も、いいーー天気だねぇ」

 しわがれた声で、のんびりとしたテンポでセリフを言う。

 それにピンと来たのか楓歌ちゃんもすぐに私の隣に来て正座をしてくれた。

「そうだねぇー小雪ちゃん。おかげでだいぶ腰の調子もいいよぉ」

 楓歌ちゃんが腰をさすりながらケラケラ笑う。

 よし。うまく伝わったみたいだ。

 私が用意した設定は縁側にいるお年寄り。

 今回のエチュードはとにかく考える事が多いので、設定をなるべく分かりやすくした。

 それにお年寄りなら多少セリフの間が空いても不自然ではないという計算もある。

「もうわたし達もいい歳になったねぇ」

「かれこれ100歳だもんねぇ」

 無事にこちらの設定が伝わって安心していたら、楓歌ちゃんが100歳設定をぶっこんで来た。

 即興芝居は言ったもん勝ち。

 楓歌ちゃんが100歳と言ったからには、私達はこの後100歳で演技し続けなければいけない。

 しからばと、腰を曲げて更にお年寄り感を演出する。

 実際の100歳はもっとのんびり動くし、喋り方もこんなにハッキリしていない。

 だけどそこは芝居の嘘。デフォルメだ。

 リアルに寄りすぎると今度は話が進まない。

「100歳になっても一緒にいられて、しあわせだねぇー」

「旦那もとっくにお迎えが来ちゃったし、わたし達もいつお迎えが来るんだろうねぇ」

 むむ。ここで私と楓歌ちゃんに解釈違いが発生した。

 私は未婚のまま楓歌ちゃんと一緒にお婆ちゃんになったつもりだったのに、どうやら楓歌ちゃんの方は結婚していたらしい。

 でもこれも言ったもん勝ち。

 楓歌ちゃんの設定は活かさなければいけない。

 ……しかし誰だ。楓歌ちゃんを嫁にもらった幸せな奴は。

 それはさておき話を続ける。

「あのね楓歌ちゃん。わたしこの前聞いたんだけどさ。8丁目の水辺のさと公園にね、池があるじゃない?」

「あるねぇ。静かでいい公園だよね」

「実はあの池の水、不思議な効果があるんだってさ」

「ほうほう。不思議な効果」

「何でもバケツ1杯の池の水を頭からかぶると、若返ることができるんだって」

 とりあえず起承転結で言うところの【起】を入れていく。

 さっきもらった少しの時間でここまでの設定を考えておいたのだ。

 【縁側で話すお年寄り】【公園の池で若返りの噂話】

 登場人物の設定と次の展開に進みやすい目的。

 ここを観客に説明できれば、後は着地点に向かって進めばいい。

「あらまあ素敵。じゃあわたし達がフルパワーで暴れてた頃に戻れるんだねぇ」

「そうそう。わたし達が若返ればあの頃みたいに怖い物なしさ」

 とりあえず乗っかってみたけど、何だろうフルパワーで暴れてた頃って。

 お年寄りなので会話はゆっくりでいい。

 だけど会話が長くなるとダレるので展開は早めに進めていきたい。

 もうそろそろ次のシーンに切り替えたいタイミングだ。

「最近何か地震が多いだろ? もう地震で体が揺れてるのか、歳で体が揺れてるのかも分からないくらい足腰が弱くなっちまったからね。だからさ楓歌ちゃん。試しに池まで行ってみないかい?」

「いいねえ。行ってみようか。今から歩いて行ったら日が沈むまでには着けるかもね」

「こんな腰じゃあ、わたしら時速2キロくらいしか出ないからね」

「そうだ小雪ちゃん。確かおやつ用に買っておいた()()()()()があるから、それを持っていこうかね」

「じゃあわたしは水筒にお茶を入れていくよ」

「久々の冒険だね」

「まだまだ若い者には負けんよぉ」

 私はヨボヨボと立ち上がり、楓歌ちゃんに手を差し出した。

 楓歌ちゃんが私の手を取って同じようにヨボヨボと立ち上がる。

 そして2人で息を揃えて「しゆっぱぁーつ」と言いながら下手しもてにハケた。

 ”ハケる” と言うのはアクティングエリアの外に出て舞台(そで)に行くことだ。

 演者が全てハケるとそのシーンは一旦締まるというのが芝居の約束事だ。

 もちろんいま私達がいるのは普通の公園で舞台袖なんてないので、あくまで下手のラインを越えて舞台袖に入りましたというポーズだ。

 ここでシーンが切り替わる。

 前のシーンで下手側にハケたので、当然今度は下手側から登場する。 

 下手のラインを越えてアクティングエリアに入り、中央に向かってのそのそと歩いて行く。

 こういうセリフの無い動きもしっかりと演技しなくてはいけない。

 ここを雑にやってしまって、例えば素早く動いたりすると、途端にお客さんからは私達がお年寄りには見えなくなってしまうからだ。

 演者は役を演じている間は、頭のてっぺんから足の指の先まで役に入っていなくてはならないのだ。

「ようやく水辺の郷公園に到着したねぇ。でも途中で近道できたから、まだまだお日様は高いよぉ」

「まさかここに来るまでに建ってた家が軒並み潰れてるとはねぇ。みんな土気から引越しちゃったのかなぁ」

 陽が沈んでしまうと演技しにくくなると思ったので、早く着いた理由を説明しただけなのに、楓歌ちゃんが私のセリフに乗っかって新たな設定を入れてきた。

 寂しいなぁ。みんな土気からいなくならないでね。

「おお。あれだね。あの池だね。ずいぶん水の量が減ってるよ」

 私は上手(かみて)側に問題の池を設定した。

 本当は客席側に池を設定すると、常に前を向きながら演技できるのでそっちの方がいい。

 だけど今回は絶対に ”池の水を汲む” という動きが入るので上手側の方が都合がいいと思ったのだ。

 こういう【どの位置に何を設定するか】というのもエチュードでは重要になる。

 この後がどういう流れになるのか決まっていない以上、なるべく選択肢が多くとれる設定にした方がいい。 

「池の水、もうみんなが使ってるのかもねぇ。全部なくならない内にわたし達も使わせてもらおうか」

「よしよし。じゃあ早速試してみよう」

 私が上手に行こうとすると、楓歌ちゃんが私の服を掴んで止めた。

「待って小雪ちゃん。わたし達が使う前に、まずこの()()()()()に使ってみないかい?」

 さっきから楓歌ちゃんが言っているかすていらとは、多分カステラのことだと私は思っている。

 楓歌ちゃん的にそういう呼び方のほうがお年寄りっぽいと思ったんだろう。

 どうしよう。もしカステラとは全然関係のない得体の知れない謎の物体だったら。

「え? どうしてかすていらに使ってみるの?」

「だって若返るのなんて噂だろ? もし頭から水をかぶって何の効果も無かったら、ただ水浸しになるだけだよ」

「それはそうだね」

「いいかい? このかすていらに水をかけてみて、元の材料に戻ったら本物だよ」

「そ、そういう使い方は考えてもみなかったね……」

 どうやらかすていらはカステラのことだったみたいで安心した。

 そして楓歌ちゃんがまた面白い事を言い出したので今度も乗っかってみる。

 こういうのが即興劇の醍醐味である。 

「えーと。持ってきたバケツに池の水を汲んで……と」

 楓歌ちゃんがパントマイムで表現したバケツに水を汲みあげる。

 汲みあげる時に少しよろけるのが芸が細かくて良い。

「じゃあこのお水をかけてみるよ。ほい、ざっぱーん」

 これまたパントマイムでカステラに池の水をかける演技をした。

 現実だとカステラにバケツの水をかけようものなら、まず間違いなく流されていく。

 でも芝居の嘘のおかげでカステラはその場に留まったまま水を浴びるのだ。

 私達は水を浴びたカステラに注目した。   

「おお! 見て小雪ちゃん。かすていらが光ってるよ!」

 若返りはそういう演出らしい。

 これも言ったもん勝ち。

「凄い。かすていらが砂糖と小麦粉と水あめ、それにとりの卵に変わったよ」

「砂糖と小麦粉と水あめと鶏の卵に!?」 

「更に鶏の卵にざっぱーん。おお。卵がニワトリに戻ったよ」

「ちょっと待って楓歌ちゃん。それどういう輪廻を辿ってるの?」

「コケッコッコッコ。あー逃げちまった。おーい。戻ってこーい」

 楓歌ちゃんが小ネタを挟んでくる。

 隙あらば何かやろうとするスタイルはTRPGの時と変わらない。

 でも私があまり乗っかりすぎると話が進まなくなるので、適度に絡んで本筋に戻さなければいけない。

 このあたりもコミュニケーションだ。

「よし。お水の効果も証明されたし、次はいよいよわたし達がかぶってみようか」

「ワクワクだねぇ。よいしょ」

「よいしょ。せーの、ざっぱーん」

 2人で一緒に水をかぶる演技をする。

 打ち合わせしなくても、動きがピッタリ合うのはさすが私と楓歌ちゃんだ。

「お、おおおおッ。何か体が楽になってきたよ?」

 若返る時の動きは何となく決めておいた。

 足の先から膝、腰、胸、肩、両腕の順番に体を動かして姿勢を正していく。

 そして最後に頭の位置をシャキッと決めた。

 腰の曲がった状態から普通の姿勢に戻っていけば、さも若返っているかのように見えるはずだ。

 楓歌ちゃんも似たような動きをしていたのでお互い若返りのイメージは合致していたらしい。

「楓歌ちゃん。私達!」

「若返ってるー!」

 ここでしわがれ声から普通の声に戻して完全な若返りを表現。

 これも打ち合わせなしで楓歌ちゃんと合致した。

「凄いね! 噂は本当だったんだね」

「これが若い時の体か! 私の体ってこんなにしっかりしてたんだ」

 楓歌ちゃんが腕をひねったりスクワットしたりアクティブに体を動かした。

 ここで若い時の体の感覚を思い出すセリフは、今まで体に不自由を感じていないと出てこない。

 単に体をヨボヨボさせているだけじゃなくて、しっかり役の人生を体験できている証拠だ。

 楓歌ちゃんはこういうのが本当にうまい。

「でもこんなに便利な水があるなら、この町からお年寄りがいなくなっちゃうね」

「そうだよね。と言うか世界中でこの水の取り合いが起こっちゃうね」

 ……さて。

 私のプランではここから池の水の取り合いが始まる予定だ。

 このあと町の人達がやってきて、水の量に限りがあるからと池の権利を争い出す。

 町の人達はTRPGでやっているみたいに私達が兼ね役でやってもいいし、相手がセリフを言っているていで受け答えだけしてもいい。

 とにかく町の人達を2人で宥めている内に、突然地震が起きてその反動で池の水が湧き出してメデタシメデタシという着地点だ。

 このために最初の方に最近地震が多いという話を入れておいたのだ。

「ふっふっふっ。じゃあこの池、私達で独占しちゃおう!」

 楓歌ちゃんが悪そうな顔でそう言った。

「なん……だと……?」

 私のプランが崩壊した瞬間である。

「こんな貴重な水を共有するなんて勿体無い。私達だけで使えば水が枯れるまで永遠に生きられるよ!」

 町の人と争うまでもなく幼馴染が黒幕化してしまった。

 楓歌ちゃんはTRPGの時もやたら悪党ムーブをしたがるのを忘れていた。

 しかしこうなると、どう頑張っても私の定めた着地点には辿り着けない。

 ここから何とか新しい着地点を探るしかない。

 プランを決めていても一瞬で白紙になる。即興芝居の怖さと面白さが出てきた。

 でも大丈夫。こんなのTRPGでいつもやっている事だ。

「バス!」

 その時、観客側にいた安芸あきさんが叫んだ。

 すっかり忘れていた例の追加キーワードだ。

 ここからは今のキーワードを芝居の内容に絡めなければいけない。

 ただでさえプランが白紙になったばかりなのに絶妙に困るタイミングだ。

 しかもキーワードはバス。

 この場所に突然バスがやってくるのは無理がある。

 かと言ってこの公園まで歩いて来たと言ってしまったので、今更バスに乗って来たと言うのも矛盾が出てしまう。

 ……よし。ならばバスに乗って帰るのを提案しよう。

 何とか楓歌ちゃんの悪党ムーブを収めてバスで帰る流れにする。

 そうすればバスの必然性が出てくるはずだ。

 いや待てよ。

 でも体が若返っているのにバスで帰ろうって言い出すのも不自然か。

 体が動くならそれこそ歩いて帰れよって話だし。

 ……分かった! 

 じゃあこの水の効果はすぐに切れてしまう設定にして、この後またお年寄りに戻ろう。

 それでやっぱり腰が痛いからバスに乗って帰ろうよって流れにすればいいんだ。

 いいぞ。オチも決まったからこの方向で行こう。 

「見て小雪ちゃん! この池いつの間にかバスが住み着いてるよ!」

 などと思考している内に、楓歌ちゃんがとんでもない事を言い出した。

「バス!? 池の中にバス!? どうやって!? ってかバスが住み着くってなに!?」

「ほらあそこ。泳いでる。多分誰かがこの池に放ったんだよ」

「バスってそっちのバスかい!」

 どうやら魚のバスのことを言っているらしい。

 いやいや。バスって言われたら普通は乗り物の方のバスを思い浮かべるんじゃないの?

 安芸さんも「そうきたかー」って笑ってるじゃん。

 でも楓歌ちゃんの言った魚の方のバス。悪くはない。

 これを利用すれば上手い展開に持っていける気がする。

 考えろ。考えるんだ。

 今まで出てきた設定を利用して芝居を続けられる流れ。

 …………ある。

 しかもこれなら物語のクライマックスとしても悪くないだろう。

 でもそれをやろうと思ったら楓歌ちゃんに一肌脱いでもらうしかない。

 何の説明もなくその流れに持っていってくれるだろうか。

 いや心配するな。

 楓歌ちゃんなら私の意図を理解してやってくれるはずだ。

 そう信じた私は池の方に駆け寄って池の中を指さした。

「楓歌ちゃん見て! あのバス、目の横に十字の傷がついてるよ!」

「え。そうなの?」

「楓歌ちゃんの旦那さんも目の横に十字の傷がついてたでしょ?」

「え?」

 もちろん私が勝手にそう言っているだけだ。

 即興芝居は言ったもん勝ち。

 こう言えば楓歌ちゃんの旦那さんは目の横に傷があったという設定になるのだ。

「きっと旦那さんが楓歌ちゃんに会いたいからってバスの姿になって帰って来たんだよ! それで楓歌ちゃんがここに来てくれるようにって、池の水を若返りの水にしたんだ」

 自分で設定を説明しながら、そんな事ができるバスがおるんかいとツッコミたくなる。

 いい。この世界にはそういうバスがいるんだ。

 即興芝居なんて細かい事を気にしていたらやってられない。

「そ……そんな。駿介しゅんすけさん? 駿介さんなの?」

 誰やねん駿介って。

 別に楓歌ちゃんのお父さんの名前ではないし、友達にいる名前でもない。

 多分最近見たアニメに出てきたキャラクターの名前なんだろう。

 でも期待していた通りにこちらの振りに乗っかってくれた。

「駿介さん。私だよ、楓歌だよ。あなたが私を置いていっちゃうから寂しくて死んじゃいそうだよ」

 突然楓歌ちゃんの迫真の演技が始まった。

 割って入るような空気でもないし、ここは一旦楓歌ちゃんの芝居を見守ろう。

 その間にこの芝居の着地点を考えるんだ。

「それなのに無駄に長生きさせられて……どうして私も一緒に連れて行ってくれなかったの?」

 見守るつもりだったのに。

 私はそのセリフを聞かされて嫌な気分になった。

 急に胸の中がムカムカして芝居を投げ出しそうになる。

 何だろうこの感じ。

 気持ち悪くて吐きそうだ。

 いや。

 気分を悪くしている場合じゃない。

 それよりも楓歌ちゃんが繋いでくれている間にこの後の展開を考えないと。

「駿介さんが私の全てだったの。あなたが私の手を引いてくれたから私は生きていられたのに。あなたがいてくれたから私の人生にはあんなにたくさんの花が咲いたのに。あなたがいないこの世界なんて……退屈でつまらないよ」

 一旦、今の妙な気持ちは置いておいて。

 思わず楓歌ちゃんの演技に見惚れてしまった。

 楓歌ちゃんのこんなに切ない声なんて聞いたことが無い。

 あんなに辛そうな顔なんて見たことが無い。

 いまこの瞬間だけ、そこには私の知らない幼馴染がいた。

「お願い。私はもう一度。もう一度あなたと一緒になりたいの! 今度こそ私を連れて行って!」

 その力強いセリフで芝居に引き戻された。

 そしてこの後の展開が何となく理解できた。

 これは恐らく楓歌ちゃんからの「最後の締めはお願いするよ」って振りだ。

 いいよ楓歌ちゃん。

 こっちの振りに乗ってくれたんだから、楓歌ちゃんからの振りにも応えるよ。

 私が予想していた通り、楓歌ちゃんは悲しそうな表情で私の方に向き直った。

「小雪ちゃん。この池の水は若返りの水。その水の中にいるのに駿介さんが人間に戻らずに魚の姿を保っているなら、きっとこの水は魚には効果がないんだ。ううん。きっと魚の姿なら永遠に若返りを繰り返して生きられるに違いないよ」

「ま、待って楓歌ちゃん!」

「ごめんね小雪ちゃん。私はやっぱり駿介さんと一緒にいたいの」

 楓歌ちゃんは安芸さんには見えないように私にウインクした。

 分かってるよ楓歌ちゃん。

 ここからどうやって話を終わらせるのか。

 着地点はもう決まっている。

「さようなら。私はこの池で魚として生きます。駿介さんと、永遠を生きます」

 そう言うと楓歌ちゃんは池のある上手側に倒れ込んで行った。

 おそらく池に飛び込んだ演出なんだろう。

「楓歌ちゃん! 楓歌ちゃーーーんッ!」

 思った通りの展開だった。

 あんなセリフを言うからには、楓歌ちゃんはこういう行動に出ると思っていた。

 だからこっちもプラン通りに演技する。

 名前を叫んだ後、私はうつむいて少しばかり余韻を出した。

 最後はアクティングエリアの中央まで歩いていって、締めのセリフだ。

「こうして楓歌ちゃんは水辺の郷公園の池へと消えていきました。そのあと池の水から若返りの効果は失われ、そのおかげで少なくなった水の量もだんだんと元通りに戻っていきました。前と変わったのは、何もいなかったその池に2匹の魚が住み始めたこと。今日もその魚達は寄り添って楽しそうに泳いでいました。きっと、あの2匹は永遠に一緒に泳ぎ続けるのでしょう」

 最後のセリフを言い終えた私は、空を眺めて静止した。


 パン! 

 と二度目の乾いた音が響く。

 安芸さんが手を叩いて、演技終了のキッカケをくれた音だった。 

「お疲れさん。2人ともそこに並びな」

 上手側に倒れていた楓歌ちゃんが起き上がって私の隣にやってきた。

 やったじゃんと言わんばかりに私の背中をバシバシと叩く。

 いけた。楓歌ちゃんの振りにもしっかり応えられた。

 演技の後は、観ていた人から評価をもらう時間。

 いわゆる【ダメ出し】というやつだ。

 でも安芸さんはダメ出しという言葉が吐き気がするほど嫌いらしく、この時間をただの感想会と呼んでいた。

「じゃあまずは全体評価からだ。演技1年目にしては良く頑張った。導入からオチまでうまく纏まっている。オチの好みが分かれるかもしれないが、私は良かったと思うよ。聞き取りにくいセリフも無かったし充分及第点だ」

 楓歌ちゃんが「やった」とガッツポーズを取る。

 私も嬉しかった。安芸さんがこんなに素直に褒めてくれるなんて珍しい。

「ただ動きの処理が悪い所もあったな。二度ほど意味の無い立ち位置の入れ替わりがあった。アクティングエリアを大きく使おうという気概は認めるが、意味が無い動きなら控えるのも大事だ」

 養成所ではなるべくアクティングエリアを大きく使って芝居をするようにと教わっていた。

 初心者がやってしまいがちなのが、アクティングエリア内をほとんど動かずに喋りだけで演技をしてしまう事だ。

 そうならないように動ける時はできるだけ動くのが大事なのだが「どうしてそう動いたのか?」の説明ができない動きは観ている人にとってノイズになる。

 そういう動きをしてしまうと、それはそれでNGなのだ。

 これもまた初心者がやってしまいがちな行動だった。

「次は個別評価だ。花見。お前は相手の進行に乗っかって話を転がすのがうまい。1シーンごとに何かアクションを起こそうとするのはお前の武器だから磨くといい」

 それは私も同じ感想だった。

 私が骨格を考えれば楓歌ちゃんが何かしら肉付けをしてくれる。

 今回も楓歌ちゃんが色々とやってくれたおかげで面白くなった。

「それに芝居の切り替えにキレがあるのも高評価だ。エチュードの場合、尺が短いから丁寧に感情の動きを表現している暇がない。だからキレ良く感情を入れ替えていく事によって展開がダレなくなるのは強みだ」

「あ、ありがとうございます……」

 楓歌ちゃんがまた褒められて顔を赤くしていた。

七夕たなばた。お前は進行がうまい。相方の想像力を刺激させるような導入はエチュードには必須だ。それに花見がアクションを起こした時に程よく区切れるのもいいセンスだ。話が膨らむと思わず乗っかり続けてしまいそうになるからな。途中で花見が話を転がしたのをうまくオチまで繋げたのも見事だった。おそらくお前的には別の展開にする予定だったんだろ?」

「はい。元々は池の水の奪い合いをする予定でした」

「相手のパスを無駄にせず、それを活かしてゴールを決められたな。その胆力は誇っていい。お前の武器だ」

「ありがとうございます!」

 思いのほか強めに褒められてしまった。

 自分に武器なんて無いと思っていたけど、TRPGで培ったこういうのも武器になるんだ。

「でも、個人的にはもう少しセリフを工夫したかったです」

「エチュードで出てくるセリフなんてありきたりな物でいいんだよ。映画に出てくるような名セリフがそんなにポンポン出てきてたまるか。それよりも大事なのは芝居だ」

 それはその通りだった。

 エチュードは瞬発力でやり続けるものなので、そんなに凝ったセリフを考えている余裕なんて無い。

「それで言うと花見の芝居は、さっき私が話した場の支配力を感じさせた。七夕も花見のながセリフ中に自分のセリフを挟めなかっただろ?」

「はい。演技に没頭する楓歌ちゃんに圧倒されました」

「そうだろう。場を支配する能力の正体は集中力なんだ」

「集中力?」

「花見。あのセリフを言っている時に何を考えていた?」

「えっと……旦那さんと別れてからの時間とか、キャラクターがそれまで感じて来た苦悩を想像していました」

「花見の頭の中はセリフを生み出すための想像で一杯だった。それが集中力を生んだんだ。人が惹きつけられるもの、それは人の生み出した集中力なんだ」

 集中力が人を惹きつける。

 そう言われると思い当たることがいくつかあった。

 例えばスポーツの試合やアーティストのライブ。

 人の心を動かす人達はたいてい物凄い集中している。

 軽い気持ちで行動していない。その瞬間に命懸けだ。

 気づいていなかっただけで、私はこれまでも誰かが生み出した集中力に惹かれていた事はあったのだ。

「師匠! さっき私の武器は話を転がすアクションだと教えてくれました。なら私は集中力を磨いて精度の高いアクションができるようになれば、もっと場の支配力を高められるんですか?」

「そうだな。それこそ主人公になり得るだろう」

「主人公! それはカッコいいですね!」

 やっぱりそうだった。

 安芸さんがちゃんと言葉で証明してくれた。

 楓歌ちゃんの資質はやっぱり主人公なんだ。

 悪党ムーブもそれはそれで魅力的だけど、やっぱり楓歌ちゃんには物語の主人公でいて欲しい。

 そして私はその主人公を支える脇役でいい。

 主人公の姿を隣で眺めるその他大勢でいい。

 これこそが楓歌ちゃんと私の理想の関係なんだ。

「安芸さん。楓歌ちゃんが主人公タイプなら、私はサポートタイプなんですか?」

「いや。そうとも限らない。確かに七夕はサポートが得意だが、だからと言って主人公気質が無い訳ではないぞ」

「……え?」

「これは私の持論になるがな。主人公には二つのタイプがいる。一つは優れた能力を持ち人の前に立つタイプの主人公。もう一つは自身よりも周囲の人間の魅力を引き出すタイプの主人公。花見が前者だとすると、七夕は後者の可能性がある」

「私も……主人公?」

 そんなの初めて言われた。

 ずっと楓歌ちゃんと一緒に過ごしてきて、どんな時でも楓歌ちゃんが目立っていた。

 みんなの目は楓歌ちゃんにだけ向いていて私には向かなかった。

 それでいいんだ。

 それがいいんだ。

 私にとっては自分がどう見られるかよりも、楓歌ちゃんがどう見られるかの方が重要なんだから。

 だからハッキリ断言させてもらう。

 安芸さんからの私への評価は解釈違いだ。

 主人公は楓歌ちゃんだけでいい。

 楓歌ちゃんの隣にもう一人の主人公など必要ない。

 楓歌ちゃんという輝きを邪魔するものがあってはいけないのだ。

「安芸さん。私からその主人公気質を消す方法はありますか?」

「……なんだって?」

「私は楓歌ちゃんのサポートタイプでいたいんです。主人公気質なんていりません」

「いきなりどうしたんだ?」

「小雪ちゃん?」

 妙な感情が渦巻いていた。

 何だろうこれ?

 制御できない感情が心の中で暴れている。

「私と楓歌ちゃんの関係を変えないで下さい。私は今のままが一番いいんです」

 強い既視感があった。

 ついさっきだ。

 ついさっきエチュードの中で楓歌ちゃんのセリフを聞いた時に心の中に沸いた嫌な気分。

 その正体はきっとこれだ。

 私は楓歌ちゃんとの関係を変えられるのが心の底から嫌なんだ。

 楓歌ちゃんが役とはいえ、別の誰かと一緒になりたいと言っただけで心の中が濁った。

 誰かの物になんてならないで。

 私とずっと一緒にいて。

 安芸さんが私も主人公になれると言った。

 そんなのは必要ない。

 主人公は楓歌ちゃんだけだ。

 七夕小雪の中にある原初の感情。

 それは楓歌ちゃんへの独占欲。

 何人たりとも主人公である楓歌ちゃんと、脇役である私の間に侵入などさせたくは無い。

 それが主人公気質を持った私なんて絶対にごめんだ。

「小雪ちゃん?」

 楓歌ちゃんから名前を呼ばれて、ようやく私の思考は現実に戻った。

 自分でも驚くほど深く思考に潜っていたらしい。

「大丈夫? 疲れた顔してたよ?」

「え? うん。ごめんね。大丈夫だよ」

「それならいいけど……」

 楓歌ちゃんが安芸さんに視線を向ける。

「ん。分かった。今日はここまでにするか」

 楓歌ちゃんの心配を読み取ってくれた安芸さんが訓練を締めてくれた。

 しまった。

 場の空気を悪くした。

 そんなつもりは無かったのに。

「すみません」

「気にするな。今日は有意義な訓練になった。それは間違いない。帰ってゆっくり休むといい」

「はい……」

 これ以上取り繕うのも逆に迷惑な気がしたので、何も言わずにここで解散にさせてもらった。


 訓練からの帰り道。

 楓歌ちゃんが家まで送ってくれた。

 家まで歩いている間も、わざと明るくゲームの話をして気を紛らわせてくれていた。

 本当に優しくていい子だ。

 嬉しくなる反面、こんなに優しくて可愛い子がいつまで私のそばに居てくれるんだろうと心配になった。

 私がそばにいたくても彼女がそばにいてくれるとは限らない。

 今までみたいに無条件に一緒にいてくれるとは限らない。

 だって私達は、もうそういう世界を冒険しているのだから。

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