第12話 リベンジエチュード・前半
今日も今日とて安芸さんとの訓練だ。
芝居を始めて数か月。多少慣れてきたと言っても、まだまだ全然勉強が足りない。
安芸さんをレベル50くらいのベテランとするなら、私達はせいぜいレベル3くらいのヒヨっ子だ。
ゲームでレベル3なんて最初の町の周りをグルグルして経験値を稼いでいる頃だから、今はとにかくたくさん訓練して早く最初のダンジョンに挑戦できるくらいにはなりたい。
安芸さんとの訓練では必ず最初に基礎練習を行う。
柔軟体操。発声練習。
基礎が疎かにならないようにそれなりに時間をかけている。
その中でも滑舌の訓練は特に時間をかけていた。
滑舌とは読んで字のごとく、舌をいかに滑らかに動かして綺麗に発音できるかの事だ。
滑舌が悪いと口から出た音が不明瞭になり聞き取り辛くなってしまう。
声優は声を売り物にしている職業なので滑舌が悪いと仕事にならない。
ITエンジニアがパソコンを使えなかったり、料理人が包丁を使えなかったら話にならないのと一緒だ。
それくらい大事な技術なのだ。
声は【呼吸の量】【喉の開閉】【舌の動き】【口の開き方】で変化する。
大きな声は吐き出す息の量に左右されるし、音の高さは喉の開き方で決まる。
言葉の明瞭さは舌の動きと口の開き方が重要だ。
呼吸の量は腹式呼吸で鍛える。
喉の開閉は発声練習で鍛える。
そして滑らかな舌の動きと正しい口の開き方は滑舌の訓練で鍛えるのだ。
「まずは表情筋からだ。思いっきり動かせ」
安芸さんの指示で私達は顔をグチャグチャに動かした。
梅干しを食べた時みたいに顔をすぼめたり、びっくりした時みたいに顔を外側に向かって開いたり、頬の筋肉を斜め上にあげたり、舌を出したり。
簡単に説明すると思いつく限りの変顔をしていた。
何故こんな事をしているのかと言うと、これは表情筋をほぐす訓練なのだ。
口の形を正しく作るには柔らかい表情筋が必要になる。
普段の生活で動かすくらいでは全く訓練にならず、普段では絶対にしないような表情で筋肉を激しく動かさないと意味がない。
ただこの訓練には欠点がある。
それは訓練中の顔を知人には絶対に見せられないことだ。
花も恥じらう うら若き乙女が、ひょっとこみたいな顔や皺くちゃのお婆さんみたいな顔をしているのなんて、知り合いに見られた日には次に会う時にどんな顔をされるか分からない。
特に楓歌ちゃんには私の変顔を見られたくないので、この訓練中は顔を背けるようにしていた。
それなのに楓歌ちゃんはわざわざ回り込んで、あろうことか自分の変顔を見せつけてくる。
普段の可愛らしい顔からは想像もできないような歪んだ顔や潰れた顔で私の反応をうかがってくるのだ。
笑わないように必死に耐えていると「う? う?」とか「ふごぉー」とか変な声で鳴き始め、最後には絶対に吹き出してしまう。
結果的に私の表情もほぐされているので安芸さんも楓歌ちゃんを止めてくれやしない。
そんな変な顔でも愛らしさが滲み出てしまうんだから、楓歌ちゃんの可愛さは始末に負えないのだった。
「次に口を動かすぞ。ゆっくりでいいから、お・あ・い・う・えの形で限界まで口を広げろ」
表情筋をほぐした後は口の筋肉を重点的に動かす訓練だ。
おの口の形。あの口の形。いの口の形。うの口の形。えの口の形。
それぞれを口の周りが痛くなるくらいまで広げて声を出す。
「お、あ、い、う、え、お、あ、い、う、え」
全ての言葉はあいうえおの母音で構成されている。
つまり喋る時は必ずこの5つのどれかの口の形になるのだ。
この訓練を続ければ口を素早く、大きく、正しい形に開けるようになる。
「次にリップロールだ」
リップロールとは閉じた唇に息を吹きあてて震わせる運動だ。
唇でブルブルブルブルブルという音を鳴らす。
これはすぐにできる人と、中々できない人がいる。
私はすぐにできたけど楓歌ちゃんはできるようになるまで苦戦していた。
一生懸命に唇をプルプルさせている姿はとても可愛かった。
リップロールが終わる頃には口周りが柔らかくなって、だいぶ喋りやすくなっている。
「次はタングトリルな」
タングトリルとは舌をうわ顎にあてて息を吹き出し、トゥルルルと音を出す運動だ。
タングトリルをやると舌の筋肉がほぐれて喋った時に噛みにくくなる。
これもできる人とできない人がいるみたいだ。
やっぱり楓歌ちゃんには難しいみたいで、うまく舌が動かなくて「へれれ、へれれれ」と情けない音が出ているだけだった。
ちなみにリップロールとタングトリルだとタングトリルの方ができない人が多いらしい。
試しにうちの家族にやってもらったら誰もできなかった。
以上が顔の筋肉、及び舌を鍛える訓練だ。
表情筋をほぐす→口を大きく開ける→リップロール→タングトリルの一連の流れをやるだけでも、滑舌がかなり良くなる。
嘘みたいに口が軽くなって普段は言えない早口言葉も噛まずに言えてしまうくらいだ。
ついでに顔がスッキリするのも良い。
顔のコリが取れるというか、顔の裏側を洗ったみたいに爽やかな気分になれる。
「ちなみにこうやって顔や口周りの筋肉を鍛えると老け顔防止にもなる。やっておいて損はないぞ」
訓練後の顔面マッサージをしていると、安芸さんがそう教えてくれた。
「歳をとると重力に負けて顔の筋肉が垂れ下がってくるからな。鍛えておけば筋肉を維持できる」
確かに年齢は顔の弛みに現れる。それが防止できるなら凄い効果だ。
タレントさんに若々しい顔の人が多いのもそういう理由なのかもしれない。
やっぱりこういうところでも地道な努力が実を結ぶんだな。
「次は発声練習だ。姿勢を正しく保て」
続けて発声練習が始まる。
意外だが発声練習の時に大事なのは姿勢だ。
姿勢が悪いと呼吸がうまくできなかったり、声の響きが正確ではなくなるからだ。
足を肩幅くらいに開いて背筋を伸ばして立つ。
この時、肩や腰などに余分な力が入らないように意識する。
安芸さんからは自分の頭のてっぺんに紐がついていて、その紐を引っ張り上げられているイメージを持てと言われた。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お。か、け、き、く、け、こ、か、こ……」
喉を締めないように腹式呼吸と口の形を意識して一音一音しっかりと発声する。
この伝統的な基本の発声練習。どうして「あいうえお」じゃなくて「あえいうえおあお」なのか調べてみた。
どうやらこの順番に発声すると「あいうえお」に比べて口の稼働が大きくなるらしい。
もう全てにおいて口やら舌やらをたくさん使うように伝わってきた練習なんだそうだ。
発声練習一つとっても先人達の知恵と努力を感じる。
「最後に鼻濁音で発声するぞ」
そして基礎訓練の最難関、鼻濁音。
これが一番馴染みがなくて慣れない。
鼻濁音というのは日本語が綺麗に聞こえるようにする技術の事で、セリフや語句の途中にある「が」行の言葉の前に小さな「ん」を入れて発声する。
例えば『生姜』の発音は『しょう【ん】が』になる。
『賞味期限』は『しょうみき【ん】げん』。
会話の途中に出てくる「〜が」なんかの接続助詞も鼻濁になる。
『空を見るとカラスが飛んでいた』は『カラス【ん】が飛んでいた』だ。
この時「ん」の音がハッキリ聞こえすぎると意味が伝わらなくなってしまう。
あくまでほんのり乗っかっている程度に抑えるのがコツだ。
ちなみに文字で書くと「か゚」「き゚」「く゚」「け゚」「こ゚」みたいに半濁点で表記されるらしい。
本当に馴染みがなさ過ぎる。
「んが、んげ、んぎ、んぐ、んげ、んご、んが、んご……」
「七夕。力みすぎだ」
「はいぃ」
慣れない鼻濁音を意識しすぎると今度は体に余分な力が入ってしまう。
頭の中で色んなことを処理しながらアウトプットしなくてはいけないのが厄介だ。
鼻濁音については楓歌ちゃんの方が上手だった。
リップロールやタングトリルに比べれば鼻濁音は理解しやすかったのか、すぐに体得していた。
隣で見ていても楓歌ちゃんの発声はとても自然だ。
余分な力も入っていないし、大きな声が出ているのにまるで普通に喋っているみたいに自然に聞こえる。
こういうところで差を見せつけられると、やっぱり楓歌ちゃんは凄いなと思う。
さすが私の大好きな幼馴染だ。
「それまで」
安芸さんの合図で鼻濁の発声を終える。
「いいか。滑舌や発声はちょっとやそっとじゃ良くならない。継続して続けていくのが鍵だ。それに良くなってもサボればすぐに元に戻るから、今後は一生続けていくつもりでいろよ」
「はい」
こういう訓練で得られた技術は、手を抜けば抜いただけ後退していくのを習い事でも散々味わった。
だから本気で声優をめざすなら毎日続けるつもりだ。
そうじゃなかったとしても、顔の筋肉鍛錬が老け顔防止になると聞いたからにはきっと続けるだろう。
私だって女だ。いつまでも綺麗でいたい。
「それで、いま養成所ではエチュードをやってるって話だな?」
基礎練習を終えてひと休みしている私達に安芸さんが質問する。
レッスンのスケジュールは一通り話しているので、私達が何をやっているのかはだいたい把握してくれているみたいだ。
「そうなんです! 思ったよりも難しくて……」
楓歌ちゃんが泣きそうな顔で前回の失敗を説明した。
失敗と言ってもあれは別に楓歌ちゃんが悪いわけではないのだが。
あの自分勝手野郎のせいで楓歌ちゃんがその事を気に病んでいるのは非常に腹が立つ。
もし私があいつとペアになろうものなら目に物見せてやるのに。
私は楓歌ちゃんみたいに優しくないから遠慮なくこっちの設定に引き込んで、少しでも設定を壊そうものなら強引に軌道修正して相手の行動を否定しまくってやる。
それが成立するシナリオギミックはすでに考えてあるから、いつでもかかって来いってんだ。
私が鼻息を荒くしていると、楓歌ちゃんの話を聞き終えた安芸さんが「うん」と低い声で唸った。
「前にも言ったが芝居は相手とのコミュニケーションだ。アニメみたいに多少ズレた芝居をしても映像が勝手に進んでいくのとは違い、エチュードは相手とのコミュニケーションが噛み合わないとそもそも進行できない。私だって全くこちらと向き合わない奴との芝居は無理だ」
「師匠でもダメなんですか!?」
「安芸さんでもダメなら諦めるしかないじゃないですか」
「そうでもない。それがいい評価になるかどうかは置いておいて、そういうパターンのエチュードを成立させる方法はある」
「そんなのがあるんですか?」
「ある。場の支配だ」
何か中二心をくすぐられる言葉が出てきたぞ。
楓歌ちゃんもその言葉を聞いて目の輝きが増していた。
安芸さんはその辺りに落ちていた木の枝を拾い、地面に絵を書き始めた。
棒に4本の線を付け足した、いわゆる棒人間だ。
「これが花見だとする。それでこっちが相方の奴だ」
棒人間に長い髪を生やしたのが楓歌ちゃんらしい。
「前回の場合、まずお前がシチュエーションを提示した。だが相手がそれを受け入れずに自分本意の芝居を始めた。仕方なくお前は相手に合わせようとしたが、それでもうまくいかなかったんだよな?」
そう言いながら棒人間にフキダシを書いたり、ビックリマークやハテナマークを書きこんでいく。
大真面目な顔で地面に書かれていく棒人間の動きや文字があまりにも可愛くて、思わず吹き出しそうになってしまった。
今は絶対にそういう空気じゃないから我慢だ我慢。
「この前はそうでした」
「まあ最初はよくあるパターンだ。だがこれからもそういう事は起こり得るだろう。それで相手が悪かったですと言えれば楽なんだが、プロはそうはいかない。何せ一度本番が始まったら絶対に止められないんだからな」
「そこで場の支配ですか?」
「そうだ。場を支配してしまえば相手が何をしようと関係ない。自分の独壇場だ」
「でもそれって相手とのコミュニケーションを壊していません?」
「すでに相手とはどうやってもコミュニケーションが成立しない状況になっているのなら、それを何とかしようとするだけ時間の無駄だ。ならばそいつ以外の誰かとコミュニケーションを取るしかない。他に演者がいればその演者とでもいいんだが……。花見。前回みたいな場合、お前は誰とコミュニケーションを取れば良かったと思う?」
「……見ている人。観客とコミュニケーションを取る。ですか?」
「正解だ。相方がダメなら観客とコミュニケーションを取るしかない。観客を相方だと思って芝居を続けるんだ」
安芸さんは相手の棒人間に大きく×をつけて、楓歌ちゃんの棒人間にオーラみたいなものを書きこんだ。
さらに楓歌ちゃんの棒人間の前に丸をたくさん書き始める。
おそらく観客を書いているんだろう。
「観客はお前に対してセリフは言えないが、お前のセリフや動きに反応を返すことはできる。そうやって観客をお前だけに惹きつける事で場を支配する」
そして楓歌ちゃんの棒人間と観客を大きく丸で囲った。
多分安芸さん的に図を使って分かりやすく説明してくれたんだろうけど、書き込みが多すぎて何が何だか分からない図になっていた。
何でも器用にやる人なのに、こういうところでちょっとポンコツっぷりが出る人なんだな。
個人的にちょっと萌える要素だ。
「無論、毎回毎回そんなのをやっていると他人と芝居ができない奴だと思われてしまう。だがここぞと言う時には、こういうやり方もあるんだというのを覚えておくといい」
「わかりました」
楓歌ちゃんが力強く返事をした。
どうやら安芸さんのアドバイスに納得できたみたいだ。
私としては、一体どうすれば相手の芝居が気にならないくらいに観客を惹きつけられるのかは疑問だった。
ただ舞台の上で暴れろって訳ではないだろうし。
楓歌ちゃんはそのあたりも理解できたんだろうか。
「……そうだな。試しにお前ら2人、今からここで即興芝居をやってみろ」
「今ですか!?」
観客を惹きつける方法を考えていたら、突然の無茶振りをされてしまった。
私の驚きに安芸さんは眉をひそめる。
「何を驚く必要がある。養成所でやっているなら基本的な事は分かるだろ?」
「まあ。はい……」
まさか今ここでやれと言われるとは思っていなかったので何の準備もできていない。
何の準備もせずにやるのがエチュードなのだから、正しい向き合い方ではあるのだろうけど……。
「だが普通にエチュードをやるだけでは面白くないな。せっかくだからインプロ要素を取り入れてみるか」
「インプロ? 初めて聞く言葉ですね」
「インプロはインプロヴィゼーションの略だ。基本はお前らがやっている即興芝居と一緒だよ。ただインプロはもっとエンターテインメントに寄った即興芝居だ」
エンターテインメントに寄った即興芝居と言われても良く分からなかった。
お笑いで言うところのコントみたいな物だろうか。
「とりあえず2人で芝居を始めてくれ。ある程度進行したら私が何かキーワードを入れる。そうしたら2人でそのキーワードの要素を芝居に取り入れるんだ」
「キーワードを取り入れる?」
「例えば私が『サッカーボール』と言ったら、サッカーボールで遊ぶ演技をしたり、サッカーボールに関するエピソードを出したり、何らかの形でキーワードに関連する事柄を芝居の中に登場させるのがルールだ」
「なるほど。ちょっとゲーム的な要素が入ってくるんですね」
「まあそう思ってもらっても構わない。ただし必ずそれを出す必然性を持て。意味もなくサッカーボールを出すだけは許可しない」
要素としては面白いのかもしれない。
だけど、これはただでさえ難易度の高いエチュードを更に難しくするという事だ。
相手のセリフを聞きながら芝居の展開を考えつつ、発声、滑舌が乱れないように注意する。
気にしなければいけない事が多すぎてキャパオーバーになってしまいそうだ。
全然うまくいくイメージが持てない。
「面白そうだね小雪ちゃん!」
でも私の幼馴染は心の底から楽しそうにしていた。
「何で楓歌ちゃんはそんなに楽しそうなの?」
「だって難しそうじゃん」
「難しそうだったら不安にならない?」
「どうして? だって別にこれオーディションでもないよ?」
「そうだけどさ。うまくいかないかもしれない事をやるのは不安だよ」
「うまくいく事だけをしてても訓練にならないよ。ここで失敗したって痛くも痒くもないじゃん。それよりも一番大事な時に失敗する方が怖いよ」
「それはそうだけど……」
「私達だったら大丈夫だよ。TRPGで遊んでる時はあんなに自由にやってるんだからさ。小雪ちゃんなら楽しめるって信じてるよ!」
そんなキラキラな笑顔でそんなことを言われたら頑張るしかなくなってしまう。
でも楓歌ちゃんの笑顔を見たら少しポジティブになってきた。
確かに成功が見えている挑戦なんて面白くないな。
TRPGでも不利な状況を覆した時の方が盛り上がるのは経験済みだ。
不安は消えないけど、それでも楓歌ちゃんが信じてくれるならやろうと思った。
いま私達がいるのは昭和の森の太陽広場。
周りにはいつも通り遊び回っている子供達。
それにのんびりしに来ている家族連れ。
今日も天気がいいのでたくさんの人がいる。
でも私達はもうそんなの気にならなくなっていた。
大声を出して発声練習をしたり、変顔大会をしている内に羞恥心は完全に消えていた。
もうここで感情解放だって全然平気で出来てしまう。
なら即興芝居だって出来るだろう。
なんならその辺にいる人に見てもらってもいい。
すでに私達にはそれぐらいの胆力は備わっているみたいだった。
私は安芸さんから少しだけもらった時間でどんな内容にしようか考えていた。
即興芝居において大事なことはもう理解している。
【どう始めて、どこに着地するか】だ。
少なくともこれだけを決めておけばいい。
後は演技しながら、なるべくドラマチックな方向に、もしくは楽しそうな方向に進めていき、うまく着地点に降りられるように調整する。
それよりも忘れてはいけないのが口酸っぱく言われている正しいコミュニケーションだ。
楓歌ちゃんがどういう芝居をしたとしても、それをうまく受け止めて展開に活かす。
それだけは絶対に意識するようにしよう。
加えて今回は安芸さんからのキーワード追加が入る。
それをいかに芝居に取り込めるかは腕の見せどころだ。
楓歌ちゃんの後押しと、キーワード追加がゲーム的な要素だと思ったら不安が薄れてむしろ楽しめる気がしてきた。
と言うか、そもそも楓歌ちゃんと一緒にやれるなら楽しいに決まっているんだ。
「私の立っている位置が【センターライン】で、ここが【舞台面】な。それでこのあたりが【下手】のラインで、ここが【上手】のラインだ」
安芸さんが木の枝を使って地面に簡単なステージを書いてくれた。
センターラインは舞台の中央。
舞台面は舞台の最前。
下手はお客さんから見て左手側で、上手は反対の右手側を指す言葉だ。
それらで区切られた、役者が芝居をするスペースを【アクティングエリア】と呼ぶ。
特に上手と下手という言葉は演者側から見た場合と、客席側から見た場合の共通の方向になるので、芝居だけではなくステージ関連ではよく使われる言葉だそうだ。
「それじゃあキッカケを入れるぞ」
キッカケは開始の合図のことだ。
これが入ったら役者は瞬時に自分を切り替える。
一度深呼吸をして楓歌ちゃんを見ると、楽しそうに肩を震わせていた。
私もいい感じに燃えて来た。
TRPGのセッション前と同じ気分だ。
心の準備が整った時、安芸さんからキッカケが入った。




