第15話 山高かなみと言う名の敵
9月。
養成所に通い始めてから5ヶ月がたった。
最初は20人程いたこのクラスも、気がつけば13人まで減っていた。
自分には無理だと悟ったのか、他に興味が移ったのか、高額な入所金と年間受講料を支払っているのにも関わらず次々と姿を消していった。
安芸さんから聞いた話だと、どこの養成所も初期クラスはそんなものらしい。
そして早々と辞めていった人達の中には「あそこにいても意味がない」と言う人もいるそうだ。
意味があるかどうかは自分次第なのに、自分の責任は棚に上げて環境のせいにする。
安芸さんが前に言っていた ”養成所に通えば誰かが声優にしてくれると勘違いしている奴がいる” と言うのが少し分かったような気がした。
個人的には人数が減ることに関してネガティブな気持ちは微塵もない。
残酷なことを言わせてもらえば、人数が減れば減るほど1人に割いてもらえる時間が増える。
残った私達にとってはレッスンの質が上がるだけなので大歓迎なのだ。
5ヶ月も経てばクラスの中でもある程度のグループができる。
たまたま一緒にペアを組んで課題をやった人とそのまま仲良くなったり、誰かが中心になって数人がまとまったりと様々だ。
それで言うと私と楓歌ちゃんはどこのグループにも属していない。
話しかけられれば会話くらいはするが、私達はいつもレッスンが終わるとそそくさと帰ってしまうので交流するタイミングが難しかったのもあるんだろう。
そんな中、声をかけてくれる人もいる。
「ねね。花見さんと七夕さん。今日はどうかな?」
少し癖っ毛のメガネをかけた女性。
彼女は戸塚さんと言って、ここ最近レッスンの度に声をかけてくれていた。
彼女のいるグループはレッスンの後にいつも交流会をしているらしく、そのお誘いらしい。
私達は安芸さんの演技訓練との兼ね合いで、これまで一度も参加する機会がなかった。
今日はと言うと、安芸さんの都合がつかない日だ。
参加しようと思えば参加はできる。
ただ楓歌ちゃん的にはどうなんだろう。
私はどちらでもいいし、楓歌ちゃんが興味が無さそうなら断ろう。
そう思って楓歌ちゃんを見ると、キラキラと目を輝かせていた。
その目は明らかに「行こう行こう」と催促している。
常に新しい刺激を求めている楓歌ちゃんは、参加できる事には極力参加したいのだろう。
「じゃあ、あまり遅くならない時間までなら」
「本当!? ありがとう! 誘い続けた甲斐があったよ!」
ことのほか喜ばれてしまった。
別に避けていたわけではないので申し訳ない気持ちになる。
「ふーん。2人が行くなら私も行こうかしら」
すると、楓歌ちゃんの隣で柔軟体操をしていた長い黒髪の女性が話に混ざってきた。
「え! かなみんも来てくれるの!?」
戸塚さんにかなみんと呼ばれた女性は山高かなみさん。
私達よりも年上の大人っぽい雰囲気の女性だ。
ケーキちゃんが洋のお姫様っぽい見た目なら、山高さんは和のお姫様っぽい見た目をしている。
そんな山高さんは私と楓歌ちゃんがクラスで唯一、注目している人物だった。
入所当初の彼女は緊張で声もあまり出ておらず、演技もぎこちなかった。
それが一度楓歌ちゃんとペアを組んで演技をしてからというもの、信じられない速度で上達していったのだ。
元々スタイルが良くて動きも綺麗なので、演技力がついてからは一気に楓歌ちゃんと並んでクラスの注目株になった人物だ。
「花見さんとは一度しっかり話してみたかったのよね」
山高さんが獲物を狙うような目で楓歌ちゃんを見つめる。
そう。彼女はペアで演技をしてから、やたら楓歌ちゃんをライバル視しているのだ。
「そうなんだ? それなら誘ってくれたら良かったのに」
「だから誘っても予定があって来られなかったんでしょ? 戸塚さんがずっと誘ってたじゃない」
「あ。そうだった」
楓歌ちゃんはそんな山高さんのライバル意識を知ってか知らずか、のほほんと接していた。
それが更に山高さんの対抗意識をくすぐっているみたいだ。
「普段参加しないメンバーが3人も来てくれるなんて、今日のレッスン後が楽しみだねえ」
「そうね。楽しみね」
本当に楽しそうな戸塚さんに対して、山高さんは妙に熱のこもった目で楓歌ちゃんを見ていた。
今日の交流会。
どう考えても楽しい時間になるとは思えなかった。
レッスンが終わった後、私と楓歌ちゃん。戸塚さんグループ3人。それに割り込んできた山高さんの6人での交流会となった。
交流会はいつも養成所の近くにある居酒屋に入ってやっているらしい。
戸塚さん達はみんなお酒を飲める歳みたいだけど、私と楓歌ちゃんは高校生だし、山高さんは今年高校を卒業して19歳になったばかりだそうだ。
そんなお酒が飲めない組の事情を考慮して今日はファミレス開催に変更になった。
お店に入って席に案内され、テーブルに3人ずつ向かい合って座る形だと分かると、山高さんは我先にと楓歌ちゃんの前を陣取った。
人数的に戸塚さんのグループを分断させる座り方になるのに、そんなのはおかまいなしだ。
「今日こそは色々と聞かせてもらいますからね」
背筋をピンと伸ばし、まっすぐに楓歌ちゃんを見据える。
まるで今から面接でも行うみたいだった。
楓歌ちゃんが山高さんに注目しているのはもちろん演技の面でだと思う。
でも私はこの楓歌ちゃんに対する強い執着心も注目している理由の一つだ。
女の勘でしかないけど、あまりいい感じの執着の仕方ではない気がする。
「さーて。私は何を頼もっかなぁ」
「私はアイスティーでお願い。いきなりだけど花見さん。あなた確か高校生よね?」
戸塚さんがメニューを開くよりも早く山高さんが会話を始めた。
そんな節操がなくなるほど楓歌ちゃんと話したかったのかこの人。
「小雪ちゃんと同じ高校2年生だよ」
「正直あなたの演技はレベルが高いわ。もしかして今まで何かやっていたの?」
「ありがとう。山高さんも上手いと思うよ」
「私のことなんてどうでもいいの。答えてちょうだい」
不愉快な会話の仕方だ。
私がこんな話し方をされたら躊躇なく会話を中断してしまう気がする。
「演技経験は全然。でも中学時代から小雪ちゃんとTRPGで遊んでるよ」
「てぃ……何ですって?」
山高さんには聞き馴染みの無い言葉のようだ。
せっかくなのでついでに布教してみようかな。
TRPG界隈はいつでも新規プレイヤーを募集中なのだ。
「知ってる知ってる! 紙とペンとダイスを使うんだよね?」
反応の鈍い山高さんに対して、戸塚さんは好意的な食いつき方をしてくれる。
「戸塚さんは知ってるんだ? サイコロをダイスって呼ぶならもしかして経験者?」
「TRPGはそこまでじゃないけどボードゲームは良くやるのよ」
「ぼ……ボードゲーム?」
「山高さんは何だったら知ってるの?」
「申し訳ないわね。私は友達が少ないからそういうので遊んだ経験がほとんど無いのよ」
山高さんからの突然のカミングアウトだった。
あまりにデリケートな内容で反応に困ってしまう。
「へ、へぇーそうだったんだ。じゃあ今度誘うから一緒にやろうよ」
「結構よ」
キッパリ断りやがった。
せっかく戸塚さんが誘ってくれたのに。
そういう冷めた態度を取っているから友達が少ないんだよ。
「私は参加したい!」
代わりに楓歌ちゃんが名乗りを上げた。
「花見さんが行くなら私も行くわ」
他人の反応で意見をコロコロ変えるな。
どれだけ楓歌ちゃんと一緒にいたいんだ。
「そのてぃーあーるぴーじー? は演技と関係があるの?」
「アドリブでキャラクターのロールをするって意味では演技だよ」
「なるほど。昔からそういうのをやっていたなら演技が上手いのも理解できるわね。養成所に入ってからもそれは続けているの?」
「学校でTRPG部を立ち上げたから毎日やってるよ!」
「へぇー。今の高校ってそんな部活もあるんだねぇ」
戸塚さんグループがみんな驚いていた。
活動内容はどうあれ、外から見れば娯楽なので驚かれるのも無理はない。
私も土気南以外にTRPGの部活があるなんて聞いたことがないし。
「だけれど、ここ最近の花見さんの成長は部活レベルでは収まらないわ。声の出し方や表現の大きさ。それにニュアンスの繊細さ。素人の私から見ても凄いと思うもの。一体どんな訓練をしているの?」
「あー……えへへ。それは何と言うか運が良かったと言うか、巡り合わせの吉というか……」
さすがに養成所に通いながらプロの声優に教わっているとは言えない。
安芸さんが好意で教えてくれている事を許可なく他人に話すのは道義に反してしまう。
「えっと、つまりどういうこと?」
「し、死に物狂いで頑張った! です」
楓歌ちゃんはごまかすのが下手だった。
いいのだいいのだ。
楓歌ちゃんは素直なのが魅力の一つなのだから。
それに死に物狂いで頑張っているのは本当なんだし。
「……まあいいわ。何をしているにせよ実力がついているのは事実なのだから」
「あざっす」
「とにかく私は、これをあなたに言うためにここに来たのよ」
「ん?」
「私、山高かなみはあなたに宣戦布告します」
山高さんからの二度目のカミングアウトに再び私達は固まった。
宣戦布告ってこんなファミレスでするものなのだろうか。
しかも入店早々。
何と言うか、汐星先輩とは違うタイプのマイペースな人だなと思った。
「宣戦布告?」
「今年の内部オーディション。私はあなたとの勝負になると思っているわ」
山高さんが目を細める。
内部オーディションとは年明けに行われる事務所主催のオーディションだ。
このオーディションをクリアすれば最終審査へと進み、最終審査で高評価を得られれば事務所への所属の道が開ける。
内部オーディションは養成所のクラス進級のための審査も兼ねていて、講師による演技評価と内部オーディションの評価を足して基準値に達していれば次のクラスへと上がれる。
逆に評価が悪いと、また同じ初期クラスに一年間通うことになるのだ。
養成所に通う全ての生徒の勝負どころであり、3年目のデビューを狙っている楓歌ちゃんにとっては絶対にいい成績を収めたいオーディションだ。
「内部オーディションから最終審査に進めるのは全クラスで合わせて10数人程度。その狭き門を通るためにも、私はあなたを倒すわ」
「おお。初めて誰かに倒すなんて言われちゃった。これは燃えるね!」
こういうシチュエーションが大好きな楓歌ちゃんは宣戦布告を喜んで受け入れていた。
当然ながらオーディションで評価を下すのは審査員なので、楓歌ちゃんを倒したところで審査に受かるかどうかは別の話だ。
でもライバルがいるとモチベーションが上がる気持ちは分かる。
山高さんはそのために楓歌ちゃんを倒すべきライバルとして設定したのだろう。
「あなたは私を引き上げてくれた。あなたがいなかったら私はクラスの雰囲気に流されてグダグダになっていたわ」
「わーお。かなみん言うね」
この人は呼吸をするように言い辛いことを口にするな。
いや。むしろ今のは戸塚さん達にあてつけて言ったのかもしれない。
「戸塚さん達も理解しているわよね? 今のクラスのゆるさ加減は」
「そりゃあまあ、ね」
山高さんの言う通り、残念ながら私達のクラスの空気は4月からほとんど変わっていなかった。
みんな遊びの延長みたいな雰囲気でレッスンを受けていて、真剣に演技に向かい合っていると感じるのは私と楓歌ちゃんを除けば山高さんくらいだ。
戸塚さんもその友達も、控えめに言っても必死に努力をしているとは思えない。
「私は理解できないの。せっかく高い授業料を払ってレッスンに参加しているのに、一度失敗した事を次のレッスンまでに克服してこないなんて。時間の無駄じゃない。松本先生も二度も三度も同じダメ出しなんかしたく無いわよ」
それは私も思ってはいた。
でも人には人のペースがあるから、あまり強く言い過ぎると押し付けになってしまう。
私にだって克服できない事なんていくらでもあるのだから。
「……ごめんね、かなみん。私達はね、その、あんまり本気で声優をめざしてはいないんだ」
「え?」
戸塚さんが友達と顔を見合わせて申し訳なさそうに話し始めた。
「花見さんも七夕さんも、頑張ってる人達の前で本当にごめんね。私達は声優になるよりも、声優の話をしてる方が楽しいんだ」
「ど、どういう意味?」
山高さんの顔が嫌悪に染まる。
「もちろん声優になれるに越した事はないんだけど、それよりも声優の話ができる相手を見つけたかった、っていうのが本音なんだよ。今まで声優の話ができる友達なんていなかったから、養成所でそういう人達に出会えて満足しちゃったんだよね」
戸塚さんの友達もうんうんと頷いていた。
「だからレッスンには惰性で参加してるんだ。将来的に声優の勉強をしてたって言えればそれで十分なんだよ」
そう聞かされても私は別にショックは受けなかった。
個人的には「まあこの人達はそうだろうな」くらいだ。
入所時にどういう気持ちだったのかは分からない。
だけど彼女達が今それで満足できているのなら、それは本人達の自由だ。
みんながみんな命を削って頑張れるわけじゃない。
本気で声優になりたいと思っていてあの姿勢なら激励しようかと思ったけど、そうじゃ無いなら私から言える事はない。
……だけど、山高さんはそうはいかなかったみたいだ。
「どうして!? おかしいでしょ!? 声優になるために養成所に入ってきたんじゃないの!?」
今にも机を叩きそうな剣幕で戸塚さん達を怒鳴りつける。
「声優のお喋りができる相手が欲しかった? ふざけないで。そんなのネットでいくらでも見つかるでしょ? 何でわざわざ養成所に入ってきたのよ?」
「入った時はなれるかなと思ってたんだよ。でも私達のレベルじゃ無理だった」
「無理だった? そんなの努力が足りないだけでしょ? なら他の人みたいに辞めればいいじゃない! あなた達がいるせいで私や花見さんのレッスン時間が削られてるのよ?」
「それは申し訳ない気持ちと、個人レッスンじゃないんだから我慢して欲しいって気持ちが半々かな」
「な……!」
山高さんは怒りで顔を真っ赤にしていた。
戸塚さんの言い分でここまで怒るなんて相当真面目な性格みたいだ。
「私達にやる気があろうが無かろうが、授業料を払ってるんだからレッスンを受ける権利はあるよ」
山高さんには申し訳ないけど、これに関しては戸塚さんの言い分が正しい。
そもそも養成所に通う理由も様々だ。
私達や山高さんみたいにプロになりたいと思っている人。
戸塚さん達みたいに同じ趣味の仲間が欲しかった人。
辞めていった人達の中にも、限られた時間だけ養成所という機関に触れてみたかっただけの人もいたのかもしれない。
「……がっかりしたわ。あなた達がレッスン後に交流会を開いていると言うから、みんなで反省会でもしているのかと思ってた。ただ遊んでいただけだったのね」
「かなみんからすると遊んでいるように見えるだろうね。けど私達には大切な時間なんだよ」
「声優についてお喋りするのが大事なこと、ね。そんなミーハーな人達がいるとは思っていなかったわ」
何とも潔癖な物言いだ。
何かをめざすなら確固たる動機が欲しいタイプなんだろうな。
そんな山高さんが楓歌ちゃんの動機を聞いたら発狂してしまいそうだ。
……そこまで考えて、ふと悪寒がした。
さっきから楓歌ちゃんが黙ったままなのだ。
明らかにおかしい。
いつもの楓歌ちゃんなら、戸塚さん達があんな風に責められたらフォローに回っているはずだ。
黙って見守るタイプじゃない。
心配になって隣に座っている幼馴染を見ると、フグの威嚇かと思うくらいにプクっと口を膨らませていた。
か、可愛いー!
いや違う違う。可愛いけどこれは楓歌ちゃんの怒りが限界に達した時の仕草だ。
「山高さん。目的は人それぞれだよ。今の言い方だとプロをめざすのが最低ラインで、それ以外は見下してるように聞こえるよ」
案の定、今度は楓歌ちゃんが山高さんに食ってかかった。
まさか楓歌ちゃんに言い返されると思っていなかったのか、山高さんは呆気に取られていた。
「だ、だって声優の養成所なのよ? 声優になりたい人が通うのがあたり前じゃない」
「でも自分の話し方を変えたい人とか、コミュニケーション能力を身につけたい人が通ってる場合もあるらしいよ」
「そんなの一部の人でしょ? この人達はそもそも浮ついた気持ちで入所して来ているのよ?」
「動機が不純ってこと?」
「そうね。そう言ってやりたいわ」
「そっか。それなら私も同じだよ。私なんて声優の鷹月桜祭ちゃんに会いたいから声優をめざしてるんだし」
今度は私が呆気に取られてしまった。
な……何でそれを言っちゃうの。
安芸さんから言うなってあれだけ釘を刺されたのに。
「……え?」
その一言は山高さんだけではなく、戸塚さんとその友達の口からも漏れた。
「花見さん。私の聞き間違いかしら。いま声優さんと会いたいからと言いました?」
「そうだよ。私の目的は最初から一貫してそれ。今も変わってないよ」
「別にこの人達に合わせなくていいのよ。それは不要な優しさです」
「ううん。本当だよ。ね、小雪ちゃん」
安芸さんとの約束はひとまず置いておいて。
楓歌ちゃんが自分から言い出したなら私が否定する理由はない。
「本当ですよ。楓歌ちゃんは鷹月桜祭に会いたいという理由で声優をめざしています」
私がそう言うと、山高さんの楓歌ちゃんを見る目が静かに冷えていった。
「そんな理由で声優をめざすなんて、真面目に頑張っている人達に申し訳ないと思わないの?」
「私だって真面目だよ。本気でその目的のために頑張ってるんだ。今までのレッスンで一度だってふざけているように見えた?」
「いいえ。そうは見えなかったわ。そうは見えなかったからこそ失望しているの」
「それはごめんね。じゃあ山高さんは何のために声優をめざしているの?」
「立派な役者になるためよ! 声優という職業を通して、誰かに夢や感動を得てもらいたいの!」
「うん。いい目的だと思う。私は山高さんの目標を否定しない」
「だから私もあなたの目標を否定するなって言いたいの?」
さっきまであんなに熱っぽい目で楓歌ちゃんを見ていたのに。
今は醜悪なものを見るかのような目つきに変わっていた。
「それも自由だよ。山高さんが私の目標を否定するのも、私に失望するのも自由。それをやめろなんて言えない。人が決められるのは自分の事までだから。それ以上は踏み込んじゃいけない領域だと思う」
これは楓歌ちゃんなりの価値観だ。
何ごとにも体当たり主義だからうり坊娘なんて言われているけど、楓歌ちゃんは絶対に相手の意見をねじ伏せたりはしない。
相手の懐に入ることはあっても相手の価値観を侵略したりはしない。
誰にでも人懐っこいのに、自分と相手との境界はしっかり区別するタイプなのだ。
「……先程の言葉は訂正するわ。内部オーディションであなたを倒すなんて言ったけど、あなたの目的がそれなら私はあなたと競い合う気はありません。どうぞご自由にその何とかと言う人に会う努力をしてください」
「うん。そうするよ」
「……ハァ。呆れて物も言えないわ」
これだけ楓歌ちゃんを罵倒しておいてどの口が言うのか。
ただこれで決定的になった。
山高かなみ。この女は敵だ。
自分勝手な理想を立てて齟齬が生じれば切り捨てる。
相手に寄り添う事もせず、落としどころを探ろうともしない。
私が一番嫌いなタイプの女だ。
「や、山高さん……」
「戸塚さん。せっかく誘ってもらったのに悪いけど、私はここにいる意味を失ったので失礼します」
そう言い放って席を立った山高さんは、カツカツと足音を立ててお店を出て行ってしまった。
……。
……。
この空気。
どうしたらいいんだろう。
ひとまず戸塚さん達にごめんねと頭を下げておいた。
「え……えーと。とりあえず注文しよっか」
そう言えば開幕から山高さんの怒涛の質問攻めのせいで注文すらできていないんだった。
本当、何だったんだこの時間は。
「私のせいで空気悪くしちゃってごめんね!」
今度は楓歌ちゃんが両手を合わせて謝った。
それを受けた戸塚さんは手を振って否定する。
「いやいやいや! 元はと言えば私達の姿勢の問題だから! 花見さんが謝る必要なんかないよ!」
「私、何でも決めつけられるのが苦手でさ。何かをするならこうあるべき。みたいなのを強要されると、つい口が出ちゃうんだよね」
確かに楓歌ちゃんはそういうタイプだ。
だけどこれが自分に向けられた言葉だったら何も言い返さなかったんだろう。
適当に「えへへ」とか笑ってお茶を濁していたに違いない。
責められていたのが戸塚さん達だったから口を出したのだ。
自分が攻撃されても動じないのに、一緒にいる人が攻撃されるとつい割って入ってしまう。
楓歌ちゃんはそういう子だ。
私から見ても戸塚さん達が山高さんに責められるのは仕方がないと思った。
だって実際に戸塚さん達はレッスンに熱心ではないのだから。
そんな人達でも楓歌ちゃんは守ってしまう。
だから彼女はやっぱり主人公なんだ。
「でも驚いたよ。まさか花見さんの目的がおまつりちゃんに会うためだなんて」
「桜祭ちゃんって本当におまつりちゃんって呼ばれてるんだ! 初めてそう言ってる人に会ったよ!」
「待って楓歌ちゃん。鷹月さんっておまつりちゃんって呼ばれてるの?」
「そう! 桜を【お】って呼んでおまつりちゃん。かわいいよね!」
その呼び方は無理がないだろうか。
でも声優さんってだいたい何かしらのニックネームがついている気がする。
中には何でそんなニックネームに? って人もいるから、その中ではマシな方なのかもしれない。
「声優さんを愛称で呼ぶのは基本だからね。花見さんはいつからおまつりちゃんが好きなの?」
「去年の夏から! 動画で見たのがキッカケだったんだ」
「今期のスラファン見てる?」
「スラッシュファントムだよね! 見てる見てる。桜祭ちゃんのクールキャラがカッコよくて!」
「普段は可愛いキャラが多いもんね。あそこまで低音で喋るおまつりちゃんは珍しい」
「分かるー。でもあのキャラは焦った時とかについ可愛い声が出ちゃうのが良いよね」
「お。花見さんもアニメを語れる人だね?」
「桜祭ちゃんに関する事なら私はうるさいよ?」
まさかの戸塚さんとの意気投合だった。
私が鷹月桜祭について喋らないものだから、水を得た魚のように語り出してしまった。
楓歌ちゃんは演技について喋るのも楽しいだろうけど、こうやって好きな声優さんの話をするのも楽しいんだろうな。
ただ、やっぱり一般的には山高さんの言っている方が普通なんだろう。
楓歌ちゃんの目標もこういうところでは口に出せても、オーディションの自己PRでは絶対に言えない。
心に秘めておかなければいけない目標だ。
もちろん。
楓歌ちゃんのそばにいるために声優になりたいなんて思ってる私もそっち側なんだけど。
来週の更新ですが、本編は一週お休みさせて頂きます。
キャラ紹介的なのを書こうと思いますので、よろしければおつき合い下さい。




