第10話 ホキ美術館で遭遇した天使
今日は何だか気分の浮かない日だった。
せっかく養成所も安芸さんの訓練も無い休日なのだから楓歌ちゃんと朝から晩まで遊ぼうと思っていたのに、残念ながら楓歌ちゃんは親とお出かけらしい。
それもあって朝から何もやる気が起きなかった。
やらずにためてしまっていた積みゲーを崩す気分にもならず。
特に観たい映画もなく。
TRPGのシナリオ作りも筆が乗るとは思えない。
こういう時にふと気づく。
私は何と趣味が少ない人間なんだろうか。
人生のほとんどが楓歌ちゃんで構成されていて、残りはゲームぐらいしかない。
一体、世間一般の女子高生は毎日あれやこれやと何を楽しんでいるのだろうか。
自分が世間一般とズレているのは自覚していたけど、今まさにそのズレを酷く苦痛に感じていた。
そう考えると私の狭い視野を広げてくれるであろう声優の世界に飛び込んだのは良かったのかもしれない。
初めて知ることばかりで新鮮だし、時間の使い方に声優の勉強という選択肢も生まれてくる。
「……さりとて自主練するかというと、そういう気分でもないのだった」
誰に伝えるわけでもない独り言を漏らし、部屋のカーペットに横になって意味もない時間を過ごす。
貴重な休日の使い方を完全に間違えていると言えよう。
「気晴らしに散歩でもしようかな」
何もやる気が起きないなら、せめて明日のためにメンタルの回復に努めよう。
出かけることを決意して重い腰をあげると、机の上に置いてあるスマホと財布を持って部屋を出たのだった。
私達の住む土気の町には散歩に適したスポットが結構ある。
楓歌ちゃんが好きな土気タワーや土気大マスト。
普段は特に興味のない物でも、散歩の彩りとしては悪くないと思う。
それにいつも安芸さんと訓練している天然のダンジョンのように広大な昭和の森や、めったに人が来ない静かな水辺の郷公園。
気分転換に歩くには絶好のスポットだ。
そもそもそういった場所に至るまでの道中ですら、それなりの楽しさがあったりする。
例えば楓歌ちゃんと私が住んでいるあすみが丘の住宅街。
区画整備されたエリアにずらりと家が並んでいる。
土地柄的にお金持ちが多いのか、オシャレな家や可愛らしい家が多く建っていて、散歩しながらそれらの家を見ているだけでも目が飽きない。
ちなみに私達が住んでいるエリアより少し北の方に行くといきなり家のランクが上がる。
一軒一軒の家が倍くらい大きくなって門構えも立派になり、明らかに私達の住むエリアの家とはお金のかかり方が違うのが分かる。
あまりに豪華すぎてマインクラフトで作る拠点の参考にさせてもらった家もあるくらいだ。
そして土気が面白いのは更に上のランクのエリアも存在する事だ。
【ワンハンドレッドヒルズ】
通称チバリーヒルズと呼ばれる超高級住宅街である。
チバリーヒルズは平成元年に分譲を開始した宅地で、全盛期にはこんな僻地なのにも関わらず一軒の家屋が10億円以上の値段で取引されていたらしい。
どの家もお城みたいな大きさで圧倒的な格の違いを感じる。
敷地を囲う塀は当たり前。中にはプール付きの家まである。
漫画に出てくるステレオタイプの大豪邸をそのまま再現したような家が所狭しと建っているエリアなのだ。
幼稚園児の時に初めてチバリ―ヒルズに建っている家を見た時は、いつか自分もこんな大きな家に住めるのかなと夢見たこともあった。
そんな面白い散策スポットがいくつもある土気の中でも、私が特に好きな場所がある。
それが昭和の森の近くに建っている不思議な形の美術館【ホキ美術館】だ。
ホキ美術館は主に写実絵画作品を展示する美術館で、小学校の社会科見学で初めて行ってからというもの何度も訪れていた。
そんなに美術館に行くのなら絵画が好きなのかと聞かれたら別にそこまで熱心ではない。
私はこの美術館に展示されている作品よりも、この美術館そのものが好きなのだ。
休日でも人が少なくて静かなのも好きな理由の一つ。
だけど一番は建物の形だった。
長方形の箱を縦に三つ並べたような造りになっていて、展示品を見ながら長方形を端から端まで歩く。
長方形の端まで歩いたら一つ下の長方形に降りて、また反対側の端まで歩く。
そうやって一番下まで展示品を見たら、最後は最上階まで登って出入り口に戻ってくる。
このシンプルで無駄のない、しかし美術性を感じる建物が好きなのだ。
家から20分ほど歩いてホキ美術館に到着。
高校生には少し高く感じる入館料を支払って館内に入る。
フワっと匂ってくる美術館独特の匂いと、時が止まったような雰囲気に迎えられて私の心は少しだけ穏やかさを取り戻した。
ホキ美術館が所蔵する作品は約500点。
その中から100点以上の作品が常に展示されている。
写実絵画というだけあって風景や人物をリアルに切り取った絵が多く、そういう絵を観ていると作者にはこの世界がどういう風に見えているのかが想像できて楽しい。
この絵はどんな気分で描かれたものなのだろうか。
絵を描いている時の気温は? 周囲の音は? 匂いは?
絵には作者の生活が封じ込められている。
そういうのを一つ一つ感じ取っていくのも楽しみ方の一つだ。
「楓歌ちゃんも静かに観ていられるなら一緒に回りたいんだけどな」
実は楓歌ちゃんとこの美術館に来たことは社会科見学を除くと一回しかない。
楓歌ちゃんは感じた事をすぐに誰かに共有したいタイプなので、展示品を見るたびにお喋りしたがるのだ。
それはそれで可愛いと思うけど、いかんせん周りの人の迷惑になる。
やはり美術館はのんびり自分のペースで、絵に塗り込まれた絵の具がとろける程にじっくり眺めるのが好みだ。
「……あれ。小雪ちゃん?」
回廊の中ほどで突然呼び止められる。
振り返ると、栗色の髪の女性が優しい表情で私を見ていた。
「し、汐星先輩?」
まさかの人とまさかの場所で遭遇した。
別に同じ土地に住んでいるのだから偶然出会うのも不思議ではない。
ただ美術館で誰かに会ったのは初めてだったので驚いてしまったのだ。
そして部活以外で先輩に会うのも初めてだった。
だから私服姿の先輩を見るのも当然初めてだ。
白いブラウスに白のロングスカート。
手に持っている小さなカバンも白なら、履いている靴も白。
場所が場所だけに一瞬石膏で作られた美術品のようだと思ってしまった。
……まあ先輩は大変お綺麗な方なので美術品だと言われても何の不思議もない。
安芸さんが話に絡んでこなければ、だが。
「こんな所で何をしているんですか?」
そう口に出してから馬鹿な質問をしたなと思った。
絵を観ていたに決まっている。
美術館に来た相手に何を聞いているんだ私は。
「ちょっとした気晴らしかな」
「汐星先輩も?」
「もってことは小雪ちゃんもなのかな?」
「……そうですね」
どうやらお互いに絵を観るのが主目的ではなかったらしい。
土気も広いというのに同じ学校の同じ部活の生徒が、同じ目的で同じ美術館に来ているなんて奇遇なものだ。
「安芸ちゃんから演技の訓練の話は聞いてるよ。最近は休日も忙しいみたいだもんね」
「養成所のレッスンと安芸さんの訓練どっちもやってますからね」
安芸さんの演技訓練は土曜日にある養成所のレッスンの後か、日曜日にやってもらっている。
今週は土曜日に安芸さんの訓練があったので日曜日の予定が空いていたのだ。
結果、私は何もやる気が起きなくて部屋の床と一体化していたのだが。
「せっかくの高校生活なんだからもっと遊びも楽しめばいいのに」
「楽しんでますよ。楓歌ちゃんと一緒に何かできればそれが私にとっては一番楽しいんです」
「言うねーこの後輩ちゃん」
「そう言う先輩こそ楽しめてるんですか?」
「……」
あからさまに汐星先輩の顔が暗くなってしまった。
わざわざ楽しめなんて言ってくるからには先輩自身が楽しめていないんじゃないのか。
そう思って探りを入れてみたら見事に正解してしまったみたいだ。
「安芸さんとケンカでもしたんですか?」
「そういうわけじゃないよ」
「じゃあ安芸さん以外の理由ですか?」
「そういうわけでもないんだけど……ここでお話ししてると他のお客さんに迷惑だし、そこのカフェに入ろっか?」
先輩が指し示した先には洒落た感じのカフェがあった。
ホキ美術館の中にはミュージアムカフェというお店がある。
展示エリアの途中に併設されていて、美術館から出なくても休憩できる便利なスペースだ。
先輩に連れられてそのカフェに入り、一番奥にある窓際のカウンター席に座った。
「小雪ちゃん何がいい? ご馳走するよ」
「ありがとうございます。じゃあホットティーをお願いします」
「了解。じゃあ注文してくるね」
いつもニコニコしている先輩の顔があんなに曇るなんて何か相当ヘビーな事件でもあったのだろうか。
安芸さんを紹介してもらった恩もあるし、相談には精一杯応えよう。
そう思って気合を入れていると注文を終えた先輩が戻ってきた。
先輩は私の隣の席に座り、少しだけ席を近づける。
そして周りに聞こえないように小声でこう言った。
「ね。小雪ちゃんはキスする相手がコーヒー臭かったら幻滅する?」
予想だにしない質問に席からずっこけそうになった。
「な、何の話ですか?」
「いやー。私ってコーヒー好きじゃない? 部活でもよく飲んでるでしょ?」
「そうですね。だいたいコーヒーを飲んでますよね。それとキスと何の関係があるんですか?」
「安芸ちゃんがね、コーヒーを飲まないんだよ。だいたい水を飲んでるか小雪ちゃんみたいに紅茶を飲んでるの」
そう言えば訓練の時の雑談で安芸さんはコーヒーを飲まないと言っていた。
あの性格と見た目なのに少し意外だなと思っていたら、ちゃんと安芸さんらしい理由があった。
「前に言ってましたよ。殺菌力が高くて喉のケアになるから暖かい紅茶を飲むって」
「そうなの。安芸ちゃんにとって紅茶は嗜好品じゃなくて喉のケア用品なんだよ」
「プロ意識が高くていいじゃないですか」
「私と一緒の時くらいは仕事を忘れて欲しいんだけどな」
「はあ……」
全然話の輪郭が見えてこない。
でも汐星先輩と話す時はいつもこうなので、辛抱強く話を聞くのがポイントだ。
「で、紅茶はあまり口臭に出ないじゃない。でもコーヒーは結構匂うでしょ? だから安芸ちゃんが嫌なんじゃないかなって思ったの」
「それはつまり先輩とキスをする安芸さんがコーヒーの匂いを気にするかもしれないってことですか?」
「そう。小雪ちゃんは楓歌ちゃんとキスする時にコーヒーの匂いがしたらどう思う?」
「私も楓歌ちゃんも紅茶派なので。いや、待って下さい。そもそも私は楓歌ちゃんとキスするような関係じゃありませんよ」
「え?」
「え?」
何で汐星先輩がそんなに驚くんだ。
その驚きに対して驚いてしまう。
「嘘。だって幼馴染なんでしょう?」
「幼馴染だったらみんながみんなつき合ってるなんて思わないで下さい。ってか今までずっとつき合ってると思って相談に乗ってくれてたんですか?」
「うん」
「進展しないって話したじゃないですか」
「つき合いはしてて、もっと深い仲に進展しないって意味じゃなかったの? だって前にエッチの話で煽ってこなかった?」
待て待て。
そんなこと言ったか私?
大急ぎで自分の記憶を手繰り寄せる。
『なーんだ。高校2年生にしてひと夏の青春を過ごしてしまったのかと思いましたよ』
言ってる!
確かに幼馴染の話をされた時にそれっぽいことを言ってる。
全然煽ったつもりではなかったけど、そういう意味で言ったのは間違いない。
「それに私とお仲間とも言ってなかったっけ?」
待て待て待て。
そんなこと言ったか私?
もう一度自分の記憶を探った。
『ビックリしました。まさかこんなに身近にお仲間がいるなんて』
言ってるーー!!
言ってるよ私!
安芸さんとのおつき合いをカミングアウトされた後にお仲間って言ってるよ!
違う。あれは女の子が好きな女の子が身近にいたという意味だったんだ。
幼馴染とつき合っているお仲間のつもりではなかった。
「そうだったのか……たまに何か話題がズレてるなって感じてましたけど本当にズレてたんですね」
「幼馴染が好きって相談されたら、それはもうつき合ってると受け取るよ私は」
「それは価値観がズレてますね」
「あんなに仲が良くて、普段からお家でも一緒にいるのにつき合ってないなんて不健全だよ」
「価値観のズレに隔たりがあり過ぎる」
「小雪ちゃん。楓歌ちゃんと知り合ってから今まで何をしてたの?」
「友達してたんですよッ!!」
まさかそこを攻められるなんて思っていなかった。
私と楓歌ちゃんは小さな頃からご近所さんで、何をするにも一緒にいて、小学校も中学校も高校も、それに部活も同じところに入った。
そして今は同じ声優の養成所にも通っている。
一緒に過ごした時間は誰よりも長い自信がある。
だからと言って私と楓歌ちゃんは友達以上の関係ではないのだ。
だってそれ以上を求めたら関係が崩れてしまうかもしれない。
一緒にいられなくなるかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。
「楓歌ちゃんは私を友達だと思ってるんです。それなのに私がそこからはみ出すわけにはいきませんよ」
「2人の関係はそうなんだ」
「私達の関係はそうなんです」
「ねえ。部活の先輩としてのアドバイスと天橋汐星としてのアドバイス。どっちが欲しい?」
「何の話ですか?」
汐星先輩がキリリと表情を改める。
「人生の先輩としての良識的なアドバイスが欲しい? それとも同性の幼馴染とつき合っている女のアドバイスが欲しい?」
「ええ……」
「どちらか一つだよ」
「じゃあ部活の先輩としてのアドバイスを下さい」
「分かった。……いい? 好きな子がいるなら早く自分の物にしなさい。時間をかければかけただけ、こんな事ならもっと早く自分の物にしておけば良かったと後悔するから」
「ストップ。それ天橋汐星としてのアドバイスですよね?」
「部活の先輩として後輩に送る良識的なアドバイスだよ」
どこが良識的なんだ。
絶対どっちを選んでも同じ答えを言う気だったに違いない。
「私は別にはみ出してもいいと思うな。それでもし楓歌ちゃんが小雪ちゃんを友達だとしか思えないなら友達でいればいいんだよ。楓歌ちゃんは小雪ちゃんに何か言われても友達をやめるような子ではないでしょ?」
「それはそうですけど」
「大事なのはそうじゃなかった時。楓歌ちゃんも小雪ちゃんと同じ気持ちだった時に、凄くもったいない時間を過ごすんだよ?」
「まるで自分に言い聞かせてるみたいですね」
「そうだよ。私はそうやって安芸ちゃんとの制服デートを逃したんだから」
「4歳も離れてたら制服デートできないじゃないですか」
「安芸ちゃんは高校の制服。私は中学の制服だよ」
良識の欠片もないことを言い出したよこの人。
女子高生が女子中学生を連れ回すのは公序良俗に反しているのではないだろうか。
「私がもっと早く告白してたら制服の安芸ちゃんと学校帰りに買い食いしたり、学校帰りにカラオケ行ったり、安芸ちゃんの制服の匂いを堪能できたのに」
「ん? 最後何て言いました?」
「2人にはそういう切ない思いをして欲しくないんだよ」
「最後何て言いました?」
「だから告白するなら早めにね。そもそも楓歌ちゃんが女の子とつき合うのがダメならこの先何年待ってもダメなんだから」
制服の匂いがなんちゃらはひとまず置いておくとして。
汐星先輩の言い分は刺さった。
確かにその通りだ。私は一体何を待っているんだろう。
このまま一緒に過ごしていけば、いつかつき合える日が来るなんて甘く考えているんだろうか。
そんな日が来る前に楓歌ちゃんの隣には別の誰かが居座ってしまうんじゃないだろうか。
少なくとも私が動かないなら、その日はいつか確実にやって来る。
その時私はどんな後悔をするんだろうか。
そんな未来に辿り着いてしまった私はきっと思うはずだ。
ああ。あの時汐星先輩に忠告されてすぐに動くべきだった。
失敗してもいいから告白すべきだった。
ダイスを振るべきだった。
そうすれば何かが違ったかもしれないのに。
戻れるものなら、あの時に戻りたい。と。
「……分かりました。少しだけ本気で考えてみます」
だから私はその未来に辿り着かないように動くべきだ。
今ならまだダイスの目は何も確定していないんだから。
「うむうむ。ゆめゆめ後悔なさらぬようにな。あら。ありがとうございます」
カフェの店員さんが注文した商品を持ってきてくれた。
先輩は上品な仕草で注文したコーヒーを受け取り、私もホットティーを受け取る。
暖かい紅茶を一口飲むと少し心に余裕が生まれた。
そんな私の隣で、汐星先輩はコーヒーにこれでもかと砂糖を入れていた。
「それで汐星先輩」
「うん?」
「結局何で気晴らしをしてたんですか? コーヒー臭いキスに悩んでただけですか?」
「言い方嫌ぁ。違うよ。今年のクリスマスはどうしようか迷ってたんだよ」
クリスマス?
あんなに暗い顔をしていたのに、まさかただデートプランで悩んでいただけなのだろうか。
「またえらい先のことを考えてますね」
「数ヶ月なんてあっという間だよ? 悩んでる内に年号が変わっちゃうんだから」
「年号は早々変わらないですね」
「クリスマスをどう過ごせるかでその一年がうまくいくかどうか決まるからね」
「クリスマスが終わったら一年は残り一週間もないんですけど」
「クリスマスデートは一年の中で一番格式が高いデートなんだよ? だから一番気合いを入れなきゃ」
そう言いながらコーヒーに砂糖を追加していた。
明らかに気合いよりも砂糖の方が入っている。
「とにかくクリスマスに対して特別な想いがあるのは伝わりました。でもだからってそんな気晴らしが必要になるほど悩みます?」
「聞いてよ。去年のクリスマスは安芸ちゃんと東京ドイツ村に行ったんだ。でも寒すぎて私が体調崩しちゃってさ。安芸ちゃんにすっごい迷惑かけちゃったの。だから今年は最高のクリスマスにしたいんだよ」
なるほど。クリスマスのことを考えると去年の失敗が頭をよぎるのか。
東京ドイツ村はクリスマスにイルミネーションをやっている。
そんなロマンチックなところで、体調不良で楽しめないどころか恋人に迷惑をかけてしまったのなら億劫な気分になるのも理解できる。
「小雪ちゃんはいつもクリスマスはどうしてるの?」
「夕方くらいまで私の家で楓歌ちゃんとゲームして、夕方からはそれぞれの家族でお祝いしてますね」
「ダメ! そんなんじゃダメ! もう高校生になったんだからクリスマスは2人きりで過ごすんだよ。ロマンスな夜を楽しむんだよ。それでその勢いのまま告白しちゃえ!」
「ええ……」
告白ってそういう勢いでやるものなのだろうか。
そんな私の納得のいかない心情を察したのか汐星先輩がビシ、と人差し指を立てて言った。
「分かりました。TRPG部の部長である私から宿題を出します。小雪ちゃんは今年のクリスマスに楓歌ちゃんに気持ちを伝えなさい」
「TRPG関係なくないです? それに急すぎません?」
「危機感が無さすぎだよ! いい? もし楓歌ちゃんがこのまま声優になって売れっ子になったらどうなると思う?」
「今よりも一緒にいられる時間が少なくなりますね」
「それだけじゃないよ。色んな人から言い寄られるんだよ? それが仕事関係じゃなくても、色んな世界の人達が花見楓歌を狙ってくるんだよ?」
「そんな大げさな」
「私が経験者だっつーの!」
そうだった。
汐星先輩の恋人である安芸さんは売れっ子声優さんだった。
「今まで疎遠になっていた友達。ただ同じ学校に通っていただけの話したこともないような他人。それまで声優を馬鹿にしていた親戚。散々圧をかけていた業界関係者。いきなり手のひらを返したように安芸ちゃんにすり寄ってきてさ。頑張ってる時には何にも力を貸してくれなかったのに」
普段のんびり喋る汐星先輩が珍しく早口になっている。
よほど腹に据えかねていたんだろう。
「本当に汚らわしい人達だよ。そのせいで安芸ちゃんがすっかり擦れちゃった」
「え。安芸さんって生まれた時からあんな感じだと思ってました」
「失礼な! 昔の安芸ちゃんはもっと素直で屈託なく笑う可愛い子だったよ。もちろん今も可愛いけどね!」
安芸さんのあの斜に構えた態度はそういう事情で生まれたのか。
それは汐星先輩的には頭に来るだろうな。
「だから小雪ちゃん。そうなる前に楓歌ちゃんは自分の物だってアピールしておかなければいけないの」
「汐星先輩がずっとそう言っていた理由が今の話を聞いてようやく理解できました」
「じゃあクリスマスに告白ね」
「いや……その……」
だからと言って今年のクリスマスはあまりに急すぎる。
あと数ヶ月しかないのに心の準備が整うわけがない。
私が今までどれだけ長い間、気持ちを暖めてきたのか。
「ふーん。私が甘いのかな。じゃあクリスマスの夜にエッチまでしようか」
「告白します」
「よろしい」
良識的な人はどこにいったんだろう。
まさか汐星先輩にこんな強引な面があったなんて。
部活でもセッション中に強いお姉さんロールをするなとは思っていたけど、まさかこっちが本性なんだろうか。
楓歌ちゃん。改めて汐星先輩のニックネームの改訂を検討した方がいいよ。
「よーし。じゃあどっちが素敵なクリスマスデートができるか勝負だよ!」
「あれ。そういう話でしたっけ?」
気分転換に美術館に来たつもりだったのにとんだ宿題を出されてしまった。
楓歌ちゃんに告白か。
今の私にちゃんと気持ちを伝えられるんだろうか……。




