第86話 勇者は決着させる
僕は振り切った腕を下ろす。
漆黒の刃が幻のように崩れて消えた。
その力は僕の体内へと戻っていく。
既に定着しているようだった。
「…………」
国王は呆然と自分の身体を見下ろしていた。
膨れ上がった筋肉に裂け目ができて、破れた心臓が見え隠れする。
遅れて黒い鮮血が噴出した。
よろめいた国王はしかし倒れない。
獣の瞳に理性が降りてきた。
首を回して僕を見ると、牙の生え揃った口が動く。
「……勇者、よ」
「何だ」
国王が深呼吸をする。
割れた心臓からさらに血が漏れ出した。
彼はそれを気にしない。
気にする意味がないと理解しているのだろう。
視線を僕から外さず、国王は噛み締めるように言う。
「ここからが、辛いぞ。貴様はもう、止まれない。他国が目を付ける、だろう」
「知っている」
魔王を倒した元勇者が、一国の王を殺害した。
国内の兵士を虐殺し、さらに死体だらけの土地を独占して開拓している。
他国は無視できないだろう。
その先に待つのは戦争だ。
当然、死園は渦中となり得る。
「貴様は覚悟が、できている、のか?」
国王が僕に問う。
真剣な眼差しだった。
肉体は異形と成り果てたが、その精神はまだ死んでいない。
国の未来を憂いているようだ。
決して善良な人間ではないが、王としての器を有している。
僕を歴史の表舞台から排除したのは、執政において邪魔だったからだろう。
彼なりの最善策だったのだ。
もし魔王の死後、僕が引き続き活躍したとする。
不死身の勇者は各地で戦うことになったはずだ。
大いなる力は他国を刺激し、やはり戦争を誘発しかねない。
或いは、もっと早い時期に僕が暴走したに違いない。
各地を見て回るほど、蔑ろにされた犠牲を目の当たりにしてしまう。
墓守の生活よりも精神が摩耗したと思う。
おそらく国王は、僕の狂気を把握していた。
だから辺境の墓守を押し付けて、死人のような生活を強いた。
そうすれば英雄として再起せず、仲間達の犠牲を悼みながら暮らすと考えたのだ。
あくまでも時間稼ぎの策だ。
僕が暴走する瞬間を先延ばしにして、その間に魔族の移植技術を確立したかったのだろう。
技術さえ完成すれば、魔族の力で僕を始末できる。
まさに今の状況であった。
唯一の誤算は、僕が魔王の力を引き出したことだろう。
そして国王の能力を凌駕した。
僕にとっても予想外だった。
(まさか土壇場で発現するなんて……)
片手を中心に瘴気が滲み出る。
静かに漂った末、皮膚の内側へと沈み込んだ。
黙り込む僕を見て、国王が質問を重ねる。
「覚悟、があるのかと……訊いてい、る」
「そんなものは必要ない」
「――何?」
国王の目に驚きが走る。
たじろく彼に答えの続きを述べた。
「僕は半端者だ。今も昔もそうだった。これは変えられない性だ」
世界を救った勇者。
死園に執着する墓守。
そこに魔王の瘴気までも加わってきた。
どれも完璧には成し遂げられていなかった。
何らかの後悔や葛藤を抱えている。
しかし、半端者だからこそ許された視点がある。
「悪いが僕はそういう人間だ。お前を殺したのは、どうしようもない最低な半端者なんだ」
「……二度の敗北、だ。反論する資格も、ないか」
国王が脱力した。
彼は吹っ切れた様子で僕を一瞥する。
「勇者よ。貴様は二人の王を、殺した。その重みを、知るがいい」
呟いた国王が膝から崩れ落ちた。
全身から瘴気が噴き上がって拡散する。
あっけなく倒れた身体は、もう動かない。
そこに残されたのは、傷だらけの国王の遺体だけだった。
胸部と片腕のみが異形となっており、他は元の人間状態だ。
命を落としたことで侵蝕が帳消しとなったらしい。
(死体は燃やさなくてはいけないな)
僕は遺体を前に淡々と考える。
ここからまた悪用される可能性があった。
王都に遺骸の残りが保管されているかもしれない。
少なくとも移植技術と、それに関する設備がどこかにあるはずだった。
同じような事態を防ぐためにも、どうにかしなくてはならない。
その時、複数の断末魔が聞こえた。
レナ達と戦う肉塊が発したものだった。
表面にへばり付いた近衛部隊の頭部が叫んでいる。
肉塊は蒸発して急速に小さくなっていった。
やがて豆粒ほどの大きさになると、弾けて潰れた。
今なら分かる。
近衛部隊は国王から力を供給されていた。
移植に加えて補助を受けていたのだ。
それによって膨大な能力を獲得していた。
ところが、国王の死によってそれが消失した。
そのため自壊を始めたのだろう。
結果を見るに、近衛部隊も国王も移植は完璧ではなかったようだ。
魔王を倒した僕だけが、その能力を掌握している。
レナ達は向こうで安堵していた。
死闘の余韻に浸りながらそれぞれ休んでいる。
誰一人として死んでいない。
戦況を確かめる余裕がなかったが、強敵を相手に上手く立ち回ったようだ。
(一件落着、と言えるかな)
問題は山積みだが、ひとまず窮地を乗り越えた。
そう考えていいだろう。
凄まじい戦いだったものの、犠牲者はいない。
誰一人として死なずに生還できるのだ。
それは喜んでいいことだと思う。
こうして僕は国王を抹殺し、三年前の因縁を決着させたのであった。




