第87話 勇者は死園の墓守となる
最終話です。
前話を読んでいない方はご注意ください。
僕は夕暮れの高原を歩いていた。
その先では、数千の軍隊が整列している。
一つの勢力であることから、僕を待ち構えていたようだ。
対する僕は何も持っていない。
完全なる無手だが、特に問題はなかった。
準備不足であるわけではない。
そもそも武装する必要がなかっただけだ。
軍隊が矢を一斉に放ってきた。
雨のように降り注いでくる射撃を見て、僕は手を掲げる。
体内の瘴気が練り上げて盾にした。
炸裂する矢を防いでいく。
矢の雨はすぐに止まった。
兵士達は第二陣の準備を始めているが、やらせるつもりはない。
僕は瘴気の盾を分解して剣に切り替えた。
ただし、普通の剣ではない。
刃渡りが異常に長く、小山なら輪切りにできそうなほどの大きさだった。
僕はそれを構えると、遠心力を乗せて回転するように振るう。
暴風が巻き起こると同時に、無数の肉を断つ感触が伝わってきた。
遥か前方に居並ぶ兵士達が硬直していた。
次の瞬間、腰を上半身がずれ落ちる。
下半身との断面から臓腑が溢れていた。
幾多もの悲鳴が沸き上がる。
今の一撃でかなりの人数が致命傷を負ったようだ。
勘の良い者は屈んで回避していた。
剣の間合いから外れていた者が生き残っている。
ただし彼らも恐慌状態で、とても反撃に移れる状態ではなかった。
「これまでか……」
剣を解除した僕は手を打ち鳴らす。
すると、空の彼方から竜の群れが飛来してきた。
群れは生き残る兵士達に迫り、すぐさま蹂躙を始める。
阿鼻叫喚の大騒ぎだった。
無力な兵士達は、ただ捕食されるだけの存在となる。
僕はそれを眺めていた。
(悲惨な光景だな)
国王を殺してから二年が経過した。
死園は順調に拡大しつつある。
当初の数十倍の面積となり、いくつもの街を統合した土地に変貌していた。
王国との戦争を繰り返す中で、ここまで大きくなったのだ。
おかげで僕は、新たな魔王に認定されてしまった。
戦いの中で瘴気を使用したのも原因だろう。
能力が馴染んできたのか、最近では魔物を操れるようにまでなっていた。
先ほどの竜もその力で呼び出したのだ。
現在の王国は先代の息子が継いでいる。
縮小した領土を懸命に運営していた。
死園とは冷戦状態を保っており、荒れる国内の沈静化を図っている最中である。
僕は別に王国を滅ぼすつもりはない。
今度の王は穏健派だった。
死園に対する干渉を極力避けようとしている。
こちらから手出しする必要はないだろう。
肉片となりゆく兵士達を傍観していると、すぐそばで魔術の反応があった。
とは言え、誰かからの攻撃ではない。
そこには映像が出現していた。
遠視魔術の変則型だ。
遠くにいる人物の顔を見ながら話せる技術である。
魔術の映像には、エマとマリーが映っていた。
よく見ると後ろにはネネもいる。
マリーが元気に手を振ってきた。
「おはよう! もう起きてたんだね!」
「ああ、用事があったんだ」
僕は僅かな断末魔を聞きながら応じる。
それから互いの近況報告を始めた。
今もそうだが、最近の僕はは他国に出向いていることが多い。
だから彼女達に留守番を頼んでいるのだ。
何かあれば、定期報告で確認している。
この二年間でエマとマリーは魔女と呼ばれるようになった。
戦場で戦う二人を指した二つ名である。
彼女達はネネの弟子となり、現在も鍛練を続けていた。
魔剣使いレナと大男ボルドは、死園の番人となった。
領内各地の防衛が主な仕事である。
とても忙しいらしく、あまり話す機会がない。
元から仲が良いわけではないので、それは別にいいだろう。
ネネ越しに聞いた話によると、生き生きしているそうだ。
なんだかんだで適任だったのかもしれない。
マリーとの会話が盛り上がる中、レナが微妙な表情をする。
彼女は指で空中に文字を書いた。
『ほどほどにね』
彼女は現在の状況を察しているらしい。
僕は返事代わりに頷いておいた。
それまで黙っていたネネが手を挙げて質問をする。
「魔王の能力はどう? 不安定になったりしてないかしら」
「問題ない。不気味なほどに定着しているよ」
僕は手から出した瘴気を揺らしながら答えた。
二年の時を経て、随分と操作も上達した。
さらに人々を殺せば殺すほど能力が強化されている。
暴走しないか不安だが、今のところは欠片の兆候も見られなかった。
その後も互いに確認をして、直近の予定や計画の打ち合わせを済ませる。
特に急ぎの用件はなかった。
死園は滞りなく運営できているようだ。
この国での活動が一段落したら帰還してみようと思う。
「それじゃ、引き続き頑張ってねー」
気楽な調子でネネが魔術の映像を解除する。
その頃には、戦場の兵士達は残らず竜に喰い尽されていた。
役目を終えた竜の群れは飛び去る。
(これが元勇者の戦い方か)
自嘲するも、反応する者はいない。
眼前に広がるのは血みどろの高原だけだ。
現在の僕は周辺諸国を旅していた。
そこで人々を虐殺する日々を繰り返している。
もちろん快楽が目的ではない。
狙いは別にある。
僕は国王の遺志を部分的に受け継いだ。
二年前、引き下がれない領域に手を出したからである。
故に魔王として君臨し、巨悪となって平和を維持すると決めた。
僕が魔王の脅威を振り撒けば、他国は団結する。
既にそのような動きは見えていた。
あとはそれをほどほどに迎撃するだけである。
これで魔王を基軸とした平和の完成だ。
もっとも、平和の維持はついでに過ぎない。
副業のようなものだ。
鋼の精神を持つ者ならこれを完遂するのだろうが、生憎と僕は半端者であった。
平和に執着するつもりはなかった。
僕は僕の道――すなわち本来の目的を優先する。
かつて魔王討伐の道半ばで死んでいった仲間達を、人々から忘れられないようにする。
それが当初の考えだった。
しかし、今は少し違う方針となっている。
確かに彼らの犠牲は周知されるべきだ。
その上で、何より僕が憶えていることが大切なのではないかと考えている。
僕は永遠に生き続けて、皆のことを記憶に刻む。
その合間に魔王を兼任して束の間の平和を提供する。
脅威が広まるほど、かつての英雄も思い起こされる。
上手く噛み合っているのではないかと思う。
思えば、知らず知らずのうちに様々なものを背負ってきた。
魔王を倒したあの時、すべてを捨て去ったつもりだったが、それらを含めて今の僕を形成している。
きっと最善策ではないが、あえて否定することはない。
その歪みこそが僕――死園の墓守なのだろう。
これにて完結です。
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