家族
数日後――――反逆の会が立ち去った無人の街の片隅にて、風音は両腕いっぱいに花束を抱えていた。足元によく注意しつつ、彼女は瓦礫や建物の残骸などが散らばる自動車道を歩いている。
(オレは……自分の身を守るためにバベルの感染者たちを殺してきた。軍隊がオレたちの命を狙うのも、それと同じことなんだよな)
バベルの汚染を受けた今では、この街も立入禁止区域だ。車がここを横切ることも、もう二度とないだろう。インダルジェンスの少女が向かった先は、感染者の亡骸が集められた更地だ。
「ここか……」
この場所は文字通り死屍累々としている。辺り一帯に立ち込める腐敗臭は、感染者たちが生き物であったことを物語っている。風音は足下に花束を置き、無言で目を閉じた。次に彼女は両手を合わせ、彼らに黙とうを捧げる。自らの手で親友の命を奪ったあの日以来、彼女はずっと感染者を殺してきたことを心残りにしていた。
それから風音が薄目を開けるや否や、後方から小さな何かが飛来してきた。それを瞬時に察知し、彼女はその何かを右手で捕らえた。
――――彼女の右手には、微糖の缶コーヒーが握られていた。風音が振り向いた先には、サイボーグの宮間雄造がいた。少なくとも、今日のところは彼に敵意はなさそうだ。
「お前さんの姿を見かけたから買ってきたんだ……飲みな!」
「なんの用だよ」
「お嬢ちゃんと一緒さ! ついこないだまで人間だった奴らに、黙とうを捧げにきた」
バベルの感染者の死を弔っていたのは、風音だけではなかった。両者ともに感染者の命を奪ってきたのはさることながら、どちらも彼らに対して後ろめたい思いをしているらしい。特に風音は自分自身を許すことができなかった。彼女は缶コーヒーを少しずつ飲み進めつつ、雄造に尋ねた。
「アンタは、さっさとオレを殺さなくても良いのか?」
ただ殺されることを覚悟しているだけではない。むしろ、彼女は彼女自身を殺めるよう催促しているかのようだ。罪滅ぼしの手段すら見出せない彼女にとって、誰かに裁かれることは何よりの望みだったのだろう。
意外にも、雄造は彼女を殺しはしなかった。
「ここじゃ、バベルの感染者どもが安らかに眠ってるからな! ここでドンパチやってシエスタの邪魔をするのも野暮なモンだろ!」
「寝てるようには思えねぇな。かつて人間だったあの化け物どもの眼差しが、オレに語りかけてるような気がするんだよ。オレはインダルジェンスで、生まれてきてはいけない存在だったんだって」
「……仮に生まれてきてはいけない命なんてものがあったとしても、奪っても良い命なんてものは絶対に存在しない。お嬢ちゃんは生まれ方を間違えたかも知れないが、俺は生き方を間違えている! どんな人間も、間違えねぇと生きていけねぇのは同じことよ!」
正義にこだわりのない者にとって、過ちなどというものは気に病むに値しないらしい。間違いを生むことに肯定的な彼は、己の敵であるはずの風音のことも肯定していた。今の彼女を否定しているのは、彼女自身である。
「おっさんは、オレを悪だと思わないのか?」
その一言は眼前の原罪者に対する質問であると同時に、風音が自らのことを悪だと思っていることを暗示していた。反逆の会に所属するインダルジェンスが揃いも揃って国家を敵視していることを鑑みれば、自責の念に駆られている彼女は極めて異質な存在であると言えよう。
無論、雄造もまたそれなりに異質な男だ。彼が望んでいるものは、一方的な殺戮ではなくあくまでも「戦争」である。
「善悪なんてどうでも良い! 俺たちは敵同士――――ただそれだけのことだろ!」
「まさか、敵を自称する奴に励まされるとはな。けど、オレはまだ和解を諦めねぇ。必ず、インダルジェンスと原罪者を共存させる糸口を見つけ出してやる」
「次に会う時、俺たちは敵同士だ! 糸口はそれまでに見つけておけ!」
これが最後の忠告になるだろう。戦う意志を持たなければ、風音は一方的に屠られることとなる。
つまるところ、聞いておきたいことを質問できるのも今のうちである。
「……最後に教えてくれ。アンタは、一体何を守るために戦ってるんだ?」
「反逆の会の連中と変わらねぇよ! 俺が守ってるものも、アイツらが守ってるものも、自分の家族と友人だ!」
「家族と友人だと? インダルジェンスの残党に残された家族なんて、ほとんどいねぇだろ」
「アイツらにとって、反逆の会は家族のようなモンだろ? リーダーを守ろうとした命知らずや、そいつらの避難を手伝った姉ちゃんを見て、俺はそう確信したよ! きっと、お嬢ちゃんだってアイツらに家族だと思われてるはずさ!」
「……!」
この瞬間、彼女の脳裏にありさの姿がよぎった。風音はまるで雷に打たれたように目を丸くした。
(そっか。ありさにとって、オレは妹みてぇな存在なんだっけな……)
それから数秒ほど上の空になった後、彼女はそれを誤魔化すかのように缶コーヒーを飲み干した。




