野宿
あの後、反逆の会に所属するインダルジェンスたちは二日間かけて長距離を移動した。彼らがたどり着いた場所は、人里離れた山奥だ。そこは店も電気も何もなく、とても人の住めるような環境ではなかった。
そこは居住には適していない反面、のどかな光景を一望するには最適な場所だ。川は流れ、木々は生い茂り、野鳥がさえずる場所だ。寝床や火起こしの道具さえ揃えば、ここでキャンプを楽しむこともできるだろう。飲み水ならいくらでもある。水源の近い山奥では、生活排水の交わらない澄み切った水を飲むことができる。せせらぎの音に耳を澄ましていると、思わず眠りに落ちてしまいそうだ。
彼らがここに集まったのは朱朔の指示だ。さっそく、反逆の会の会員たちは森林を伐採し、仮設住宅を作り始めた。彼らは朱朔から指示を受けたわけではない。彼から許可を得た上で自主的に仕事に励んでいるのだ。会員たちは皆、かつて全てを失った身だ。今の彼らの瞳は、それを感じさせないほどに希望に満ち溢れていた。
彼らが朱朔の判断を信じている一方で、ありさは少し不安を覚えていた。他の者たちが思考を放棄している一方で、彼女は決して考えることをやめなかった。
「朱朔さん……本当に大丈夫なのですか?」
誰もが忘れかけていることだが、朱朔もまた「ただの善良な市民だった者」の一人にすぎない。ありさがそれを心得ていたのは、彼女自身もまた常軌を逸脱した存在として周りに一目置かれていたからだろう。銃の天才としての絶対の信用を背負う者からすれば、同じく絶対の信用を背負う者にも限界があることは重々承知せざるを得ない。人望ゆえのプレッシャーを抱える身として、ありさは朱朔の良き理解者だ。
(朱朔さん一人に全てを背負わせるわけにはいかない。反逆の会の者たちはあの人に命を預けているが、本当はあの人にだって助けが必要なはず。誰からも期待されない人間が不幸であるのと同様、無限大の期待を背負う人間もまた不幸だ)
疑うべきことは疑う――――それは単に現状を心配しているだけではなく、彼女なりの気遣いでもあった。
しかし、朱朔はいつも以上に落ち着いた様子だ。
元より、彼はどんな事態に陥っても取り乱さない性分だ。そんな彼がいくら平然としていても、それで反逆の会の安寧が約束されたことになるとは限らない。今後のことを懸念するありさに対し、朱朔は穏やかな微笑みを浮かべながらこう言った。
「たまには良いものでしょう? 大自然に囲まれながらキャンプを楽しむというのも」
もはや肝が据わっているどころの騒ぎではない。日本中の軍隊に命を狙われている身であるにも関わらず、彼はキャンプを満喫していた。川の前に置かれたクーラーボックスに腰を下ろしつつ、彼は釣り針に生餌を括り付けていた。彼のすぐ真横に置かれているバケツの中では、すでに数匹ほどの川魚が泳いでいる。
事態を軽く見ている朱朔に、ありさは少し腹を立てた。
「そんな悠長なことを言っている場合ではないでしょう! この場所がいつ軍隊に見つかるか、わかったものではありません!」
彼女が怒るのも無理はない。反逆の会が死活問題に瀕しているというのに、この男はあまりにも余裕綽々としている。だが彼は向こう見ずな能天気というわけでもない。反逆の会の会員が山奥に集まったことには、大きな意味がある。
朱朔には考えがあった。
「ありささんは、僕が何の考えもなしに突拍子もない行動を取るような人間だと思いますか」
「そうは思いませんが……しかし……」
「我々は今この瞬間も、着実に原罪者を蝕んでいます。その時が来たら、僕の計画を明かしましょう」
もし彼の言っていることが本当ならば、インダルジェンスは山奥に集まるだけで原罪者に危害を加えることができるということになる。現時点では計画の全貌は謎に包まれているが、今は彼を信じるしかないだろう。
ただ一つ、ありさには気がかりなことがある。
「なぜ今は話せないんだ?」
何か良い作戦があるのなら、それを今この場で話しても良さそうなものだ。もちろん、朱朔が計画の内容を明かさなかったことにも理由はある。
「もし物資を地上まで取りに行った仲間が軍隊に捕まれば、その者は拷問にかけられるでしょう。その時に僕がここに来た理由を聞き出されては困りますから、今は誰にも理由を話さないでおきます」
漏洩したら困るような情報はむやみに他言すべきではない。それは相手が同胞であっても同じことである。




