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宣戦布告

「オレは殺される覚悟ならできてるが……アンタを殺すのはごめん被る!」



 そう言い放った風音(かざね)は、そのまっすぐな瞳に強い意志を宿していた。その言葉に偽りはない――――彼女は間違いなく覚悟を決めている。



 雄造(ゆうぞう)は耳を疑い、意外そうな表情を浮かべた。バベルの感染者を素手で葬れるような猛者が、自らの宿敵とも言える原罪者との戦いを拒む――――それは十分驚くに値することだ。

「俺を殺さないでどうする? 血の色に染め上げられた白旗を振ったところで、誰もそれを降参のサインだとは思わねぇよ!」

 彼はそう言ったが、風音は依然として戦意を見せはしなかった。別に怖気づいているわけではない。

「オレは、アンタらのやっていることには賛成出来ねぇ。だが、反逆の会のやっていることにはそれ以上に賛成出来ねぇ。なあおっさん。教えてくれよ。インダルジェンスと原罪者は、分かり合えねぇのか?」

 地上から差し込む逆光に照らされ、彼女は圧倒的な存在感を放っていた。その瞳は純真無垢な子供のようでもあり、正義感に駆られた英傑のようでもあった。しかし、インダルジェンスと原罪者が分かり合えないことは言うまでもないだろう。どちらかが生き延びるには、もう一方を根絶しなければならない。


 彼女とは違い、雄造は完全に割り切っていた。

「これは戦争だろ? お互い、敵の言葉に耳を傾ける余裕なんかねぇよ!」

「オレは、勝つために戦いたいんじゃない。正義のために戦いたいんだ」

「おとぎ話の主人公は正義を守るかも知れねぇ! けど、俺たちは俺たちにとっての大切なものを守るのさ! 戦うってこたぁ、そういうことよ!」

 全人類を平等に救える手立てがない以上、正義などというものは何の意味もなさない。彼の言う通り、これは戦争に他ならないのだ。


 風音はそれを認めようとはしなかった。

「そんなの、間違ってる」

 無論、それがどう間違っているのかを説明することは彼女にはできない。戦争を理解するには、彼女はあまりにも幼すぎる。そんな風音は雄造を説得することを試みているが、むしろ彼に説得されていると言っても過言ではないだろう。

「戦場で戦争の愚かさを説くのは、戦争以上に愚かなことさ! もし戦争を止められるような言葉を思いつけるのなら、まずはそれを証明するつもりで文学賞でも受賞しな!」

「む……無茶言うなよ……」

「せめて消しゴムの跡で真っ黒になった原稿用紙くらい突き付けねぇと、お嬢ちゃんの言葉なんて安物に見えちまうよ!」

 彼の冗談めいた口調は相変わらずだが、それが風音の言葉よりもよほど核心をついていることもまた事実だ。だからと言って、彼女が譲歩するわけでもない。彼女にも彼女なりの言い分はある。

「おっさんは、生身の人間が放つ本心からの言葉よりも全米の泣くような綺麗事が聞きてぇようだな」

「はははっ……それも悪くねぇな! だが生憎、今の俺の体じゃポップコーンの一つも満足に食えねぇよ!」

「だったら、人を泣かせる言葉よりも、人の間違いを正す言葉に耳を傾けなきゃダメだろうが」

 それなりに筋の通った言い分だ。かつては少年漫画の英雄に憧れていた彼女も、今となっては現実に翻弄されている身だ。そんな彼女だからこそ、感動的な言葉以上に戒めの言葉を大切にしなければならないという結論に至ったのだろう。



 もっとも、それが子供の意見であることに変わりはなかった。



 彼女の何倍もの時間を生きてきた雄造からすれば、人生というものは決して単純なものではない。時に、人の生き方というものは「正しさ」以上に複雑なのかも知れない。人間という生き物の在り方について、彼はこう語る。

「……人間は、時にわざと過ちを犯さなければいけねぇもんよ! 正しいことだけをしていても大切な人を守れねぇし、大切な自分自身のことも守れねぇだろ? 人が善悪を学ぶのは、悪にならねぇためじゃなくて悪を理解するためなのよ!」

 結局のところ、人間とは得てして時と場合に振り回されるものなのだろう。例えその者が善悪を理解していたとしても、永久に善人であり続けることのできる者は誰一人としていない。

「大人がガキの前で、そんなこと言うなよ。オレは正しく生きてぇんだよ……」

「俺もいずれはお嬢ちゃんを殺すつもりでいる。それまでに、少しは物分かりの良いガキになってくれよ!」

「今は殺さねぇのか?」

「ああ……殺すのはその気になればいつでもできるからな!」

 強気な一言を遺し、雄造は地下水路を去った。彼の背中を見守りつつ、風音はいつまでも唇を噛みしめていた。

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