避難指示
金属探知機の反応により、宮間雄造が人間ではないことが明らかとなった。反逆の会のメンバーたちは悪寒を感じていた。朱朔は彼らの方へと目を遣り、取り乱すことなく指示を出す。
「皆さん、ここから避難しましょう。おそらく、彼は原罪者の隠し玉かと思われます。手の内のわからない刺客と戦うのは得策とは言えません」
普段は周りに指図をしない彼が珍しく下した命令――――それは避難指示である。彼は同胞たちを出入り口へと誘導したが、中には彼の指示に背いた者も何人かいた。彼らが逃亡を拒むのも、朱朔を慕っているがゆえのことだ。
「朱朔さんはなるべく多くのメンバーを連れて先に逃げてください! ここは俺が食い止めます!」
「ここであのおっさんを止めなければ、ウチらはどうせ死ぬ。だったら、ウチらが盾になるしかねぇッスよ!」
「俺も含めて、こっちは三人だ。さあ、どうする? おっさん!」
命知らずの三人は、雄造の前で臨戦態勢に入った。一人はスタンガン、もう一人はヌンチャクを手に持ち、残る一人は体術の構えを取っている。
――――無論、そんな武器ではサイボーグに敵うはずもないだろう。
一筋の稲妻が、スタンガンを持つ男の頬を容赦なく掠めた。
「電撃っ……!?」
男は唖然とした。その両隣でも、二名のインダルジェンスが言葉を失っていた。彼らの背後にある柱には、電撃によって風穴が開けられている。ひび割れた柱の表面は大きくくぼみ、黒い煙を放出している。
すでに三人は勝利を諦めかけていたが、雄造は無慈悲だ。
「やはり、まだコントロールが難しいか……数秒だけ命拾いしたな! だが、次は当ててやるよ!」
あの電撃をまともに受ければ、死は免れないだろう。彼の両手は眩い光を放ち、二発目の放電の準備をしていた。
「時間稼ぎは十分だ! 逃げろ!」
三人の背後から聞こえてきたのは、ありさの声だ。強大な力を持つサイボーグのすぐ目の前に、発煙筒が投げ込まれる。
(ありさ先輩! 発煙筒は栓を抜かないと意味ないッスよ!)
ヌンチャクを持った女がそう思っていたのも束の間――――一発の銃声が地下水路に響き渡り、発煙筒からは煙幕が放たれた。インダルジェンスたちが振り向いた先には、雄造の方へと銃を向けているありさがいる。銃口から立ち込める硝煙は、あの銃声が彼女の発砲によるものであることを物語っている。
彼女の圧倒的な腕前を前にして、三人は度肝を抜かれるばかりだ。
(ありささんパネェッス!)
(本来、発煙筒や手榴弾は本体を撃たれても起爆しないはずだろ……?)
(まさか、ありささんは銃弾で発煙筒の栓を抜いたってのか……)
――――そのまさかである。ありさはまず栓を抜いていない発煙筒を投げ、栓の角度や位置を瞬時に計算した上で発砲したのだ。それが動体視力や空間認知、正確性など、他にも様々な能力を要する高等テクニックであることは言うまでもないだろう。こんな芸当ができる者は、桐ヶ谷ありさをおいて他にいない。
彼女はすぐに三人のインダルジェンスを連れ、駆け足で首都圏外郭放水路を後にした。煙幕に視界を覆われている雄造には、彼らを追うことなどままならない。やがて煙が晴れた時、その場には彼と風音しか残っていなかった。
雄造は風音と話をした。
「やれやれ……もしあの姉ちゃんがインダルジェンスじゃなかったら、ぜひとも軍に欲しい逸材だった!」
「はぁ……そうかい」
「鍛え抜かれた軍人にさえ、あんな芸当はとても真似出来ねぇよ! なあお嬢ちゃん、あの姉ちゃんは一体何者なんだ?」
「アイツ本人が言ってたよ……射撃はただの趣味だったってな。オレだって耳を疑ったし、それが真実だとはとても信じられねぇよ」
「俺からすりゃ、バベルの感染者を素手でぶっ殺せるお嬢ちゃんも十分人間離れしてるさ! 今まで拳だけで生き伸びてきたお嬢ちゃんを殺すのは、少々骨が折れそうだ! 今の俺に骨があれば……の話だけどよ!」
冗談めかした言い回しをしているが、彼は本気で彼女を殺すつもりだ。その瞳には、機械にしてはあまりにも生々しい殺意が宿っていた。そんな雄造とは対照的に、風音には一切の戦意がない。
「オレは殺される覚悟ならできてるが……アンタを殺すのはごめん被る!」
この期に及んでもなお、彼女は原罪者の命を奪うことに忌避感を覚えていた。




