擬態
サイボーグと化した軍人は、すぐにインダルジェンスの目撃情報の多い地域へと向かった。機械の体を得た彼は、燃料電池の充電さえ怠らなければ疲労とは無縁だ。とは言え、元々人間だった彼にも心はある。軍人は煙草に火を点け、仕事に取り掛かる前に一服しようとする。
(……本当に、味覚も嗅覚も消えちまったようだな)
生身の肉体を失った彼には、もう以前のように喫煙することもままならないらしい。だが、これは他ならぬ彼自身の望んだことである。軍人は吸い殻入れに煙草を捨て、周囲を手あたり次第に徘徊し始めた。
(まあ良い。外気にさらされながらも化け物に姿を変えない今の俺は、どこからどう見てもインダルジェンスだ。最低でもインダルジェンスの内の一人と接触し、奴らの同胞を装って拠点の所在を聞き出そう)
それが彼の目的だ。しかし、この地域に身を潜めているのはインダルジェンスだけではない。むしろ、バベルによって忌まわしい魔物に姿を変えられた「元人間」の方がはるかに多いくらいだ。そして、化け物の駆除もまた男の仕事の一つである。さっそく、五メートルほどの大きさの化け物が彼の目の前に現れた。
感染者の中でも、これは大物と言っても良い部類だ。いつも風音や軍人たちが駆除している化け物は、この半分以下の大きさである。
「煙草……お前は吸えるのか?」
冗談めかした微笑みを浮かべつつ、軍人はそう言った。彼の右手は眩い光を放ち、小さな稲妻をまとっている。その様は見るからに異様だったが、バベルに感染した者には異常を異常と察する知能など残されていない。容赦なく襲い掛かってくる化け物に向かって、男は不敵な笑みを浮かべた。
辺り一帯を照らすほどの高圧電流が、魔物の頭部を消し飛ばす。
まさに瞬殺である。首の断面から黒い煙を排出しつつ、化け物は力なく倒れた。その巨体は建物の瓦礫によって受け止められた。軍人は化け物の首から立ち込める煙を見上げ、こう言い放つ。
「どうだ! 最期の喫煙にふさわしいだろう?」
体を機械に変えられたくらいでは、彼の性格は変わらないようだ。サイボーグに生まれ変わった今もなお、この男の冗談は健在である。怪物の死体に背を向けつつ、軍人は再び散策を始めた。
***
インダルジェンスを探す道中、彼は一人で化け物を駆除し続けた。いつもはこの街を徘徊している軍隊も、今日はここには来ていないらしい。無論、サイボーグの軍人が単独で行動していることには理由がある。
(もしインダルジェンスと同行している時に軍隊と鉢合わせしたら、俺は軍隊と戦うことになる。そうしねぇと、俺たちがグルであることがインダルジェンスどもにバレちまうからな)
考えてみれば当然のことだ。彼は軍隊の人間だが、反逆の会の拠点を聞き出すためにはインダルジェンスを装わなければならない。その際に軍隊の存在が邪魔になると考え、男は一人でこの地に赴いたのだ。
あれから約一時間後――――軍人はついにインダルジェンスと遭遇した。
彼の出会ったインダルジェンスは、中性的な容姿をした少女だった。彼女は明るめの茶髪で、勇ましい目つきをしていた。その風紀の乱れたような身なりに反し、少女は人柄の良さそうな雰囲気を醸している。
軍人はこの少女のことを知っていた。
(相良風音――――か)
元々、風音はインダルジェンスの迫害が始まる前からその名を轟かせていた少女だ。バベルの感染者に対してのみ発揮されていた強さが軍に牙を剥いた時、彼女の名は更に広まった。そんな彼女のことを知らない軍人は誰一人としていない。
風音は尋ねた。
「おっさん……アンタもインダルジェンスか?」
まさか目の前の男がサイボーグであるとは夢にも思わないだろう。彼女からしてみれば、眼前の軍人の正体など知る由もない。
「ああ、そうだ。もし近くに安全な場所があったら、案内してくれないか? こんなご時世だからこそ、同じインダルジェンス同士、力を合わせて生きようじゃねぇか」
「それなら良い場所を知ってるよ。案内する」
今まで多くの人間を疑ってきた風音は、皮肉にも彼を易々と信用した。自分が騙されていることなどつゆ知らず、彼女は軍人を首都圏外郭放水路まで案内した。




