代替案
首都圏外郭放水路は確かに安全な場所だったが、風音の戦いは依然として終わらなかった。彼女は今、彼女らしくない方法で反逆の会と戦っている。この戦いに用いられるものは、拳でもバールでもない。
――――言葉だ。
むやみな殺生を好まない彼女にとって、反逆の会の活動は目に余るものであった。ありさだけではなく、他のメンバーも頻繁に原罪者狩りをしているらしい。来る日も来る日も、彼らは原罪者を殺し続けた。それを見ていられなかった風音は、毎日のように朱朔に反発した。
「とにかく、オレはこんなやり方には反対だ!」
「無敵のヒーローに憧れているだけのただの善良な市民からしたらそうでしょうね。しかし、我々の行動原理は絵空事への憧れではありません」
「生きたいという気持ち……それがアンタらの行動原理だろ?」
「それだけで一括りにはできません。我々の中には、原罪者に対する復讐心を行動原理とする者もいます。そして、僕の目的もまた世界への報復です。風音さんは……我々に刃を向けてきた世界を守りたいと思うのですか」
「ああ、オレはそう思うぜ。憎しみの連鎖を断ち切れるのは『許す心』だけだ……オレは世界を許し、アンタらから守ってみせる!」
両者一歩も譲らない口論が続いた。話し合いは平行線を辿る一方かと思われたが、朱朔の方が頭の出来が優れているのは言うまでもない。
「例え人を許す言葉が水であっても、人を許すように強いる言葉は油です。せいぜい、憎しみの炎に燃料を投下しないようお気をつけください」
「なんだと!?」
「第一、あなたは理想ばかり口にして、具体的な代替案は何も提示してくれないじゃないですか」
「それは……これから考えるよ……」
「我々の持つ時間は有限です。どうか、お忘れなく……」
彼の言い分はもっともだ。ましてや一刻を争う事態であれば、なおさら代替案のない批判に応じている場合ではないだろう。これ以上何も言い返すことのできなかった風音は、平和的解決の糸口を探ることにした。
***
数日後、風音はある計画を思いついた。それは、原罪者の住む土地から隔離された場所にインダルジェンスの村を築き上げるというものだった。
「皆よく聞いてくれ! これ以上人を殺さなくても良い方法を考えたんだ! 無人の広い土地を見つけて、そこにインダルジェンスの村を作ろう! そしたら、オレたちも原罪者もそれぞれの土地で平和に暮らせるだろ!?」
確かに、この方法を用いれば余計な犠牲を出すことは防げるだろう。しかし、それがお世辞にも現実的とは言えないこともまた事実だ。
この無謀な計画に賛同する者は、誰一人としていなかった。
「原罪者は、我々を何のためらいも殺すような連中だ。インダルジェンスの村なんか作ったところで、我々はいつか住処を追われるぞ」
「第一、そんな土地があるんだったらさ? ウチらも今頃こんなジメジメした地下水路にこもってないじゃん?」
「ここには、日本中のほとんどのインダルジェンスが集められている。だが、村を作れるほどの広さの土地を知る者は一人もいないんだ」
――――これが現実だ。仮にそんな土地がまだ日本に残されていたとしても、彼らにはそれを探している時間などない。それでもなお、風音は声をあげることをやめようとはしなかった。
「もっとよく探せばあるかも知れねぇだろ! 人を殺して手に入れる安息なんて、何の価値もねぇ!」
今の彼女にできることはただ一つ――――感情に訴えることだけだ。無論、それでは反逆の会を説得することなどままならない。闇雲に己の考えを押し付けるだけでは、相手の考えは変わらない。
このままでは埒が明かないだろう。そこで彼女の前に現れたのは、反逆の会を率いる羽柴朱朔だった。
「あなたの言い分は悪魔の証明に他なりません……『まだ見つけていないだけ』などという理屈がまかり通るのであれば、ユニコーンや妖精なども実在していると主張出来ますよ」
「だ、だけど……」
「我々は『反逆の会』――――原罪者への復讐を目的とするテロ組織です。社会に敵とみなされたあなたを守れるものは、もはや文字通りの反社会的勢力だけだと言っても過言ではないでしょう」
結局、インダルジェンスの村を築く計画が採用されることはなかった。またしても言いくるめられた風音は押し黙り、肩を落としながら唇を噛みしめた。




