反逆の会
二人の目の前には今、地下神殿と名高い巨大な地下水路が広がっている。高い天井は遠くまで続き、大きな柱によって支えられている。この荘厳な光景を前にして、風音は息を呑んだ。階段を下りながら足下に目を遣れば、そこは大勢の人々で賑わっている。ここ最近ではバベルが猛威を振るっているが、誰一人として化学防護服らしきものをまとっていない。
風音は尋ねた。
「ここは一体……?」
今まで一人で戦ってきた彼女にとって、この光景はあまりにも奇妙なものだった。ここには彼女に銃を向ける者はいない。この地下水路に集まっている者たちは皆、風音を歓迎しているようだ。
訪問者を案内するのはありさの仕事だ。
「ここは……私たちが人間でいられる唯一の場所だ。朱朔さん……風音を連れてきましたよ」
何やら、彼女は何者かの依頼を受けていたらしい。その口からは、風音にとっても聞き覚えのある名前が出ている。大きな柱の陰から、一人の美男子が姿を現す。彼はどことなく知性を感じさせる出で立ちで、その容姿はまさに容姿端麗と呼ぶにふさわしい。
この男こそが、風音と最初に出会ったインダルジェンス――――羽柴朱朔である。
「ご苦労様です。またお会いしましたね――――風音さん」
ニヒルな微笑みを浮かべつつ、彼は二人の前まで詰め寄った。風音は彼を少しばかり警戒していたが、現状からわかることを冷静に分析した。
「……感染者であるオレが来たのに、誰も化け物になってねぇな。さしずめ、ここはインダルジェンスの避難所といったところか」
おおよそ正解だが、この場所は避難所と呼ぶにはあまりにも物騒である。首都圏外郭放水路に集まるインダルジェンスの目的は――――
「避難所と言っても、あながち間違いではありませんね。正確に言えば、ここは我々『反逆の会』の軍事基地です。インダルジェンスが迫害を受けている今、我々は軍事力を持たなければなりません」
――――クーデターを起こすことだ。彼はありさとともに風音を案内し、武器倉庫の前に立った。朱朔が増設された隠し扉を開けば、たくさんの銃火器がそこに保管されていることがわかる。それらがモデルガンではなく本物の銃であることは、風音にも何となく察しがついていた。その目にありさの銃さばきを焼き付けた彼女にとって、この武器倉庫が本物であることは十分信用に値する。
「道理で、ありさも軍隊を殺したわけだ」
風音はここに集まるインダルジェンスがどのような組織であるのかを理解し始めていた。眉間にしわを寄せつつ、彼女は武器倉庫の中を見渡している。彼女が武力行使に不満を抱いていることは、誰の目から見ても明らかだ。
しかし、軍事力を持たなければならないのはインダルジェンスの宿命だ。
風音も頭ではそれを理解していただろう。その一方で、彼女の心は理解を拒んでいるようにも見て取れた。そんな彼女を説得しようと試みたのは、彼女と同じ境遇を背負った女――――桐ヶ谷ありさだ。
「風音。これは戦争だと思った方が良い。インダルジェンスにあらざる者……私たちは彼らを『原罪者』と呼んで敵視している。無論、原罪者も私たちを殺すつもりでいることは間違いない」
誰かがそれを望んだわけではないが、戦わなければ生き残ることはできない。風音はやり場のない怒りをあらわにした。
「つまり、オレたちは人殺しにならねぇと生き残れねぇのかよ! 冗談じゃねぇ!」
「生きることに絶望した時はいつでも相談して欲しい。私は心中になら付き添うつもりだから」
「どうして……オレたちがこんな目に……」
まだ中学生の彼女にとって、この現実はあまりにも残酷だ。否、この状況下であれば、大の大人であっても正気ではいられなくなるだろう。
そんな中、朱朔は自分がインダルジェンスとして生まれたことを悪くは思っていなかった。
「それでも、化け物として死ぬよりははるかにましだと思いませんか。だからと言って、我々が譲歩する必要はありませんがね」
考えてみればその通りだ。あの化け物たちが元々原罪者であったことを鑑みれば、生存できる可能性に恵まれているのはインダルジェンスの方である。だが、彼らにも現状に不満を抱く権利くらいはあるだろう。インダルジェンスも原罪者も、等しく悪しき文明の被害者だ。




