偽りの姉妹
その日以来、ありさは何かとすぐに風音の前に現れるようになった。彼女が軍人を一掃する姿は、念力で敵の急所に傷をつける超能力者のようでもあった。もちろん、ありさには念力を使うことなどできない。一切の無駄のない洗練された動きで敵陣を崩していく彼女は、歴としたガンマンだ。
風音には一つ、気がかりなことがあった。彼女がそれを尋ねたのは、二人が最初に出会ってから四日が経過した後のことだ。
「アンタ、最近よく会うな。オレのことをつけているのか?」
度重なる苦難の中で、風音は知らず知らずのうちに他人を警戒するようになっていたのだろう。彼女は希望を愚直に信じる少女だが、それゆえに心に芯を持っている。最後に信じられるのは自分だけ――――それが彼女の信条だ。
ありさは少し寂しそうに微笑み、胸中を明かした。
「私は、風音を妹だと思っている」
「……はぁ?」
「元々、私は長女だった。だが、バベルに感染して化け物となった妹は自衛隊に射殺された。他の家族も全員同じ末路を辿り、私一人だけが生き残ったんだ」
バベルの感染が広がっている今、家族を殺されるインダルジェンス自体は決して珍しくはない。ただし彼女の場合、家族の死とともに残酷な真実が明らかにされている。インダルジェンスの遺伝子が優先遺伝であるのに対し、ありさは家族の中で唯一のインダルジェンスだったのだ。
風音が真実を察するのに、さほど時間はかからなかった。
「家族全員だと!? つまり、アンタは……」
「ああ。受け入れがたい事実だったが、インダルジェンスの秘密を知ったと同時に発覚した。私は桐ヶ谷家の義理の娘で、一切の血縁者との面識がなかったのだと。だが、私たちにはインダルジェンスの血が通っている。私たちは……家族なんだと思う」
そう――――ありさは天涯孤独の身だったのだ。
そんな彼女を気の毒に思いつつも、風音は言う。
「悪いな。オレにとっての家族は、もうとっくに死んだ家族だけだ」
無理もないことだ。家族を失ったからといって、その代替で妥協するくらいならば死を受け入れる方が幾分ましなはずだ。少なくとも風音にとってはそうだが、ありさにとっては違う。彼女は家族の命を奪われたのと同時に、今まで信じてきたことが偽りであると知らしめられたのだ。
ありさの気は確かだ。
「構うものか。私が風音を守りたい……ただそれだけのこと。私の妹は、ちょうど風音くらいの年だった」
その瞳に曇りはない。彼女が本心を語っていることは、誰の目から見ても明らかだ。しかし、風音にその思いを受け止める意志は毛頭ない。
「現実との落差に絶望する前にさっさと目ぇ覚ましちまいな。オレはアンタの妹の代わりにはなれねぇし、アンタの望むような人間にもなれねぇ」
「それでちょうどいい。私も、妹を守れるような姉ではなかった。不完全な姉が完全な妹を望んで良い道理はどこにもない」
「アンタは……何も悪くねぇだろうがよ……」
妹になる気は更々ない彼女だが、それでもありさに同情せざるを得ないようだ。ありさは妹を守ることができず、風音も親友を守ることができなかった――――両者ともに、インダルジェンスの宿命を背負う同志である。
二人は徐々に打ち解けてきたようだ。
「あの日、私の目は涙に濡れていた。だが、今の私は返り血に濡れている。今は敵の血で涙を洗い流し、銃声で孤独を紛らわしているんだ」
「なんというか……アンタの生き方は狂っちまった感じがするな」
「風音もいずれはそうなる。人権を奪われた者は、人の道を外れなければ生きていけないんだ」
「はは……思えば、オレもあれから変わっちまったな。家族や人権を失って狂っちまったのはお互い様か」
力なく項垂れつつ、風音は自嘲的な笑みを浮かべた。その傍らで、ありさは軍人の死骸から武器を集めている。おそらく、彼女は機関銃以外の銃火器も取り扱えるのだろう。手慣れた手つきで拾い上げた銃を手入れしつつ、彼女はある話を持ちかけた。
「ところで、話は変わるが、ここから少し離れた場所に、まだ軍隊に見つかっていない秘密基地がある。一人で活動するよりは遥かに安全だと思うが、私についてこないか?」
周りに頼れる大人のいない風音にとって、協力者がいた方がありがたいこともまた事実である。
「わかった。オレをそこまで案内してくれ」
彼女はありさと同行することにした。




