同胞
さっそく、青年は話を切り出した。
「インダルジェンスについて説明するにあたって、まずはバベルの正体を明らかにする必要があります。端的に言えば、あれは超古代文明の遺産です」
それが本当ならば、バベルの塔と名づけられたあの人工物は先史時代の産物ということになる。これまで地球外生命体の住むスペースコロニーだと信じられてきたものに関する新たな情報を前に、風音は驚きを隠しきれなかった。
「超古代文明だと!? じゃあ、どうしてそれが今更になって……」
「今の文明における宇宙開発が進んだからですよ。数年前の技術では、バベルの塔と呼ばれるあの宇宙基地に近づくことすら不可能でしたからね。あの要塞は地球を含めた様々な天体を監視し続け、外敵らしき侵入者の母星にバベルを送り込むようプログラムされているのです」
――――歴史とは得てして繰り返されるものなのか、はたまたこれは男の嘘なのか。
いずれにせよ、それがにわかに信じがたい話であることに違いはない。風音は半信半疑になりつつも、眼前の同胞にもっと耳を傾けてみることにした。
「進化しすぎた文明が、その前に滅んだ文明に追いついた……ってことか」
「ええ、その通りです。かつて、人々はバベルという細菌兵器を作り、それを戦争の道具として使っていきました。インダルジェンスが生み出されたのは、その直後です」
「生み出された……?」
「インダルジェンスの先祖は遺伝子操作によって作られました。その目的は、自陣に散布されたバベルを敵陣に運び、敵軍を返り討ちにすることです。こうしてバベルを巡った戦争は勢いを増し、超古代文明は滅びました」
これもまた突拍子もない話である。しかし、彼の言い分を真実と仮定すれば全ての辻褄が合うのもまた歴とした事実だ。風音と接触した由奈が化け物になったこともまた、インダルジェンスと呼ばれる個体が彼の言うような目的で生み出されたことの根拠にはなりうるだろう。
「つまり、オレたちは……インダルジェンスの子孫なのか……」
まだ十分な証拠が出尽くしていないことは、風音にとっても百も承知だ。されど、今の彼女が得られる情報は青年の口から語られることだけだ。
青年の口述はまだ続く。
「今の国家はインダルジェンスのことを隠蔽しています。それは秘密裏にインダルジェンスを根絶するためです」
「はぁ!? 何のためにだよ!」
「バベルに感染したインダルジェンスとそうでないインダルジェンスを見分ける手段がない以上、国家は全てのインダルジェンスを殺すしかありません。言うならば、我々は一般人の姿をした罠のようなものですから」
時をまたいだ壮大な超古代文明の話が終わるや否や、今度はきなくさい国家機密にまつわる話だ。それも、根も葉もない陰謀論や都市伝説を彷彿とさせるようなものである。風音は耳を疑いつつも、聞いた事柄を頭の中で整理しようとしていた。そして今、残る疑問はあと一つだ。
「けど、なんでオレたちのようなインダルジェンスの子孫が今でもまだ地球にいるんだよ……」
至極もっともな疑問である。バベルが戦争に使われていた当時、インダルジェンスはバベルの運び屋としての役割を担っていた。つまるところ、この時代こそがバベルの全盛期であり、インダルジェンスが最も危険視されていた時期でもあったのだ。そんな中で彼らが世界と共存することなど、まず不可能だろう。
男は質問に答えた。
「それは我々が優性遺伝子だからです。我々の先祖は、インダルジェンスの優性遺伝子とそうでない劣性遺伝子の両方を併せ持っていたそうですが、それでも彼らの間に生まれる命がインダルジェンスである確率はおおよそ四分の三ですよ」
「なんだよそれ……インダルジェンスは遺伝子レベルで特別優れているとでも言いたいのか?」
……風音は何か勘違いをしているようだ。
彼女の間の抜けた表情に呆れつつ、男は誤解を解こうと試みる。
「……あなたは優性遺伝という言葉の意味を理解していないようですね。メンデルの法則について説明しましょうか」
「いや、良い。難しい話を聞くと頭がパンクしそうになる」
この判断はある意味では愚かだが、ある意味では賢明だ。風音は無知で理解力に欠けているが、それを自覚出来ているらしい。
「そうですか、それは残念です。それはそうと、僕の話は信用していただけましたか」
青年はため息をつき、肩をすくめながらそう言った。




