第9話
クビを言い渡されてから一週間。
私は湿気のこもったアパートの部屋で、文字通り「堕落」した生活を送っていた。
何が悪かったんだろう。
私はただ、見えたままの事実を口にしただけなのに。
「……あーあ。お姉ちゃんの家、帰ろうかな」
2ちゃんねるのスレをぼんやり眺めながら、
そんな甘えた考えが頭をよぎった時――
携帯電話が鳴った。
画面には、占いの館の支配人の名前。
嫌な予感しかしない。
「今すぐ来なさい。君に“命の恩人”だって言っているお客さんが来ているわ」
命の恩人?
わけもわからないまま店へ向かうと、そこには――
あの日、私が「三年後に癌で死ぬ」と告げた、あの若い男性がいた。
彼は深々と頭を下げ、豪華な菓子折りを差し出してきた。
「……本当に、ありがとうございました。
あの日、君に言われたことがどうしても気になって、すぐに精密検査を受けたんです。
そしたら、初期の癌が見つかりました。
昨日、無事に手術が終わって……転移もないそうです。
君は、僕の命の恩人だ」
私は呆然とした。
私の“予言”は外れた。
いや――外したのだ。
彼が死ぬはずだった運命のレールを、
私が強引に捻じ曲げた。
支配人は手のひらを返したように言った。
「接客を勉強し直すなら、またここで働いてもいいわよ。まずは雑用からね」
私は二つ返事で承諾し、再び掃除用具を握った。
……けれど、本当のパニックはその直後に訪れた。
休憩室のテレビ。
そこに映っていたのは――
華やかなスポットライトを浴びる、あの彼の姿だった。
端正な顔立ち。
軽快なトーク。
観客席から飛ぶ黄色い声援。
(あ……思い出した)
私の脳内にある「1999年時点の未来」が再生される。
彼は、日本中を熱狂させる伝説的なトップアイドル。
そして数年後、若くして病死し、
そのショックで後追い自殺するファンが続出する――悲劇のスター。
(やばい……身バレする……っ!)
◇
数日後。
彼は再び、私を指名して店に現れた。
「先日はどうも。……君に、また占ってもらいたくて」
「待って! お願いだから、私のことはテレビとかで言わないでね!?」
私の悲鳴のような訴えに、彼は驚いたように目を丸くした。
「え……あ、ごめん。この間の収録で、少し話しちゃった。まだ放送前だけど」
「嘘でしょ!? だめ、絶対にだめ!
カットして、何とかして! 私は目立っちゃいけないの!」
パニックになる私を見て、彼は苦笑した。
「……わかった。ディレクターに連絡して、何とか編集してもらうよ。
それで――僕の“これから”はどうなってる?」
私は、彼の隣に浮かぶウィンドウを見つめた。
けれど、そこにはもう、以前のような鮮明な映像はなかった。
「……ごめんなさい。
私に見えるのは、あくまで『1999年7月時点』の未来なの。
あの日の予言で、あなたの運命は“確定したルート”から外れてしまった。だから……」
私は唇を噛む。
「今のあなたの先は、私にも見えない。
死ぬはずだった三年後、その先の未来は……まだ、どこにも書かれていないから」
彼は驚いたように私を見つめ、
やがて、ふっと優しく微笑んだ。
「……そっか。
未来が真っ白なんて、最高に贅沢だね」
「……」
「ディレクターと話がついたら報告したいから、連絡先、教えてくれないかな」
断る理由も思いつかず、私は彼と電話番号を交換した。
翌日。
「占いの部分は全カットになったよ、安心して」
というメールが届いた時、私はようやく深く息を吐き出した。
書き換わった運命。
それは、アンゴルモアの王として、私がこの世界に下した初めての“叛逆”だった。




