第15話
母さんとの再会を経て、私は一つの区切りをつけた。
「20歳までは、一緒。……いいわね?」
半分命令のような母さんの願いを、私は素直に受け入れた。
東京での生活を畳み、アパートの掃除を済ませ、結お姉ちゃんと共に戻ってきた――その日。
アパートの前で、支配人が待ち構えていた。
「絢ちゃん! 大変よ、占いの館がえらいことになってるわ! 早くこの車に乗って!」
その顔には、見たこともない焦燥が張り付いていた。
私は疑いもせず、車に飛び乗った。
……だが、車は占いの館とは真逆の方向へ進んでいく。
「……あの、支配人。ここ、どこですか?」
返事はない。
冷たい沈黙のまま、車は都心を離れ、やがて山奥の廃屋へと辿り着いた。
私は無造作に椅子へ縛り付けられた。
「……次のロト6の当たりを教えろ。未来が見えるんだろ? さっさと吐け!」
支配人の目は、欲望で濁りきっていた。
ハジメのラジオを聞き、私なら「確実に億を掴ませてくれる」と確信したのだ。
私は恐怖に震え、涙を流しながら、ウィンドウに映る数字を口にした。
◇
「……絢が、いない?」
母さんからの電話で異変を察知した結お姉ちゃんは、すぐさまアパートへ向かった。
大家さんに鍵を開けてもらうと、部屋は空。
退去の挨拶に来るはずの絢の姿を、大家さんは一度も見ていないという。
占いの館へ走ると、支配人もあの日から姿を消していた。
「……黒だわ。完全に、あの女がやったんだわ」
結お姉ちゃんはすぐにハジメへ連絡した。
ハジメは自分の失態に唇を噛みながら、即座に動いた。
「……絢に辿り着けるのは、支配人だけだ。
僕が救われた理由を知っている数少ない人間。
あいつが狙うのは、手っ取り早い大金だ」
ハジメは警察と銀行、そして自分のコネクションを総動員して網を張った。
「ロトの換金に来る……。
警察には伏せさせて、銀行で直接取り押さえる」
◇
そして、当選発表の翌日。
欲望に目が眩んだ支配人は、一億を超える配当を受け取りに、ノコノコと銀行に現れた。
そこで待ち構えていたのは、ハジメと警察の群れだった。
その日の夜。
山奥の小屋で衰弱していた私は無事に発見され、事件は幕を閉じた。
◇
けれど、この事件により、私の素性は一部の報道機関に漏れてしまった。
「未来を視る少女」の噂が、再び闇の中で蠢き始める。
ハジメは、再びマイクの前に座った。
これが、彼が“予言者”に贈る、最後で最強の守護だった。
「――皆さんにお知らせがあります。
先日、未来が見える女の子が誘拐される事件が起きました。
犯人は捕まりましたが、彼女の特定は進んでしまいました。
だから、僕は決めました。世界を、変えます」
ハジメの声は、冷徹なまでの決意に満ちていた。
「未来は、簡単に変えられます。
ロトなら、発表の予行演習を一回挟むだけで数字は変わる。
競馬や競艇なら、開始時間を一分ずらすだけで、風も、波も、騎手の心理も変わる」
そして、全世界に向けて宣言した。
「今日から、僕はあらゆるイベントの『予定』を微調整し続けます。
彼女の見える未来が、二度と当たらないように。
彼女の力が、誰にも利用価値のないゴミになるまで。
……彼女の予言が当たるのは、もう地震や噴火などの天災だけです。
人間にまつわる未来は、すべて僕がデタラメに書き換えます」
――自由。
それは、的中率100%の予言者を、
「ただの15歳の女の子」に戻すための、残酷で優しい叛逆だった。
私はテレビの画面越しに、
ハジメが世界という名のキャンバスをメチャクチャに塗りつぶしていくのを見ていた。
ウィンドウに映る「確定した記録」が、激しくノイズを立てて崩れていく。
私の瞳から、ようやく――
あの忌まわしい「正解」が消え去ろうとしていた。




