第12話
「なんで出ないのよ……!」
何度リダイアルしても、ハジメの携帯は繋がらない。
虚しく響くコール音が、焦燥を怒りへと変えていく。
もし、私の知る未来がすべてデタラメに書き換えられてしまったら?
私は何のために、母さんを捨ててまで一人で生きているの?
足元が崩れるような不安に耐えきれず、私は結お姉ちゃんに電話をかけた。
「……絢? とりあえず、うちに来なさい」
◇
結お姉ちゃんのアパートに着くと、
優しい匂いのビーフシチューがテーブルに置かれていた。
私は泣き出しそうな顔で、今日起きたこと――
黒いウィンドウの女性のこと、ハジメのこと――
支離滅裂に話し続けた。
その時、携帯が震えた。
ハジメからだ。
「ごめん、仕事中だった。珍しいね、君から電話なんて。どうしたの?」
「ハジメ! あんた、なんてことしてくれたのよ!」
「……は?」
私の怒鳴り声に驚くハジメ。
見かねた結お姉ちゃんが、私の手から携帯を奪い取った。
「もしもし、ハジメさん? 初めまして。絢の友人の結と言います。
……ええ、今この子、パニックで訳のわからないこと言ってますよね。
一度、ちゃんとお会いして話せませんか?」
結お姉ちゃんの落ち着いた交渉で、
私たちは近くのレストランでハジメと会うことになった。
◇
レストランに到着したものの、
私は先ほど食べたビーフシチューでお腹がいっぱいだった。
ミルクティーの湯気を睨みつける私をよそに、
結お姉ちゃんは優雅にケーキセットを頼んでいる。
(これから運命を賭けた大喧嘩をしようって時に……何なのこの空気)
拍子抜けしていると、変装したハジメが足早にやってきた。
結お姉ちゃんが、静かに、けれど強く口を開く。
「はじめまして、私が絢の友だちの結と言います、
今回は絢がどうしても納得出来ないことがあるみたいで、
私は絢の味方、絢の味方だからこそ、
絢とあなたは話し合必要があると思ったの忙しいのを承知でお願いしたの。
彼女の話を聞いてあげて」
促され、私はハジメの目を見て、自分の“スペック”から話し始めた。
人を見ると、その人の未来を記したウィンドウが見えること。
私の知る「1999年の記録」のこと。
「今日、初めて私以外の黒いウインドウを持った人が現れたの、
それは、私の知る未来では既に死んでる人なの、
死んでるから何も映らなくて黒いウインドウになるの
ハジメの人生相談を受けて死ななかつたの」
「……そうか。良かった!」
ハジメが心底嬉しそうに顔をほころばせる。
その笑顔が、今の私には何より眩しく、そして残酷だった。
「良くない! 全然良くないのよ!」
私はテーブルを叩いて立ち上がった。
「あなたがテレビやラジオで発する一言、
何気ない行動ひとつで、相手が不幸になっちゃうんだよ、
あなたが誰かの命を救う事で、別の誰かが不幸なることだってあるんだよ」
脳裏に浮かぶ。
あの日見た「私がいない世界」で、幸せそうに微笑む母さんの姿。
「未来は、変えちゃいけないの。変えるべきじゃない。
……私の知る未来で、私の友達や、大好きだったお母さんは、
私がいないことで最高に幸せな人生を送る。
……だから、私は家出した。
愛してる人たちの未来を汚さないために、私は一人で死んだことにして生きてるの!」
込み上げてきた涙が、頬を伝ってミルクティーの中に落ちた。
「ねえ、ハジメ。お願い。
これ以上、勝手なことしないで。
私の守ってきた『正しい世界』を、壊さないでよ……」
ハジメは、かける言葉を失ったように、
ただ泣きじゃくる私の姿を見つめていた。




