第21話 告白
時刻は十八時を過ぎ、辺りが茜色に変わる頃。
水族館を出た俺たちは、海鮮料理で有名なレストランにやってきた。
店内は巨大な水槽があり、色とりどりな熱帯魚が優雅に泳いでいた。
「ここのカニピラフが絶品らしいっすよ」
「へえ~、ピラフなら私も得意だけどね!」
「澪さんの冷凍ピラフと一緒にされたらお店もたまったもんじゃないっすね。つうか、どの口が冷食チンしただけで得意なんて言えるんすか」
「湊くんは分かってないなあ~。ちゃんとチンした後に蒸らさないと駄目なんだよ。でないとムラが出るからね」
俺は「はいはい」と適当に聞き流した。まあ、本物のピラフを食べたらその言葉も変わるだろう。
注文を終え、俺たちは横に長い巨大な水槽を眺めた。青白い光が澪さんの横顔を照らしている。
行き場をなくしてうずくまっていた俺が、今はこうして彼女と笑い合って、高いレストランで料理を待っている。なんだか出来過ぎた夢の中にいるみたいで、少しだけ胸が苦しくなった。
「ここのお店も水族館みたいだね。ふふ、綺麗な熱帯魚がいっぱいね……ってどうしたの湊くん? なんだか目が赤いよ?」
「ああいや、疲れ目っす。いやホントすごいっすよね、この店の水槽。海が近いだけあって、こだわりも相当なもんでしょ」
「ね~! 水族館に行かなくても、ここで良かったかもね!」
「えー……今そんなこと言います……?」
さすが澪さん。しっかりと俺をがっかりさせてくれる。
程なくしてウェイトレスが「おまたせしました~カニピラフです」とテーブルに湯気の立ち上る皿を添えた。
見た目からして普通ではない。蟹爪が添えられていて、ピラフの中にも本物の蟹の肉がふんだんに入っている。冷食のカニピラフとは一線を画すのは明らかだ。立ち上るカニ独特の塩っ気のある甘い香りに思わず喉が鳴る。
値段は相場よりも高いが、見た目からして十分期待ができる。
「さすがっすね……なんだか緊張するなあ……」
「うん……ちょっとこれ、すごいね……」
スプーンに掬い、口に運ぶ。
豊かな海の幸の香りが鼻腔を抜ける。カニの濃厚な旨味が口の中で踊るようだ。ピラフもベチャッとした感じが全くない。完璧な仕上がりに思わず唸ってしまう。
冷凍食品も悪くない。けれど、これは「食事」というより「体験」だ。
それは澪さんも同じなようで、なんだか顔が赤くなっている。
「私、いったい何を比べて『得意』なんて言っちゃったんだろ……」
「あはは、やっぱ美味しいものって経験ですよね。食べて初めてわかることは多いっすよ」
俺たちはひたすら感動しながらピラフを堪能した。
あまりの感動に澪さんはテイクアウトまで頼んでいた。
「ふふ、このピラフを肴に一杯やったら幸せになれるよね~」
「またそうやって飲むことばかり考えて……」
相変わらずだなと苦笑しつつも、連れてこれて良かったという満足感を得られた。
その後、店を出てから海沿いを走る。車を堤防の突端に駐車して表に出た。
深く吸い込まれそうな海の水面が月に照らされ、まっすぐに光の筋が浮かんでいる。
空には巨大な満月が俺と澪さんを照らしていた。月明かりを身に纏う澪さんはとても儚そうで幻想的な美しさだった。
――浮き世離れしてるな。なんて思ってしまった。
「澪さん、月が綺麗っす」
「だね~」
――被せるような澪さんの一言。思ってたんと違う。
「満月がすっごい綺麗っすよ」
「ホントだね~」
「……澪さん、好きっす。俺と付き合ってください」
「ええええ~~!?」
埒が明かないってこういうことなのだろう。ロマンティックな言い回しだと思っていたが、万人に通用するものではないことを認識した。それと同時に直接的に告白したものの、澪さんが固まってしまった。やはり焦りすぎただろうか……。
「えっと……澪さん? やっぱ俺なんかじゃ嫌っすか……そうっすよね……?」
澪さんはそう言う俺をジッと見つめた。
「わ、私……てっきり、もう付き合ってるって思っちゃってたの……湊くんとほら、エッチしたじゃない? あれでもう……」
「あ、え? いや、そうっすよね。そんな軽くエッチなんて、澪さんがするわけないっすよね! 何言ってんだろう俺……あはは……」
澪さんが更に俺をマジマジと見つめる。その鋭い眼差しに思わず視線を泳がせた。
「もうひとこえ……」
「え?」
「もうひとこえ!!」
彼女の要求の意味を理解した瞬間、心臓が早鐘を打った。
付き合うとか、そういう段階はとっくに終わっていたのだ。
俺は覚悟を決め、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「え……あ……その、結婚……? して……ください?」
「合格!」
弾けるような笑顔で、澪さんが俺に抱きついてきた。
身長差的に彼女の胸に沈められる格好になるのは少々不格好だが、それも今はどうでもよかった。
「つうか、澪さん、俺なんかでいいんすか? こんなプー太郎みたいな俺でも……」
「馬鹿……湊くん以外に私の相手なんて絶対務まらないんだから。嬉しいの。この奇跡みたいな巡り合わせがとっても嬉しいの」
「はは、確かに奇跡っすね……あんなことでもなけりゃ、俺たちに接点なんてなかったんだし」
就職先がわずか一週間で倒産。失意のどん底で偶然雨宿りをした場所が喫茶サウダージだった。
「おじいちゃんかなあ……私のこと心配しておじいちゃんが巡り合わせてくれたのかな」
「はは、だとしたらかなり強引なおじいさんですね」
「ふふ、そんなところあったからね! 嬉しいなあ……こんな好みのど真ん中みたいな子が私のこと好きになってくれるなんて」
澪さんが身をかがめて俺の唇にそっと口づけを落とした。柔らかい感触と澪さんの柑橘のような香りが潮風と混じり合って、より一層特別な感じがした。
「……でも、これから大変っすよ。お店の再建だって道半ばなんだし」
「お店は湊くんの好きにやっていいよ。何だったら建て替えてもいいし。お金なんていくらでもあるんだから!」
「はあ? いや、そんなの駄目っしょ。つうかそんな話、きいてないっすよ?」
「だって言ってなかったもの」
澪さんは悪びれもせずに俺の顔を見てニマっとする。
「これ、私のポートフォリオ」
そう言って澪さんはスマホを開き、俺に見せた。
画面には桁数がバグってる数字が並んでいた。
「え……? は……? まじ?」
「まじ。元々資産運用は趣味だったんだけどね。おじいちゃんの遺産が入ったときに自暴自棄になってて、ハイリスク運用してたことがあってね……」
「うわあ怖い怖い! もう絶対やっちゃだめっすよ!」
「うん。もうしない。このお金は大事に使うよ。これからの二人のためにね!」
そう言って俺を抱えてくるくると回る澪さん。
見た目の細さのわりに、相変わらずのものすごい力だった。
きっとこんな感じでこの先も振り回されるんだろうな。
そうされるのも悪くない。むしろ、この笑顔を一番近くで見守れるなら本望だ。
俺は一生をかけてこの人を幸せにする。
美しい満月と、穏やかな海。そして何より愛しい彼女を前に、俺はそう心に誓った。




