第22話 最終回 これからの夢
澪さんにプロポーズをしてから一年が過ぎた。
「ほーらよちよち、渚ちゃん、ミルクでちゅよ~」
そう言ってうちの子にミルクを飲ませる美冬の顔はすっかり蕩けきっている。
「ありがとな~美冬。ホント助かるよ」
「ニシシ、こんな可愛い子ちゃんのお世話なんてお金払ってでもやりたいよね~」
そう言って美冬は渚の頬に遠慮なくキスを落とした。
「美冬がそんなに赤ん坊が好きだなんて思わなかったなあ。もっと面倒くさがると思ってたけど」
「あーしだって知らなかったよ! やっぱ身近にできると考えも変わるね! どう? 今夜辺り、あーしに子種仕込む?」
そう言って彼女はニヤニヤッと笑い、下腹をポンと叩いた。
「美冬は本当に下品だなあ。そんなんじゃ結婚できないぞ?」
俺の言葉に「うっせ、ばーか!」とローキックを放つ。マジ蹴りをする辺り、痛いところを突かれたんだろう。おーいたた。
「美冬ちゃん。私の目の前で寝取り相談?」
気づけばいつの間にか気配を消して俺たちの横にいた澪さん。
「あーいや、冗談ですよ! あ~……渚ちゃん取り上げないで~」
しどろもどろな美冬から渚を取り戻し、よしよしとあやす澪さん。その表情は慈愛に満ちていて、母親の優しさを感じさせた。
「ふふ、美冬ちゃんにはお世話になってるものね。子種ぐらいなら分けてあげたら?」
澪さんの爆弾発言に、俺と美冬は目を合わせて思いっきり吹いた。
「なにいってるんですか! 澪さん! 冗談ですよほんとに!」
「そうっすよ。だいたい美冬じゃ立つもんも立たないってイタタタ!!」
美冬に思いっきり足を踏まれた。マジ痛い……。
「ふふ、仲が良いわね二人とも。――でも美冬ちゃんには悪いとは思ってるのよ?」
澪さんは美冬の気持ちにはとっくに気づいていたそうだ。
だからこそ、搦め手で俺を籠絡させた後ろめたさを感じているそうな。
気にする必要など全くないと俺は言ったが、実は水族館に行ったときには彼女のお腹にはすでに渚が宿っていた。
帰って早々発覚し、婚姻届を出そうという話になった。
そして保証人が必要だということも知った。お互い天涯孤独の身であり、適当な人がいなかったので美冬のご両親にお願いをすることにした。ご両親は快諾してくれたものの、案の定美冬は暫くの間、俺への当たりが強くなった。
「湊なんてもう口もききたくないって思ったけどね~。結婚前にふしだらだって思ったけど……こんな可愛い渚ちゃん見たらさ、やっぱそういうのも大事だなって思えたね」
「それで子種をよこせってか。考えが極端すぎるだろ」
「うっせ! 冗談だっつってんだろ!」
美冬は顔を赤らめて、また俺を蹴った。
あれからお店も順調に売上が伸びた。その要因がパンケーキだ。チョコペンで描かれる澪さんの巧みなイラストがやたらと受けたのだった。
バイトも何人か雇い始めた。可愛い女子高生が来てくれたので、それを目当てとする男性客もちらほらと。
「なんだか順風満帆だねえ」
「そうね~。これっていうのも湊くんと美冬ちゃんのおかげね。本当に感謝してるわ」
「あーしがしたことなんて、店のお菓子と渚ちゃんのお世話ぐらいだし。そんな大したことしてないし」
「いや、ホント感謝してるってば。澪さんが入院してる間、ずっと渚の面倒見てくれたしな……」
澪さんは難産で、出産後も一ヶ月近く入院していた。
その間は美冬が懸命に店の手伝いと渚の育児を賄ってくれた。
俺は彼女の献身さに甘えてばかりで、この恩はどう返せば良いのか想像がつかなかった。
「あーしが好きでやってたことだし、渚ちゃんのお世話なんてご褒美だと思ったね。生まれてすぐに離れ離れになっちゃった澪さんがほんとに気の毒だったよ……」
赤ん坊の成長は本当に早かった。澪さんが退院したときには渚は倍近くの大きさになっていたのだから。
澪さんは嬉しさと切なさで涙が止まらなかった。
「ありがとう美冬ちゃん。私のことを思って、何度も渚を連れて病院に来てくれたこと。私は一生忘れないわ」
美冬は照れを隠すように頬をかいた。この二人の間にも固い絆がいつしか生まれていたようだった。
「ねえ湊、お店は順調になったんだからさ、これから先は何か目標とかないの?」
「ん。まったく考えがないわけでもない。澪さんとも話ししてたんだ。――美冬に一つ相談なんだけどさ、新店の店長やってみない?」
「へ? そんなまたいきなり……」
「ふふ……“洋菓子シュシュ”の隣の空き地、売りに出てただろ。そこでだな……」
俺と澪さんは、この店の順調な売上だけに満足することなく、さらなる事業拡大を目論見、日々研究を重ねていたのだ。
「へえ~、面白そうだね! あーしもノッた!」
「ふふ、そうこなくっちゃ! お店のマスコットキャラも考えてあるのよね~」
こうして俺たち三人は思い思いに夢を語りあった。
尽きることのない大人の話に、渚は呆れたようにすやすやと眠りについた。その安らかな寝顔を見るたびに俺は幸せになれる。いつまでもずっと守り抜こう。そう願ってやまなかった。
完




