第9話:アリの証言と変わる視線
対岸に渡った後、セリアはしばらくの間、何も話さなかった。だが、その日から、彼女の態度は明らかに変わった。俺を「護衛対象」ではなく、「未知の観測対象」として見るようになったのだ。
「あなたのその『ゴミスキル』とやらは、今までどんなものがあったの?」
「そのスキルは、こういう状況では使えないの?」
俺は彼女の質問に答えながら、これまでに集めたしょうもないスキルの数々を語って聞かせた。彼女は呆れたり、眉をひそめたりしながらも、一つ一つを記憶するかのように熱心に聞いていた。
そして旅を始めて一週間。俺たちはついに、目的地の麓に到着した。
目の前に広がるのは、息を呑むほど静かで、不気味な森。木々はどれも同じような形にねじくれ、昼間だというのに薄暗く、鳥や虫の声一つ聞こえない。ここが【不帰の森】。
森の入り口付近で、俺たちは一つの野営跡を発見した。数ヶ月前に消息を絶ったという王国の騎士団のものだろう。テントは張られたままで、鍋には食べかけのシチューが残っている。だが、そこに人の姿はどこにもなかった。
「…おかしい。争った形跡も、魔物に襲われた痕跡もない。まるで、全員が忽然と姿を消したかのようだわ」
セリアの言う通り、状況はあまりにも不自然だった。俺は、この異様な静けさに言い知れぬ悪寒を感じ、【マインドエコー】を試してみることにした。対象は、地面を這う、アリの群れだ。
脳内に、断片的なイメージがいくつも流れ込んでくる。
『…イイ匂イ…』
『…アッチ…キレイな光…』
『…眠イ…眠クナル…』
それは、恐怖や苦痛の感情ではなかった。むしろ、心地よさ、抗いがたい誘惑。
「…セリアさん。この人たちは、何かに襲われたんじゃない」
「じゃあ、どうやって消えたというの?」
「分かりません。でも、彼らは…たぶん、自分から森の奥へ歩いて行ったんだと思います。何か、とても心地よいものに誘われて、夢遊病者のように…」
俺の言葉には、何の根拠もない。ただ、アリの思考を翻訳しただけだ。だが、セリアは俺の言葉を否定しなかった。彼女は俺の目を見つめ、そして、不気味に静まり返った森の奥を睨みつけた。
「…あなたのその『眼』、信じることにするわ」
彼女は静かにそう言うと、剣を鞘からゆっくりと引き抜いた。
「行きましょう。何が待ち受けていようと、進むしかない」
その声には、もう俺への侮りはなかった。対等なパートナーとして、未知の脅威に立ち向かう。一人のAランク冒険者としての、覚悟がにじんでいた。




