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第10話:甘い誘惑と世界一臭い盾

【不帰の森】へと足を踏み入れた途端、空気が変わった。外の世界の音が、まるで分厚い壁に遮られたかのように完全に消え失せる。そこにあるのは、耳が痛くなるほどの絶対的な静寂だけだった。


どれくらい歩いただろうか。どこからともなく、ふわり、と甘い香りが漂ってきた。脳がとろけるほど芳醇な香りを吸い込み、全身の力が抜けていく。心の奥底から湧き上がってくる、多幸感。


(…あぁ、こっちだ…こっちに来れば、もっと幸せになれる…)


自然と、足が香りのする方へと向く。セリアを見ると、彼女も同じだった。うっとりとした表情で、森の奥へと誘われるように歩き始めている。


まずい。これが、騎士団を消したものの正体だ! 俺は最後の理性を振り絞り、歯を食いしばるが、香りは脳に直接作用し、思考そのものを麻痺させていく。


「セリアさん! 罠だ! 意識をしっかり!」

俺は叫ぶが、彼女にはもう届いていない。万事休すか。そう思った、その瞬間。


「本日もスキルガチャの時間でーす!」


頭の中に、今ほど頼もしく聞こえたことのない電子音が響き渡った。頼む! 何でもいい! この状況を打破できるスキルを…!


【半径5メートル内の匂いを1分間だけ、古びた蒸れた靴下の匂いに強制変換する】


「……最悪で、最高だッ!!」


俺は躊躇なく、スキルを発動した。次の瞬間、世界から甘い香りが消え、代わりに、この世の終わりを告げるかのような激烈な悪臭が鼻を突き刺した。


「うぐっ…!? げほっ、おえぇっ!」


甘い夢の世界から、現実の地獄へと叩き落されたセリアが、その場に膝から崩れ落ち、激しく咳き込む。俺も涙目で鼻を覆うが、この悪臭のおかげで、脳を麻痺させていた多幸感は完全に吹き飛んでいた。


「…はぁっ…はぁっ…今のは…何…?」

息も絶え絶えに、セリアが俺を見る。

「俺の、今日のスキルです。どうです? 目が覚めたでしょう?」

「目が覚めるどころか、鼻が腐り落ちるわ…!」


悪態をつきながらも、彼女は俺のスキルが自分たちの命を救ったことを理解していた。

「…あなたの『ゴミ』に、また命を拾わされたわね」


彼女はそう言うと、今度は俺の隣に並んで、剣を構えた。その立ち位置は、もう俺を「守られるべき素人」ではなく、「背中を預けるに足る相棒」と認めた証だった。


「行きましょう、ヒロト。このふざけた森の謎を、解き明かしに」


呼び方が、変わった。俺たちは、偽りの楽園の香りが満ちる森の奥へと、今度こそ覚悟を決めて足を踏み出した。

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