第5話:ハエの思考とギルドマスター
夕暮れの冒険者ギルド。俺はカウンターに、ゴブリンの耳が入った袋をドンと置いた。
「依頼完了です。あと、新ダンジョンの発見報告も」
「え? 新ダンジョン?」
受付のエリスさんが怪訝な顔をする。俺は何も言わず、懐からスキルで磨き上げた鏡面の石を取り出した。
「これ、例の洞窟の奥にあった隠し通路の壁の一部です」
エリスさんはその石を手に取り、絶句した。ギルドの魔道具師でも、ただの石をここまで完璧な鏡面に加工することは不可能だ。その異常な輝きに、周りで飲んでいた冒険者たちも気づき、ざわめき始める。
その沈黙を破ったのは、Bランク冒険者、「鉄拳のガレス」だった。
「馬鹿馬鹿しい! こいつが新ダンジョンだと? こんなゴミスキルしか持ってない最弱野郎が、俺たちベテランが見つけられなかったものを発見できるわけがないだろうが!」
ガレスはそう吐き捨て、俺の胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄ってきた。俺は冷静に、目の前のガレスに向けて【マインドエコー】を発動した。…当然、何も読み取れない。彼は俺よりも「格上」だ。だが、その事実が、逆に俺の口角を吊り上げた。
その時、ブゥン、と一匹のハエがガレスの頭の周りを飛び始めた。俺はターゲットをハエに切り替える。
【対象:ツノテカりバエ 戦闘力:0】
『ウヒョー!コイツ汗くせぇ!でも塩分サイコー!』
俺は掴みかかろうとするガレスの手をひらりとかわし、彼の耳元でささやいた。
「それよりガレスさん。そのハエ、どうにかした方がいいんじゃないですか? あなたの汗の塩分が、よほどお気に入りのようですけど」
「―――!?」
ガレスの動きが、ピタリと止まった。彼の顔から血の気が引き、俺の顔を幽霊でも見るかのような目で見つめている。俺は戦闘スキルを何一つ使っていない。ただ、ハエの思考を読み上げただけ。それだけで、Bランクのベテラン冒険者を完全に沈黙させたのだ。
「そこまでだ」
その時、ギルドの奥から、低く、しかし有無を言わせぬ威厳に満ちた声が響いた。声の主は、この街のギルドマスター、バロルドその人だった。
「小僧。お前、名は?」
「相川ヒロトです」
「ヒロト、か。面白いモノを見つけたな。…奥へ来い。詳しく話を聞かせてもらう」
バロルドはそれだけ言うと、踵を返した。俺は呆然とする冒険者たちを尻目に、ギルドマスターの背中を追って奥の執務室へと足を踏み入れた。




