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まだあの男はいた。展示室を出た知世が偶然、併設されたカフェのテラス席で呑気に新聞を広げている先ほどの男を目撃した。すぐさま成沢へ告げると、警部は美術家ら二人を再び三階に退避させるよう、館長に指示した。
「職務質問しますか」知世が耳打ちすると、警部は「いや」と言い、カフェのレジへと向かった。そして、ホットコーヒー二杯を載せたトレーを受け取ると、そのまま静かにテラス席へと歩いていった。
「少しご一緒して構いませんか」成沢は男がついていた席の向かいの椅子を引いた。男は若干驚いた様子で顔を上げたが、逃げることはせず、むしろ「どうぞ」と、落ち着いた様子で答えた。
成沢は自分の席とその隣にそれぞれコーヒーを置いた。それを見て知世も、「失礼します。いただきます」と十分な礼節をもって着席した。
「お見受けしたところ」最初に口火を切ったのは男の方だった。「あなたがたは警察関係者のようですね」
「さようです」成沢は相手の指摘を素直に受け入れ、最初館長にしたように、自分たちの身分を伝えた。すると男は新聞を閉じ、知世が意外に感じるほど率先して語り出した。
「私は山喜隆三と申します。隣の県で鋳造技士をしております。溶かした金属を鋳型に流し込み、せっせと家庭用器具を作るという、いわば裏方仕事ですな」
「ということは」と成沢。「鎧塚さんの作品制作にも関わったことがおありでしょうか」
「いえ、鎧塚氏と面識は一切ありません。彼女の活動に関わったこともほとんどございません」
「ほとんど、と言いますと」成沢が訊いた。知世も聞きながら、この「ほとんど」という言葉に何か引っかかるものを感じた。
山喜はここで一旦、言いよどむ様子を見せた。それから腹を決めたようにすると、再び口を動かした。




