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天国へ贈るコイン  作者: 西松清一郎
20/38

2-12

「こちらは」部屋の中央にいた館長が、手招きの代わりのように声をかけた。そこでは、今回のメインと一目でわかる大規模な作品が、天井から床すれすれにまで垂れ下がっている。「この一年の先生の集大成と言えるでしょう」


 成沢と並んで知世もそれに近づいてみる。タイトルは「一瞬でも居てくれた君へ」。

 何本ものぶら下げられたワイヤーに、何だろう、知世は目を凝らして一つ一つを観察していった。


 貨幣?コインだ。


 ワイヤーの一本一本に、一見無秩序に見える間隔で、色とりどりのコインがくくりつけてある。そして芸術家が意図したものだろう、視点をずらさずにいると、錯視効果によってそれらが一群となって、ゆっくりと上昇していくように見える。


「巡査、こっちにも来てみるといい」成沢が後方から言い、知世は振り返った。

 警部は数メートル離れた位置からそれを見上げていた。言われて知世も足裏を滑らすように移動し、改めて作品を眺めた。

「顔、ですね」知世はそう感想を述べた。


 コインは錯視効果を出すためだけに配置されているのではなかった。離れた位置から見ると、輪郭ははっきりとしないが、確かに、何かを訴えるように見つめてくる男の子の顔が浮かび上がるのだった。


「すごい」知世はその日美術館に来て初めて、感嘆の声をあげた。

「先生はお体を悪くされる前」館長が解説のように言った。「旦那様も亡くしまして。もうその頃には達観に近い心境だったのでございましょう、徐々に明るさを取り戻していった先生は」


「何度見ても素敵ですね」

 知世が見ると、いつの間にか、車椅子を押されながら鎧塚千鶴子もそこへ来ていた。言ったのは介護士の中尾で、美術家の顔を覗きながら、ひな鳥を手ですくうような面持ちでいる。


 一方美術家は、知世がその感情を読めないような、およそ捉えどころのない表情をしていた。その目は周囲の人々はおろか、作品さえも見ていなかった。作品のさらに向こう側にある、何か神秘的な存在に念を送っている、少なくとも知世にはそのように思えた。

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