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「彼女の本格的な作品制作に関わったことは、本当に一度もないのです。つまり、美術館に展示されるような作品ですな。そういった物の制作依頼を受けたことは一切ないのです。ただ、一年ほど前でしょうか。鎧塚氏から一件、奇妙な仕事を受注しまして」
「ほお」成沢が一言相づちを打つ。
「私は本業の傍ら、クラウドソーシングで個人的に鋳物作成の仕事を募っております。と言っても、せいぜい小遣い稼ぎのようなものです。ちょっとした置き物などの制作依頼をネット上で受けて、空いた時間にこそこそと取りかかるわけです」
「ご自宅にそういった設備を持ってらっしゃる」成沢が尋ねる。
「そうです、普段は工場勤めですがね。手に収まる程度の金属製品であれば、自宅で二三日の間に作ることが出来ます」
「それで、その奇妙な仕事というのは」成沢が言うのを、知世は口を閉じて聞いている。
「はい。『黄金色の五百円硬貨』を作ってほしい、とのことでした」
知世はここで呼吸を切った。それから音もなく息をしなおすと、横目で成沢の仕草を盗み見た。警部は例のごとく、それまでの居住まいを崩さずにいる。しかし、知世が感じたのと同じ類の緊張が警部の体にも走ったのは、間違いないように思えた。山喜は、急に起きた二人の神経の硬直に気付かず、続けて言葉を吐き出す。
「当然、私は戸惑いました。すぐには取りかからず、いくつかの質問をクラウドサイトを通じて投げました。彼女は純金の色をした五百円玉そっくりの物を作ってほしい、と言うのです。それも大量に」
「一枚や二枚ではなかったのですか」成沢が訊く。
「はい。結果的に申しますと、何回かに渡り、計数千枚の依頼が来ました。もちろん全て鎧塚氏による依頼です。一枚あたり百円で作ってほしい、とのことでした。私は『それは模造貨幣に当たる可能性がある』と指摘し、何度かの交渉の末、表に『見本』の文字、そして裏に赤い翼のマークをプリントする、ということで話をつけました」
「木崎巡査」成沢が木崎の方へ手を差し出した。「例の鑑識からの報告書を」




