〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)⑧〜
不精ヒゲってさ。
文字のごとく、不精だからできるわけでしょ?
なら、伸びるはずなの。
なのに、なんでこの人は、適度に不精なの?
待って、適度な不精って、なに?
だんだん伸びるはずなのに、適度な不精ヒゲ具合。
…意味が分かんない。
目の前の、父親くらいの年齢のおじさんを見て思う。
いかにも、って感じの、薄手のおじさん色のコートを払って着席するおじさん。
警視庁魔象捜査課警部補、山神テツオ。
通称『ヤマさん』。
ほんと、清潔感がないとこ好きじゃない。
せっかくカゲ先輩と2人で喫茶店…かと思ったのに。
ちっ。
当たり障りのない、ゆるいBGMが流れる店内。
日はだいぶ傾いてきていて、オレンジ色の朝日が視界の端にある。ちょっと眩しい。
お客は少ない。個人の喫茶店かな。余りこういうお店使わないから、新鮮味がある。
使い古されたテーブル、年季が入りながらも清潔感の残ったソファーシート。きっときちんとしたお店なんだろう。
「忙しいとこ悪いねお二人さん」
「いやほんとだよ。わざわざ呼び出したのにはちゃんと理由があるんだろ?ないなら会計はそっち持ちな」
長い脚を組んでカゲ先輩。すらっとした脚。素敵だ。履いてる靴も、何だか攻撃力が高そうな、ショートブーツのような重厚感。
私は…脚組んでもちんまりしてるから、やらない。
ポケットからハンカチを出して、揃えた両脚とスカートの裾の間に広げる。
今日は私もタイトスカートなので。
…さっきの黒ギャル、脚綺麗だったなぁ。
それに比べて、私の太ももは…何かむっちりしててだらしない気がする。
生足なんて無理だから。淑女はストッキングなの。
ちなみに今日は60デニールです。
眼鏡を外し、眼鏡ケースから布を出して拭く。
眼鏡はいいヤツですよ、黒縁の。
『太志郎謹製』ですから。
「私カフェモカで。ガムシロップ要りません」
「ここはそんなお洒落なのないよ四季守ちゃん」
「む…ではカフェオレで」
ヤマさんはポケットから煙草を出して火を点ける。
珍しい、ここ喫煙OKなんだ。
どうりで少し煙臭いわけだ。
「件の魔動人形の、どうよ?苦戦してるみたいだな」
「知ってんのかよ」
「そろそろこっちも本腰入れようかってなってるとこよ。ムラクモさんが上手くいってなさそうなんでな」
「感じ悪いですよ、その言い方」
掛け直した眼鏡越しのヤマさんは、性格悪そうにニヤついている。ほんと感じ悪い。
「ピリピリしてんなぁ。四季守ちゃんの可愛いたぬき顔が台無しだぞ」
「公僕が街中でセクハラ発言なんていい度胸ですね、訴えます」
「冗談だよ冗談!…おー怖い」
ニヤつきは消さないまま、ヤマさんは煙草の煙をぷかっと吐く。
「せっかくいい話を持ってきてやったのによぉ」
彼の目つきが、少し変わった。
インテリ味がついた、キッとした目つき。
そんな表情もするんだ。
「ムラクモさんは捜査が下手だぜ。んで真っすぐ過ぎる。まぁ個人的にはそこは好きなんだけどよ」
「何が言いたいんスか」
「物事には順序がある、って話さ。…あんたら、いきなりメルクリウスの捜査許可願出したろ?まがりなりにも国の直轄設備だ、いきなりそんなの通る訳がないのよ」
3課の動向は、個々に任されている部分が強い。
良く言えば自由。
悪く言えば放任主義、放ったらかしだ。
だから時折不安になるんだよなあ。
実際、失敗や壁にぶつかることも多い。今回だってそうだ。
挫けて、ヘコんで、しょっちゅう思うんだ。
私たち、本当に会社の、社会のお役に立ててるんだろうか、って。
あと、社内評価とか。
評価は給料に絡むでしょ?お金は、なんだかんだで分かりやすい指標だから。
「だから、まずは外堀から。捜査の基本よ。それで、だ。関係者の任意聴取をこっちはコツコツ進めて来たんだがな、ついにメルクリウス関係者の任意聴取まで辿り着いた」
得意げにニヤつき顔を更に広げ、口の端から煙をぶはぁぁ。
警察も、メルクリウス周辺を探ってたんだ。
まぁそうか。そっちは捜査のプロだもんね。
「メルクリウスの設置されている第7特別庁舎の、設備メンテナンス担当者への任意聴取だ。つまり…」
「メルクリウスのある建物に入れる、って事か」
「そうよ。それで、ムラクモさんにも立ち会いという形で聴取に参加できるようにしておく」
「ありがとうございます!ヤマさん、さすがです」
「調子いいなぁ、さっきは中々の暴言吐いてたのによぉ。まぁそういう素直なとこ、嫌いじゃないぜ四季守ちゃん」
「…待てよ」とカゲ先輩が割って入る。
「俺らをメルクリウスに近づける状況をあえて作る、しかもその話を俺ら3課に持ってくる…なんか魂胆があるんだろ」
カゲ先輩の目が鋭くなる。場数を踏んでるからかな、察しがいい。
そうか、考えてみれば何か違和感がある。
わざわざムラクモの、3課を呼ぶなんて、只の任意聴取にしては…。
だって、今までの聴取は警察だけでやってきたんでしょ?ムラクモに対して経過報告とかもなく。
「…警察はよ、丁寧にしか動けない。世間体や社会評価ってもんがあるからな。警察が不祥事かましたら、世間様やマスコミから袋叩きだ。けど、ムラクモさんの、まして3課なら」
「普段からやらかしてるからいいってか。言ってくれるじゃねーか」
「…私達にそこで暴れろ、ってことですか」
「そうは言ってねえよ四季守ちゃん」
ヤマさんの声のトーンが下がる。そして、少し小さくなる。
「第7庁舎は広い。…もしかしたら聴取中に、迷子になっちまうかもなぁ。トイレ行くのもひと苦労だぜ、知らない、バカでかい建物じゃあよ」
あ、何か、分かったかも。
カゲ先輩と顔を見合わせる。
ほっそい眉毛。ヤンキーっぽさを強調した、キリッとした顔立ち。
…はぁ、推せる。やっぱり最推しです、先輩。
「…いいんだな?」
「だから桐生くんと四季守ちゃんを呼んだんだぜ?こういう事に一番察しが良さそうな奴と、一番話を通せそうな奴に」
「…一応、2人だけで進めるには話が大きいかと…」
「そこは四季守ちゃんの判断に任せるさ。3課じゃそういうの、一番上手く立ち回れるだろ?君は」
「…多分」
3課は猪突猛進型、直情型の人間が多い。
もしくは、周りの事を考えないタイプか。
自画自賛する訳じゃないけど、その中では私が一番常識的、かつ冷静…なのかなぁ?
確かに調整役やらされる事は多いけど。
「実は今回の件な、俺の知り合いの子供さんも被害者の中にいたんだよ。だから、ちょっと俺も気合入れてやりてえ。早期解決させないとばんばん被害が出る。で、多少強引でも、そうしてえと思ってな。悪いがムラクモさんに、泥をかぶってもらう形になるが…」
「泥ならもう散々かぶってるよ、今回はな」
今度はカゲ先輩が、ヤマさんのようにニヤッと笑う。
「ある程度穏便にはやりてえが…桐生くん忍なんだろ?ほら、よく漫画とかである『分身』とかできねえの?そしたらもちーっと穏便にできるかも知れねえ」
「…無理だな。あれ、めちゃくちゃ力使うし、実はそう簡単にできるもんじゃねぇ。『忌流』でも奥義レベルの術だ」
そう言うカゲ先輩は、それについて何かあったのか、ぶすっとしたような、複雑な顔をした。
忍の術が多機能とはいえ、そう漫画みたいに何でもできるわけないか。
「日時等は追って連絡する。四季守ちゃん、話『ちゃんと』通しといてくれよ」
「…了解です」
これ、アレだ。刑事ドラマとかでいうところの、
『ヤマが動いた』
ってやつだ。
大きく動き始めたな、この案件。
こういう瞬間、この仕事やってる楽しさみたいなのを感じる。
3課にいる以上、私だってちょっとは破天荒さあるよ、自覚してる。
色々な手続きやプロセスを吹き飛ばしちゃうだろうけど、やる時はやらなきゃ。
先輩の影響じゃないけど、多少強引じゃないと動かない事はあるんだ、世の中。
「お待たせしました、アイスカフェオレです」
テーブルに置かれたカフェオレ。その水滴を見つめ、私は小さく頷いた。




