〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)⑦〜
何で?
どうして?
納得がいかない。
国の直轄設備だから?それとも、ムラクモが舐められてる?
…いや、3課が舐められてるのか?
早く許可を出してくれないと……
これは消耗戦の様相だ。
私は焦っていた。
私だけじゃない。
3課全体が、ピリピリしてきていた。
「くそっ、あれから何件目だよ!?」
「…5件目です」
「あーくそっ!」
苛立ちを隠さず帰社してきたカゲ先輩。
その姿は埃と泥まみれだ。
今回は帯同して行ったキヨ先輩もだいぶ汚れている。
「これじゃいたちごっこだぞ、根っこを叩かなきゃどうにもならねぇ!」
脱いだ特注のロングジャケットを、デスクにどさっと放り投げてカゲ先輩が毒づく。
内側に様々な道具、忍具を仕込んだジャケットは、重そうにがちゃんっと音を立てた。
「参ったねぇ。対処法は分かってきたとはいえ、これじゃキリがないね」
結った髪をほどいて、キヨ先輩も苦笑いしている。
「お疲れー、ほぃ、どーぞ」
ヒトミが、サーバーからあったかいおしぼりを2人分投げる。
「お疲れ様でした。私もさっき戻った所です」
「おぅ。てかアザミのメンテとか大丈夫か?」
「御門主任も嘆いてました」
「…だよな」
あれから2週間。
似たような事件が続いてる。
携帯に映し出された、魔動人形の刻印と、被害者を取り込み暴走する魔動人形。
最初の件とほぼ同じ状況だ。
被害者は様々。フリーターや、高校生、中学生……。
みんな光るプログラムが携帯に残っていた。
携帯を発見して、刻印を消し飛ばせば鎮圧できるという対処法は分かったものの、スマートに毎回できる訳がない。
私も、もう疲れたよ。
魔動人形に対して、傀儡をぶつけるのがリスクが少ないのは確かだよ。
でも、使い詰めじゃアザミも持たない。
カゲ先輩や、3課のみんなも輪番で出動しているけど、1回1回がハードだもん、そりゃしんどいよ。
それだけ、あの即席人形はパワーがある。
こんな簡単に、あんなレベルのものをポンポン出されても……って感じ。
はぁ……これじゃ今日も残業だ……。
カフェどころか、夕飯もろくなものが食べられない。
どんよりした空気の中。
「うぇ〜っす、お疲れっす〜」
やたら間延びした、ハスキーな声に全員がオフィス出入り口を見た。
誰かな…?聞いた事ない声。
できれば、今このタイミングでの来客は困るんだけど。
みんなナーバスになってるし…。
「……こっわ。みんな目ぇ血走ってんじゃん」
ほらね。みんな怖い顔してるに決まってるじゃん。
声の主は苦笑いしながら、ひらひらと手を振った。
毛先に向かって明るくなる、グラデーションの金髪。手を振る指先は、ド派手なネイル。しかも長い…
…うん、だいぶ長いな?
服装は、黒のジャケットのセットアップ、下のタイトスカートはやたら短くて、何だかとっても…
…えっちだ。そこからのぞく、こんがり焼けた肌の太もも。
…うん、えっちだ。生足だ。若い、いいなぁ若さって。
インナーは、シンプルな白のカットソー……あ、おヘソ出てる。
しかも、カットストーンの付いたへそピアスしてる!
……え、えっちだぁぁぁ~。
…で、誰?
「あの、どちら様…?」
最初に口にしたのはヒトミだ。
「取引先様……ではないよね?」
「ウチの社員……かなぁ?見た事ないけど」
「キミ可愛いねぇ、どこから来たの?」
「……えっちだ……」
「おい誰だよ、こんな時にデリヘル呼んだ奴はよ」
ちょっと!最後の発言、誰!?相手によっては大事になりますよ?
思わずウチの口悪チンピラ忍者を睨む。
しゅばっ!……って音が出そうな勢いで目を逸らすチンピラ忍者。
…やっぱりアンタか。
…まぁ、仕方ないかぁ。イライラしてるもんね、明らかに。口悪いのは元々なのに、機嫌悪いからますますだよね、うん。
けど、ダメだよ先輩。私はあなた推しだから大目に見ちゃいますけど、世の中言っていい事と悪い事があるし、言っていい相手と悪い相手がいるんです。
…という目線で、それをじぃーっと訴える。
一方、言われた相手の黒ギャルさんは、そんな言葉は意に介さず(聞こえてなかったのかも)、長ーいネイルのついた手をおでこに当て、敬礼する素振りでニカッと笑った。
「ちぃす、4課にインターンでお世話になってる、『湯川ユウカ』でぃす。ギャグみたいな名前で覚えやすいっしょ〜?」
付けまつ毛にがっつりマスカラの目をしばたかせ、ユウカと名乗ったその子は近場のデスクに腰掛ける。
タイトスカートからのぞく太ももが、より一層強調されて何ともえっちい。
実直で寡黙な人揃いの4課に、こんな子がインターンで……後々正式入社なんてことになったら、何かその……色々大変そうだな…。
「皆さんお疲れ様です。4課から、差し入れです」
その黒ギャルの後ろから、かっちりした黒のパンツスーツ姿の女性が、両手に買い物袋を持って現れた。
4課の修復士、直江サクラコさんだ。
4課の姿勢を強調するような、無表情の黒スーツに、凛とした背筋の佇まい。身長も170くらいはあるかな。後頭部でお団子にした髪型といい、個性を殺してる感じが、黒ギャルと正反対過ぎる。
いや、これが4課の本来のはずなんだけど。
「ありがとうサクラコちゃん。…で、そのギャルちゃんは?見学で連れてきたの?」
キヨ先輩、やんわりした言い方だけど、ちょっとトゲを感じる…気がするなぁ。
「あぁ、彼女も差し入れです」
「えっ!?どゆこと?」
「えっちだ……」
ざわつく3課。
言い方がね、どうしてもえっちなのよ、黒ギャルの見た目と相まって。
サクラコさんは無表情のまま、買い物袋をデスクに置く。こっちの動揺もお構いなしだ。強い、そのメンタル。
「彼女は、まだムラクモの社員ではないのですが、能力を買われてインターンとして4課にたまに通ってもらってます。
彼女…『回復士』なんですよ」
『回復士』!
「おぉ、初めて見たわ回復士」
「すげー」
「都市伝説じゃなかったんだぁ」
私も、目を丸くして黒ギャルを見た。
彼女と目が合って、青のカラコンが細くなり、また白い歯が見える。
「ほんと?ウチ凄いー?」
「そ、そうですね、珍しいと思います…ほんとに」
回復士。
それは人の中の魔象使いが1%未満である中で、更にその魔象使いの中で1%未満で現れる特性。
それが回復士だ。
魔象使いの中で、能力的にそういうタイプがいるということは分かっていても、実際に見た人はいなくて、半ば都市伝説のような扱い。
それが回復士だ。
「敬語ウケるー。タメ口でいいよ、プチおねーさん」
「……プチ……プチおねーさん……小さい…」
ダメだ、疲れてる時はメンタルに効く、チビいじり。がっくり膝から崩れ落ちる私。
「学生にまで……チビと言われる私……」
「あー、何かごめんね?じゃあごめんついでに、プチおねーさんからいってみよーか」
黒ギャルが、崩れ落ちてる私の前にしゃがみ込み、私の頭頂部辺りに手を添える。
…あの、パンツ…見えてますよ…。黒のレースと、パープルなやつ…。
「んーーー…」
…あ、何かあったかい。
頭頂部から、じんわりあったかい感じの何かが、ゆっくりと体全体に降りて来るのがわかる。
柔らかい、あったかい感じ…何だろ、優しさに抱きしめられるような、安心感溢れる感じ…。
あぁ、これ、いい…これ好きです…。
「ふあぁ…」
思わず間の抜けた声が出てしまう。
体だけじゃない。ピリピリしてた心も、ゆるーりとほどけていく感じ。
で、ほどけていくだけじゃない。もう1回、きゅっと結び直して、襟を整えてくれる感じだ。
「…はい終了〜。どう?イイ感じ?」
「…はい…イイ感じ…ですね…」
私は立ち上がる。全然『よっこらしょ』感がない。
すっと立ち上がれる。体が、軽い。
しっかり寝た朝でも、こんなスッキリ感なかなかない。コレは言葉では表現しにくいなぁ。
「はぁい、次の方どーぞー」
悪戯っぽく眼鏡のフチをあげるような仕草(眼鏡はかけてない)をして、黒ギャル…ユウカちゃんが言う。
…楽になったからかな…なんかこの子、可愛く見えてきた。
顔立ちも整ってるし、チラッと見える八重歯が可愛い。メイクキツいから素顔は分かんないけど。
「回復士とはいうものの、彼女が回復できるのは疲労についてで、疾病や怪我については『まだ』対処できません。また、彼女はインターンですので、本来能力の使用は極力控えてもらうべきなのですが」
がさごそと買い物袋からお弁当を出しながらサクラコさん。
「主任と、上から許可が出ましたので今回は特別です。順番に回復してもらいますので」
「ありがとうございます」
さすが御門主任、気が利くなぁ。
「あと、アザミの簡易メンテと、桐生さんの煙玉、影縫いクナイの補充は今日中にやっておきます。あと、近衛さんの刀は研磨済ですので」
「かさねがさねすみません、ありがとうございます」
そう、カゲ先輩は消耗系忍具についてはレシピを4課に伝えてある為、製作補充は4課がやってくれるのだ。
「おう、助かるわ直江」
「お構いなく」
…ちょっと待って、お弁当…多くない?
サクラコさんが広げてるお弁当、軽く10人分以上ある。
積み上げられる、お弁当のプラ容器。
「あの…多くないですか?」
「あー、それ人数以上のはウチのだから食べないでねー。これやるとめっちゃお腹空くんよ」
速見くんに手を当てながら、ユウカちゃんが挙手した。
なるほど、結構な消費があるんだ、回復って。
それでも、お弁当結構あるけど…1人で食べるんだ。
それでもあのスタイルなんだ…いいなぁ。
お尻なんてキュッと小さくて、バストもしっかりあるの…えっちだ。
私なんて、このデカ尻を小さくしたくて毎週フィットネス通ってるのに。
私だってアザミに結構な力消費してるはずなのに、何か不公平だ。
「はい、次の方ー…お、イケメンきたー。絶対モテるっしょ」
「はい次ー…お、こっちもイケメンー。でもめっちゃヤンキーっぽいー。口悪そー」
「次ー…イケイケおねーさん、こっちどーぞ」
「次ー…」
「つ、つぎー…ちょっちキツくなってきた…」
順番に回復させていくユウカちゃん、だんだん表情が辛そうになってきてる。ごめんねぇ。
「こりゃしょっちゅうは無理だな。回復って結構大変なんだな」
肩を回しながらカゲ先輩。見てからにだいぶ楽になってるみたい。何より眉間のシワがなくなってる。
「いずれ入社の際は、疲労以外の回復もできるよう修練してもらいます。…が、回復士はこのように激務になりますし、力を酷使する状況になりがちです。なので極力今後は控えてもらいますので」
「そだよ、人使い荒くなりがちなんだよねみんな。世の中疲れてる人多すぎー」
ひと通り回復を済ませると、ユウカちゃんはお弁当を開け、手を合わせるとご飯をかきこみ始める。
ちゃんと手を合わせるの、偉いな。
「だぁから、メルクリウスの捜査許可くれよ。そしたら多少は話が動くかも知れねーのによ」
毒づきながらカゲ先輩がお弁当に手を伸ばした時。
ぴりりりりりりり。
ん?携帯が鳴ってる。…
誰だろ。
胸ポケットから携帯を取り出したのはカゲ先輩だ。
「はい…おう、なんすか……あぁ、いいよ、……あぁ、うん……今?まぁいいけど…」
応対しながら退室しかけた先輩は、途中で振り返り、私を手で呼んだ。
…私?
自分を指差した私にこくこくと頷いて返してくる。
何だろ。
「あ、ちょっとすいません」
私は、すっかり雰囲気の和んだ3課オフィスを後にし、先輩とともに無表情な廊下へと出た。




