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㈱ムラクモエージェンシーの社畜ども   作者: ケムリネコ
『剣士』 近衛キヨマル 編
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27/30

〜彷徨い人と、迷い猫 5 〜




「キヨ先輩、どうします?手伝います?」


ヒトミちゃんが、持っているショルダーバックをごそごそする。何か出すつもりらしい。


「いや、いい。複数でいったらまたネットで批判されるのはこっちだ。一対一(タイマン)でカタをつけるから。あと、多分後ろのドローンで撮影してる」


「…じゃあドローン壊してきましょうか?」


「それもやめとこう。こいつは熱狂的なファンが多いから、世論を敵にしたくない。とりあえず僕に任せて。ヒトミちゃんはミサちゃんと協力して。下がってていいよ」


「はぁーい、了解」


ヒトミちゃんが素直に視界から外れる。

うん、それでいい。

せっかく撮影しているんだ。上手い事立ち回って、こっちもいいところ見せてやる。


「かぁっこいいー。顔だけじゃなくて態度もイケメンってわけ?」


「…いつまで余裕でいられるかな。ちょっと今回は僕もイラッとしてるんだ。怪我の一つくらいは覚悟しておいた方が良いよ、プロレスガール」


さっきのやり取りをそのままお返しし、僕はじりじりとエマキャットとの距離を詰める。

宗茂のリーチを伸ばすまでもない。そして、抜くまでもない。

鞘による殴打だけで何とかしてやるさ。


「私が魔象使い、って事は分かってるんだよね?」


「もちろん」


「…じゃあ、次はホントに痛いかもよ!」


もう一度エマキャットがダッシュし、距離を詰めてくる。

…今度はさっきより速い!

足元が一瞬光ったように見えた。魔象で加速したな。

回避だ。防御するには速すぎる。

繰り出された正拳突きは、拳の辺りが光っている。これも魔象か。

それを鼻先ギリギリで回避。


…したつもりだったけど。


「甘い!」


拳から少しだけ魔象の光が伸び、それが僕の胸ぐらを掴む。

ちっ、そうやってリーチを伸ばせるのか。


「うりゃぁぁぁ!」


そのまま僕の体が宙に舞う。片手で背負い投げされている状態だ。


「喰らえっ!」


受け身を取るより速く、落下する僕にエマキャットの回し蹴り。

これは喰らったらマズいやつだ。

咄嗟に魔象を込め、宗茂の鞘先を出して蹴りに当てにいく。


ばちぃぃぃぃっ!


魔象同士がぶつかり合って光の火花が散る。

その反動で僕の体がもう一度空中へ跳ね上がる。

追い掛けて飛び上がってきたエマキャット本体に、鞘を兜割りの要領で上段から叩き落としにかかる。


ばぁぁぁぁんっ!


対応が早いな。

エマキャットは両腕をクロスして防御。

けど、そのヘソ出しのお腹が無防備だよ!


しゃぁぁぁんっ!


金属音とともに、宗茂を鞘から抜き放つ。

もちろん斬る気はない。威嚇だ。

空中で魔象を使って宙を蹴り、エマキャットは再び距離を取る為飛び下がった。まるで格闘ゲームの2段ジャンプだな。あの芸当は僕にはできない。


着地と同時に再び納刀した僕に、エマキャットは口を尖らせた。


「ちょっと!女の子に刃物抜くって酷くない!?」


理不尽なご意見どうも。

こういう姿勢や言動が僕をイラつかせてるって、いい加減気付いてほしいな。

…少し煽ってやるか。


「それは失礼した。でも、真剣勝負なら死んでたね」


「…真剣勝負じゃないって言いたいの?」


「いい加減分からないかな?手加減してあげてるんだよ」


「…ムカつく!」


おそらく、彼女の魔象は大して作り込まれたものではない。『研鑽』はしているかも知れないが、『研究』はしていない。

体内にみなぎる魔象を、拳や蹴りに集中させてぶつける、要するに『気功』のような使い方をしているだけだ。

確かに魔象自体のポテンシャルは高い。防御に回せば、宗茂の真剣も受け止められるかも知れない。

けど、こちらも『神斬り』宗茂だ。本気でぶつければ簡単に彼女の両腕を飛ばす事はできるだろう。

…ただ、それをやったら世間が僕やムラクモを許さないだろうけどね。


「さ、これ以上はやめとかないか?君が五体満足で帰れるうちにお開きにしよう」


「…うるさいっ!このまま引き下がれるわけないじゃん!」


顔を真っ赤にして、彼女は眉を外向きに上げた。怒ってるな。当然か、挑発してるんだし。

戦闘スタイルと同じ、直情的な性格なんだな。


…だっ!


猛ダッシュで接近してくるエマキャット。猪突猛進というか、ワンパターン過ぎて飽きてきたな。

魔象を脚力に込めた加速も、一度見れば予測対応はカンタンだ。

まして感情的になってるから、攻撃にしか意識がいっていなくて隙だらけだ。


…大ケガさせちゃう前に終わらせるか。


風が吹いた時の柳のように、彼女の攻撃を流れで回避する。攻撃が起こす衝撃に身を任せながら、それをギリギリで避けるイメージで。

背後に身を半転させて回り込み、エマキャットと背中合わせになった状態で、鞘を彼女の肘辺りに叩き込む。


ごんっっ!


「あうぅっ!」


…肘には、『ファニーボーン』って箇所があるの知ってるかな?ぶつけると指先がめっちゃビリビリする所。そこへ鞘を叩き込み、そのまま抜刀、うなじに一閃繰り出す。


しゃああぉぉぉんっ。


金属が滑る気持ちいい音。その音が終わる頃には、僕は既に宗茂を鞘に納めている。


…何を斬ったかって?


彼女の上半身の衣装は、クロスホルターネックのビキニだ。

ホルターネックは、たいていはうなじで結ぶか、何かしら固定している形の服だ。


斬ったのは…その結び目。





「…あッ…きゃぁぁあああっ!」


彼女が、急に女の子の声を出して慌てて胸元を押さえた。

そう、ホルターネックの結び目を斬ったから、そのたわわな胸がポロリしちゃったってわけ。

おまけに利き腕であろう右腕は、今ファニーボーンを叩かれた衝撃と戦ってるから、だらりと下がっている。

…うーん、G……いや、Hカップくらいはあるかな。

豊満過ぎたのが災いして、片腕では全てを隠しきれていない。柔らかそうなバストが文字通り零れてしまっている。

ちょっとした悪戯心だったんだけど、カメラにちゃんとその『勇姿』は映ったかな?僕なりに『サービス』してあげたんだけど。


「…これで分かった?実力差が歴然なの」


「このスケベ!変態!最低ッ!!」


3段活用で罵られるが、僕の胸中は晴れ晴れとしている。あー、スカッとした。

少しはこれで反省して欲しいもんだ。


「いいじゃん、ファンサービスが捗って」


「最低、最低ッ!!ちょっと顔が良いからって調子に乗るなぁッ!」


「…顔は関係なくない?実力の問題でしょ」


「絶対、絶対許さないからッ!!」


垂れ下がった布部分を胸元にかき集めて必死に押さえてるけど、そんだけデカいのは隠すの無理でしょ。

追い撃ちをかける素振りで、更に刀を構え直す僕へ、エマキャットは何かを投げつける。


どぉんっ、しゅううううっ。


…煙玉?

何かは瞬間目の前で弾け、辺りに大量の煙を撒き散らす。


「絶対許さないからな、ムラクモの変態侍ッ!覚えてろよ!」


煙幕の向こうから、エマキャットの怒号が聞こえる。

逃げる気か。それでいい。

これで少しは懲りてくれるといいんだけど。

彼女の気配は、煙に巻かれて何処へともなく消えていく。


ばがぁぁんっ!


今の音は結界をぶち壊した音だろう。

力任せに叩く轟音が辺りに響く。

結界を破るだけの力はあるところを見ると、実力そのものは決してないわけじゃない。

やはり能力の使い方が雑なだけだ。

ちゃんと鍛えれば、彼女は相当な使い手になるだろうな。

まあ、そうなったらなったで面白いと思っている僕がいる。

…なんだろう、僕は好敵手を求めてるんだろうか。

それとも、宗茂がエマキャットを認めているんだろうか。

戦っている最中も、ちょっとワクワクしたもんな。

本当は宗茂を振るいたくはないんだけど、抜いた時は凄く気持ちが昂ぶっていた。

…僕自身は戦闘狂ではない、と信じたい。












「…えっち」


「酷いなぁ。ネットの向こうのファンにサービスしてあげただけだよ。怖い顔しないでよ、ミサちゃん」


エマキャットが去ってしばらく。

現場が落ち着き、結界が解除されて、警察と救急が事態の収束に乗り出している中、僕はミサちゃんに冷えた視線を投げられている。

そんな、ゴミクズを見るような目で見なくても。


「キヨ先輩、カッコよかったですぅ」


弾けるあざとい笑顔で称賛してくれてるヒトミちゃんとは対照的だ。


「ファンの皆様も眼福だったでしょ、きっと」


皮肉のつもりだったんだけど、ミサちゃんの目つきは冷え切ったままだ。怖い。


「…えっち」


「しょうがないですよ先輩。ミサは胸大きくないの、コンプレックスですから。あ、私はミサよりありますよ。今Fですから。まだまだ成長中ですっ」


「うるさいな。誰もヒトミのサイズなんて聞いてないよ」


「もぅ、そんなぷりぷり怒んないの。ミサだって頑張って育乳してんでしょ?」


「言わなくていいから!…同性とはいえセクハラだからね。警察さんとかいるんだから、余り大きな声でこういう話しないで」


「ごめんごめんっ」


警察の数人とやり取りしながら、ミサちゃんは不服そうに溜め息をついている。

救急が、本来の犯人である3人のテロリストを担架で搬出していく。

見た感じ、何ヶ所か骨折してそうだ。1人は明らかに、曲がってはいけない方向に腕が曲がっていた。

…まぁ犯罪者だから、罰と言えばそうなのかも知れないけど。

もっと上手くやれると思うんだよな。


辺りにしたってそうだ。

あちこちひび割れ、壊れた壁やシャッター。

結界の問題もあっただろうけど、被害を抑える事はできたはずだ。

僕らだって好きで辺りを壊してる訳じゃない。常に最善は心掛けている。

けど、エマキャットは違う。自分の力を誇示したいだけ。

だから心がざわつくんだよ、毎回。






「キヨ先輩、情報出ました」


「お疲れ、ありがとねミサちゃん。今回のテロの『本当』の犯人側の話だよね?」


「はい。今回のテロ、犯人は『人魔召喚』をしようとしていたみたいですね」


「…マジか」


ミサちゃんの言葉に、僕は少し表情を固くした。




『人魔召喚』。




簡単に言うと、『人ならざる者』を喚び出し、人に憑依させようとしていたという事だ。


まだはっきりとは解明されてはいないんだけど、どうやらこの世界には、人の住むこことは違う『世界』が存在しているらしい。

その別の世界にチャンネルを合わせ、そこから人ではない者を喚び出すというのが人魔召喚だ。


人ならざる者は、この世界で活動するにはこの世界の住人である人間に憑依する必要があるらしく、そうする事で初めてこの世界に干渉できるようになるという。


通常のテロ行為といえば、やれ爆弾だの生物兵器だのといったものが考えられる。


人魔召喚は、それとは一線を画す凶悪な犯罪行為だ。

僕もムラクモで働き始めて、数える程しか遭遇したことがない。

人ならざる者の世界にチャンネルを合わせられる人間なんて、そうそういるもんじゃない。


…でもなぁ。


今回の犯人組、とてもそんな奴らには見えなかったけどなぁ。

普通に街中でショボい悪さでもしてそうな、チンピラかヤンキーくらいの風体にしか見えなかった。

まして、エマキャット『程度』のレベルに簡単にノックアウトされてしまっている。

普通に考えたら一般人じゃないかと思うんだが…。

もしかして、主犯が他にいるんじゃないだろうか。

人魔召喚なんて大それた事をやる奴が、そんなイージーにやられたり捕まったりするだろうか。




ともあれ、人魔召喚とは…。

レアケース中のレアケースだ。




…待てよ。だとしたら、エマキャットは未然にそれを防いだという事にならないか?


…あー、もう!何であんな奴の行為が正しかったと認めなきゃいけないんだよ!

僕がした事は間違っていたのか?

いや、そんな事はない。エマキャットは非合法魔象使いだ。存在自体が犯罪なんだ。

必要悪?知った事か。正しいプロセスと思想があって、初めて正義というものは果たされるべきなんだよ。


迷うな、近衛キヨマル。お前は間違ってなんかない!


ぱしぃっ。


闘魂注入!…じゃないけど、自分で自分の頬を叩く僕を、ミサちゃんは不思議そうに見る。


「どうしました?」


「…いや、何でもないよ」


「あ、自分の行為が間違ってるって気付きました?」


ミサちゃんの何気ない言葉が、僕に突き刺さる。

僕の心中がミサちゃんに見えてるはずはない。

これは違う意味での言葉だろう。

分かっていても、突き刺さったその言葉が僕の心臓をドキリとさせてくる。


「相手は女性なんですから、いくらエマキャットでも恥をかかせる事はしちゃダメですよ、キヨ先輩」


…あぁ、その事か、良かった。

ミサちゃんが言ってるのは僕がエマキャットのホルターネックを斬った事についてみたいだ。

その事なら僕はなんら悪いなんて思ってないから。

何ならスマートに引き下がらせて良かったくらいに思ってるから。


「大丈夫、大したケガはさせてないんだから、あれで良かったと思ってるけどなぁ」


「女って、ああいうのは傷つくんですよ?ましてエマの性格考えたら、多分今後、根に持たれますよ」


「そうかなぁ?実力に差がなければそうならなかったんだから、反省とかしてくれないかな?」


「しないでしょ。エマですよ?」


「…そうかぁ」


さっきの葛藤も相まって、思わず表情が曇ってしまう。

上手くやったつもりだったのにな。

そう思ってるのは、もしかしたら僕だけなのかな。

結局、大して貢献できていないのは僕の方なのか。

あいつの言う通り、今回は3課も警察も後手をふんでいるのは確かだ。

そうなると、エマキャットの方が、僕よりずっと最善を果たせていたのか…。


「…でも、めっちゃおっきかったですね」


ミサちゃんが思い出し笑いしてるのか、少し微笑みながら言う。

…もしかして和ませようとしてくれてる?

そんなに凹んだ顔、見せちゃってたかな。


「…羨ましかった?」


「別に。女の魅力は、バストだけじゃないですから。男って馬鹿だから、そういう目先のものしか追えない人ばっかりですからね」


馬鹿、の部分を特に強調してミサちゃんは言う。

これは手痛い。他愛ない話だけど、思わず僕も笑みが戻って来る。

ミサちゃん、相当コンプレックスなのかな?バスト絡みで何かあった?


「大丈夫だよ、ミサちゃんは今のままでも充分可愛いから」


「…それ、私にバストがなくても、って意味ですか?」


「違うって。ほんとミサちゃん、ちょいちょい捻くれてるよね」


「…ふふっ、冗談ですよ。私、自分に全く自信が無いわけではないので。その為に色々努力してますからね、これでも」


「いい心掛けだと思うよ。自分を伸ばそうとするのは、何であっても大切な事だからね」


いつもの3課の空気に戻る中で、僕は自分の行動をもう一度振り返る。


そう、何も間違った事はしていない。

エマキャットを不必要に傷つけたりはしていないし、結果として事態は収拾されつつある。


…人魔召喚か。


とりあえずはそれを防げたのは良かった。

それについてはほぼエマキャットのおかげ、っていう所は気に食わないけど、既に出た結果なのだから仕方ない。




だけど、この時は僕は知らなかった。




エマキャットの影響力の大きさを。




世間の声の強さを。




























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